53 トータスグラトニア
明日は住処に到着という日だった。沼地を進んでいると、周囲の様子が荒れているのに気づいた。まるでなにかになぎ倒され、食い散らかされたようだ。ワイバーンまで食われたようで、遺骸を見ると、殺られてからまだ日が浅い。そして妙な魔力が索敵に引っかかる。
知らない魔力だ。それも大きい。
「シンハ。」
『うむ。俺も気づいた。でかい魔獣がいるな。』
「なんだろう。僕が会っていないやつだよ。」
『ああ、やはり。あれだな。』
と言われて前方を見ると、なんととんでもない大きさのカメだ。
まるで小山のよう。甲羅の頂などはコケと草や竹までも生えている。まるで前世に見た蓬莱とかいう縁起のいいカメの図みたいだ。
『トータスグラトニアだ。あいつは固いが、中の肉は軟らかい。それに、冬場はいいぞ。体が温まる。』
「えーあれ、倒すの?」
『倒したい。見ろ。あいつが通った後を。なにもかもなぎ倒し、すべてを食らう。なにより、俺の縄張りに毎年少しづつ近づいてきているのが気に触る。警告したんだぞ。なのにここまで近づいていたとは。このままではお前の畑も、せっかく建てた風呂とかも、押しつぶされるな。それでもいいか?』
「それは困る。わかった。倒そう。」
ようやく決心した僕は、作戦会議だ。
「で、どうやると倒しやすいの?」
『正攻法では甲羅に潜られて埓があかない。長期戦が嫌なら、まずなんとかして奴をひっくり返すことだ。走って逃げられると意外と速いからな。』
「なるほど。雷は効くかな。」
『さてどうだろうか。まあ、やってみるしかない。』
「わかった。」
ということで、僕はこもこもと呪文を唱え、特大の轟雷を落とそうとした。ところがその前に奴に見つかり、
KISYAAAAAAAAAAAA!!!
と怪獣ガ○ラみたいな凶悪な目つきでこちらに向かって吠えると、土弾を発射してきた!
「おおっと。」
『!乗れ!』
呪文を中断してシンハにまたがり慌てて逃げる。
ところがなんと僕たちを見ると追いかけてきた。しかもかなり速い!
「うっそまじ!」
慌ててシールドを10枚後方に張る。
カメは後ろから森の木々をなぎ倒しながら土弾を飛ばしながら走ってくる!
『むう。なんとかしろ!』
「なんとかって言われても…」
逃げながら僕はどうにか呪文を唱える。
その間にシールドを5枚、土弾で壊されていた。
「イ・ハロヌ・セクエトー…轟雷!!」
ピカッピシャン!!ドガラガラガ!!!!
僕たちの後ろですさまじい雷鳴がとどろいた。
ごっそり魔力が抜けた。
カメはさすがに追っては来れないようだ。ようやく距離を取り、シンハが僕を乗せたままトータスグラトニアと対峙する。
奴は甲羅にすっかり手足頭を入れ、ひっくり返っていた。
感電した勢いでひっくり返ったらしい。
甲羅はぐらぐらと不規則に揺れ、全体からフシュウーッと湯気が出ている。
だがまだ生きている。甲羅に潜った手足が小刻みに動いている。
どうやって絶命させるか。
たしかカメの潜水時間はとんでもなく長いと聞いた。最長5ヶ月というのも居たはず。だから水で窒息させることはできない。
となると
「シンハ。倒したことあるんだよね。どうやったの?」
『前はもっと小ぶりだったから、普通に頭をかじったな。』
ああ、力尽くかい。
「で、これは、噛めそう?」
『……』
返事なし。
ソウデスカ。
「とにかくやってみるよ。」
と僕は氷弾を1つ出し、それを槍に変化させた。
そして氷槍を大型にし、超高速回転を掛ける。
「大氷槍!超回転!」
そう言いながら右手を高く上げる。
それと同時に槍が高く高く昇った。
そう。位置エネルギーで甲羅を壊そうというのだ。
腹側なら少しは柔らかいハズ。
「発射!!」
魔力を込めて、右手を振り下ろす!
音速突破くらいの勢いで氷の槍を真上から落下させる!
KIIIIIINNN! DOGAAAAAANNN!!
KISYAAAAAAAAAAA!!
地響きとともに、氷槍がトータスグラトニアの甲羅の腹中央に突き刺さった!それだけでなく、固いはずの背中の甲羅も突き破り、地面にトータスグラトニアを串刺しにした!
氷槍は突き刺さったところからピキピキとカメを凍らせていく。
さすがにじたばたと頭も手足も出してもがく。
頭が出たことで、シンハがダメ押しとばかりに喉に食らいついた。
おお、ちゃんとかみつけてるじゃないか。ブシュッとカメの血が噴き出す。
ジタジタと動いていたが、やがて動かなくなり白目を出し、舌もだらりとした。
光の粒が昇りはじめる。
「シンハ、もういいよ。」
声をかけると、ようやくシンハは牙を抜いて
GAU!!
と一声吠えてから降りてきた。
僕の傍に戻ってくる。サイズも特大からいつものサイズに戻っていた。
僕がシンハの背を撫でる。
僕はじっと光の粒がすべて昇華していくのを眺めていた。
『おまえ』
「うん?」
『いや…。前よりは強くなった。』
とシンハが小声でつぶやいた。
「!…」
僕がまじまじとシンハを見る。
『な、なんだ?』
「シンハが僕を褒めてる!?」
『いや、こ、これはだな、ただの感想で』
「うれしい!シンハにほめられたぁ!!」
僕はシンハにぎゅっと飛びついてシンハをなでくりまわした。
『わっ、ばかやめろ!こら!』
二人一緒に地べたを転がる。転がりながらも撫でまくった。
「シンハ、だーいすき!」
『わかった、わかったから!落ち着け!』
「もういっぺん、もういっぺん言って!強くなったって、言って!」
『いいから早くこいつを収納しろ!ほかの魔物が寄ってくるぞ!』
「あ、はーい!」
僕はるんるんしていたが、さすがにきちんと合掌してからトータスグラトニアを亜空間に収納した。
魔力を結構使ったというと、シンハは背中に乗せてくれた。
シンハの背に乗り、ゆったりと揺られながら、ポーション片手に僕は思う。
大きな命を狩ると、さすがに僕も神妙な気持ちになり、時にはブルーになる。殺生にはやはり慣れない。魔力や経験値の急激な上昇にも、いまだ慣れない。
けれど今日はシンハに褒められたことで、少しだけ気持ちを前向きにすることができた。
この森は弱肉強食。食うか食われるかの森。
弱気ではいつドジをやって命を落とすかわからない。
だから今も索敵をし続けているし、最低限のシールドもかけている。
今日は敵を倒すことができたけれど、いつもそうだとは限らない。
そして敗北はすなわち死なのだ。
もし僕たちが負ければ、確実に僕はあいつのエサになっていたはずだ。
だからこそ、強くならなくては。
そして、シンハを絶対に悲しませない。
僕は、いずれ街に行って冒険者になる。そして薬師でもしながら天命を全うするんだ。
なるべく長生きをして、シンハと一緒に生きていくんだ。
うーんと長生きして、今度は僕が、シンハを看取ってやる。
「今日はカメの料理、勘弁してね。ちょっと解体するには魔力使いそうだからさ。」
『ああ。ワイバーン肉を出してくれれば、それでいい。』
「ふふ。シンハって、ほんっとうにワイバーン好きだよねえ。そんなにワイバーンばっかり狩ってたら、居なくなっちゃうんじゃない?」
『そうしたら、あいつらの居るところに引っ越すから問題ない。』
「まったく。魔力食べるだけでも生きていけるのに。なんてゼイタクな奴。」
『ふん。俺サマが狩らないと、増えて仕方が無いだろう。増えすぎたらスタンピードもおこる。人間の街が壊滅するぞ。その危機から守ってやっているのだ。感謝すべきだろう。』
「はいはい。王様。すごいなあ。ありがとうございますう。」
『ちっとも心がこもっておらんな。』
「あ、そういえば、胡椒がちょっと足りない。」
『む。それはまずい。あれは肉のうま味を引き立てる。』
「え、シンハ、辛いのきらいじゃん。」
『少しは大丈夫だ。あの香りもきらいではない。わかった。採りにいくぞ!』
「あ!急に走るなぁ、落ちるぅ!」
余談であるが、翌日、亜空間収納内でトータスグラトニアを解体した。
すると背中に生えていた草の中に、ずっと探していたトウガラシがあった!
草はつぶれてたけど、種は大丈夫だった。
さっそく畑に植えて、魔力をあげたらちゃんと芽が出た!
これで美味い漬物も、キムチ鍋もできそうだ。トウガラシ万歳!
サキくん、だんだん人外になってきた…。