56 収穫祭
秋のある日。僕たちは収穫祭をした。
ホスト役は僕とシンハ。ゲストは湖の精、魔蜂女王、アラクネ女王、それにサラマンダ、グリューネや土の一番くんなどたくさんの森の妖精たちである。
まずは前夜祭として僕が湖で花火を打ち上げた。
もちろん魔法を使ってである。
日本でテレビでしか僕は花火を見たことがなかったけれど、きっとこういうものだろう、と湖の上で大輪の花火を打ち上げた。
湖の精や森の妖精たちも、甘味に釣られて次第に姿を見せるようになっていたので、にぎやかだった。
皆花火に驚き、そして綺麗だと褒めてくれた。
翌日は本格的に収穫祭。
場所はもちろん湖のほとり。
お手製の低い大きなテーブルを亜空間収納から取り出してセッティングし、僕が作ったさまざまな料理を並べる。
ピザにグラタン、ポトフにサラダ。クロワッサンやふわふわ白パン、うどんにパスタ…そしてバーベキュー。
それぞれが食べたいものを好きなだけ食べる。僕は試験的に作ってみた果実酒も提供したので、シンハや女王たちなど大人?たちはますますご機嫌だった。
そして今日一番の皆の関心事はデザート!!
サトウキビから採り、天才亜空間収納君を酷使して精製した白砂糖で作ったお菓子だ。
パイにクッキー、そして綺麗にカットした果物を添えたプリンアラモード・アイスクリーム添え!生クリームもたっぷりな甘味の完成だ!もちろん仕上げは魔蜂の蜂蜜!
魔蜂の女王も湖の精霊も、もちろん妖精たちも僕の作ったごちそうの虜になった。
「おいしいわ!なに!これはっ!もう犯罪的なおいしさよ!」
「ああ、もうプリンなしには生きられない…。」
「この冷たくてとろりと口の中で解ける…アイスクリームは…。夢に見そう…。」
特に女性陣はデザートにうっとり。
「サキは天才ねえ。いったいどこでこんな知識を得たの?」
「前世のうろ覚えの知識です。僕がゼロから発明した訳じゃない。」
「それでもすごいわ。」
『うむ。舌が覚えていた記憶を再現するというのは、なかなか難しいことだ。特にここは森の奥。人間の住む町ではないのだからな。材料を集めたり加工したり。おまえはよくやっている。』
「へえ、シンハに珍しく褒められた。今夜は雨降るかも。」
そんなふうに照れてまぜっかえす僕。
「コホン。えと。いつも特にお世話になっている女王様がたに、プレゼントを作ってきました。」
照れたついでに持参したプレゼントをそれぞれに差し上げる。
湖の精にはサファイアとダイヤで作ったブローチを。
それから魔蜂の女王にはアメジストとダイヤで作ったブローチを。
アラクネ女王にはルビーとダイヤで作ったブローチをそれぞれプレゼントした。
湖の精と二人の女王に贈ったブローチは、中央にそれぞれ大きなサファイア、アメジスト、ルビーをあしらっている。石はすべて風魔法と亜空間収納を利用して完璧にカットし、磨きも魔法で綺麗に磨いたもの。周囲にはブリリアンカットしたダイヤだけでなく、川底からとれた小粒のサファイアやルビーやアメジストが散らしてある。土台は銀色のミスリルだ。留め具を変えると髪飾りにもなるもので、防御力の魔法も込められていた。
そんな素敵なブローチをプレゼントしたものだから、それはそれはもう3人ともすっごく喜んでくれた。
「うわあ!綺麗!」
「こんなにきらきら輝いて!」
「ありがとう!サキ!」
気に入ってくれてよかった。
実は一番苦労したのは、石のカットではなく、石を固定するミスリル製の台座。デザインと石を嵌めることを立体的に考慮しながらツメを付けた台座を作るのが、結構難儀だった。
ミスリルは魔力を込めながら作業すれば、変形は難しくはないけれど、石のカットに合わせたツメの位置決めや、石の裏からも光を取り入れるように台座に穴を開けるなど、しっかりあとの工程を考えながら加工するのが大変だった。でも、頑張ってよかった。
魔蜂の女王は、お礼にと、めったに他種族には聞かせないという羽による演奏を聞かせてくれた。それはとても神秘的で、美しい音色だった。
アラクネ女王も、滅多に他の種族には見せたことがないという、アラクネダンスというのを、綺麗な衣裳を来た下半身蜘蛛の美女たちとともに踊って見せてくれた。
湖の精は以前見せてくれた滝と虹のパフォーマンスを、さらに豪華なバージョンで見せてくれた。
皆はそれぞれのとても珍しい出し物に驚き、そしてたくさん拍手をした。
それから妖精たちも歌をうたったり、踊ったり、得意なことを披露してくれた。
木々には小鳥たちも来てさえずっているし、リスのような小動物やいつもお世話になっている大魔鶏や魔羊たちも顔を出したので、それはそれは賑やかだった。皆僕の用意した料理や果物などをそれぞれ食べている。サラマンダは僕の魔力を食べて、いつにも増して張り切ってたくさん料理作りを手伝ってもらっている。
この森の住人たちは、それぞれが強い魔力を持っており、なんとなくお互いに距離を置いて暮らしてきた。こんなに一緒に食べたり飲んだりなどすることはなかったのだ。
だが僕がやってきて、シンハと仲良くなり、妖精たちとも交流し、それぞれの魔獣たちと交渉したり仲良くなったりしていき、この収穫祭で僕とシンハを介して一挙に連帯感が生まれたようだった。
酔っぱらった緑妖精のグリューネが、ふらふらと僕のほうにやってきて、服のポケットで眠ってしまったり、サラマンダが僕の肩から離れずにいたり、土の一番くんがシンハの背中によじ登って遊んでいたりと、すっかり妖精たちが打ち解けてくつろいでいることさえ、実は信じられないほど珍しい光景らしい。
「ねえサキさまあ、私、サキさまのお歌聞きたいー。」
と酔っぱらったアラクネ女王がしなだれてくる。
「え。」
「わあ。私も聞きたいわ。シンハさま、サキは歌もうまいの?」
『おう。なかなかだぞ。素人くさいが、まあいい声だ。』
とシンハがハードルを上げた。
「えー。止めてよ。僕、歌なんかへたくそだよう。」
生前は体力がなくてつぶやくようにしか歌えなかった。だから全然自信がない。
『サキ。だれもうまいのは期待していない。お前の歌が聞きたいだけだ。よく歌っているではないか。珍しい歌ばかりを。ほら、サトウキビを取りに行った時も、大声で歌っていたな。ああ、だが俺はあれが好きだな。月夜の砂漠をどうこうというやつ。』
「あー『月の沙漠』ね。まんまだけど。」
『そう。それだ。』
「サキ。歌って。聞きたいわ。」
と湖の精。
「聞かせてほしいな。」
と魔蜂の女王。
「歌って歌って!」
とアラクネ女王。
「うー。」
ここまで女性陣に言われては、嫌とはいえない。
僕は腹をくくった。
「じゃあ、歌ってみます。へったくそだから、笑わないでね。」
と前置きして立ち上がり、亜空間収納から秘蔵の?お手製シターレを取りだし、調弦する。恥ずかしいけれど、えいっと気合いを入れる。
そしてすうっと息を吸うと、静かにシターレをポロロンと弾いて、なるべく朗々と、歌いだした。
『月の沙漠』を。
その歌は、昔病室から見上げた空の月を見て、幼いころに母から教えてもらったことを思い出しながらつぶやくように歌っていた歌。
病院のベッドでの生活になって、聞いていたのは、昔聞いた童謡ばかり。はやりの歌も少しは聞いたけれど、ネットからよくダウンロードしたのはクラシックと童謡だった。
特にこの歌が、僕はなんだか好きだった。寂しくて。でも歌に登場するのは僕とは違って一人ぽっちではなくて。
だれにも聞かせずにそっと歌った。夜の病室で。ひっそりと。涙をこぼしながら。
でも今は違う。シンハがいる。みんながいる。僕も健康で元気だ。だから、しっとりと、でも腹筋を使って声や音程を揺らさずに歌おうと努力した。おかげで思ったよりひどいことにはならなかったと思う。皆なぜかしいんとなって聞いてくれた。
終わり!と宣言してぺこりとお辞儀すると、皆は急にざわざわし始めて拍手してくれた。
「わあ、素敵だったー。」
「上手じゃない!素敵な声よ。もっと自信持ちなさい。」
「ええ。素敵だったわ。その楽器もよかったわあ。うっとりしちゃった。」
意外に皆さまの評判が良くてほっとした。
『うむ。吟遊詩人の見習い、くらいにはなれそうだぞ。』
とシンハ。
「はいはい。」
『おう。俺はまじめに言っている。信じろ。』
「ありがとう。みんなもありがとうね。…さ、もう一つ新作お菓子だよー。プチタルトね。」
僕はまた照れ隠しにプチタルトを亜空間収納から取り出してごまかそうとしたけれど、もう一曲、もう一曲、と皆はアンコールを要求した。
仕方が無いので僕も開き直り、シターレで陽気な曲をジャカジャカ弾いて歌ったり、おどけて踊って見せたりして場を盛り上げた。
僕はこんなほのぼのとした平和の中に、今自分が居て、しかもとても健康でいられることがうれしかった。
「(世界樹様、サキは今幸せです。ここに来れて良かった。どうもありがとうございます。)」
僕は笑顔で皆の様子を眺めながら、心の中で世界樹に感謝していた。