534 わがままな王女
王女はシンハをなでるのをやめ、すっと胸を張って立つと、僕に向かって言い放った。
「気に入ったぞ!サキとやら。シンハを我に献上せよ!」
「は?」
つい素っ頓狂な声を出してしまった。
「聞こえなかったのか?王女であるわらわが特別にもらい受けてやる。シンハはこれから城で大切に飼ってやるゆえ、安心して置いて行け。」
「…。」
呆れてラウエルさんを見るが、困った顔をするばかり。
「で、殿下、さすがにそれは。」
とラウエルさん。
「なんじゃ?もちろん、ただでとはいわぬ。相応に支払うゆえ。いくらなら譲る?申してみよ。」
僕は言葉を失い、
「シンハ、どうする?」
と、つい声に出して尋ねてしまった。
『…聞くな。馬鹿。』
とシンハも呆れて後ろ足で耳を掻いたりしている。
師匠はぶふっと笑いをこらえているばかりで、助けてもくれない。
「どうした?言い値で買い取ろう。遠慮なく申してみよ。」
と畳みかける王女様。
「こほん。恐れながら申し上げます。王女殿下。シンハは私と苦楽を共にしてきた相棒であり、親友です。どなたにもお譲りするわけには参りません。」
と一応丁寧に言ってみた。
「なに?わらわからの申し出を断るというのか!?」
「はい。残念ながら。」
『残念なのか?』
「(しっ!そこ、つっこむなよ。)」
と僕はシンハに念話で言った。
するととたんに王女殿下の顔色が変わり
「無礼者!!」
とわなわな震えて僕に怒鳴った。
「わらわが下手にでていれば、いい気になりおって!子爵ごときが王家にたてつくか!さっさとその獣をよこしゃれ!!」
とキレた。
僕は王女殿下ではなく、おつきのメイドたちをにらんだ。
なんでも自分のいいなりになると思っている王女。
誰がこの子をこんなわがままに育てたのだ?
すると僕の殺気がわかったらしく、年かさのメイド長か乳母らしき人が、少しびびりながら
「で、殿下。初めてお会いしたのですから、名誉子爵様もすぐにはお返事できかねましょう。今日のところはご提案ということでいかがでしょう。」
「だめじゃ!わらわはシンハが気に入ったのじゃ!置いて行け!命令じゃ!」
とわがまま王女が言った。
「で、ですが。」
『こいつらにかみついてもいいか?』
とシンハが不機嫌に言った。
さすがにシンハも機嫌が悪くなってきた。
「(だめに決まってるだろ。)」
と言ったが
「シンハはわらわのものじゃ!」
と言って、王女が首輪に手を伸ばそうとした時だった。
「ばう!!」
シンハが殺気を混ぜて吠えた。
「「ひいい!!」」
メイドたちがしゃがみ込む。
王女もさすがに驚いて尻餅をついた。
だがシンハは王女から目と鼻の先。
「ウー」
とうなれば
「あひゃ!」
と声をあげただけでなく、じたじたと尻餅のまま後ずさりすると、じんわりとおもらしまでしてしまっていた。
「ガード。」
僕はシンハと王女の間に、他人にも見えるように結界を張った。
「こら、シンハ。どうどう。」
『ふん!』
「ぶ、ぶれいもの!手打ちじゃ!打ち首じゃ!だれかであえ!」
と王女はヒステリックに叫んだが、手打ち云々からは、僕が誰にも聞こえないように王女の結界を閉じたので、メイドたちにも聞こえはしなかった。
とそこへ、またまた別の人物が登場した。
「何を騒いでいる?」
「皇太子殿下!」
「殿下!」
メイドたちが泣き叫ぶ王女を回収しつつ、従者連れで現れた青年に深々と頭を下げた。
師匠もラウエルさんも同じ態度なので、僕も丁寧にお辞儀した。
「ランゲルス先生。お久しぶりです。」
颯爽と現れた金髪碧眼のイケメン皇太子は、泣き騒ぐ王女をちらりと一瞥しただけで、何事もなかったかのように、にこやかにそう挨拶した。
「おう。ひさしぶり。」
と師匠は気楽に挨拶した。皇太子にこの対応かよ。
と思ったが、皇太子は全く気にせず、
「ここは私が引き取ろう。メロディアを部屋へ。」
とメイドたちに指示した。
「はい!」
「あにうえ!その獣はわらわのものじゃぁ、あにうえー!」
とまだメイドに抱っこされながらもじたばたと泣き叫びながら、王女一行はその場から消えた。
「はー。なるほど。だいたい察しがついた。君が「国境の魔術師」のサキ・エル・ユグディオ名誉子爵だね。愚妹が失礼をしたようだ。すまない。とんだ災難だったね。」
「…いえ…。」
皇太子殿下に詫びられては、こちらは何もいえない。
「ネスト。あれはまずいぞ。今からああでは。いくら王女とはいえあのわがままとヒステリーは、早くなおさないと。」
ネストだって。たしか皇太子殿下のお名前はエルネスト、だったよな。愛称呼びなんだぁ。
「はい。メロディアは腹違いの義妹でして。母親を亡くしたのを不憫に思って、父も甘やかしてきたようです。でも、そろそろ王族としてふさわしい教育をしないとと思っていたところです。ユグディオ卿、それから、聖獣様。今日のところは私に免じて、どうか許してやってください。」
メイドたちがいなくなって、真面目に深々と頭を下げた。特にシンハに。
皇太子殿下はシンハが聖獣とわかっているようだ。
皇太子付きの従者も承知しているらしく、驚かずに皇太子と共にシンハに頭を下げた。
『今回だけだぞ。ばう!』
「私は別に気にしておりません。シンハも、今回は許す、と言っています。どうぞお顔をお上げください。」
「ありがとう。」
と皇太子殿下。




