52 秋。狩猟と収穫の季節
秋。収穫と狩りの季節だ。
シンハ曰く、冬ごもりに備えて動物たちが今のうちに腹一杯食べたり、保存用の食糧を得たりする。そのため魔獣も普通の獣も、動きが活発になり、広範囲に動き、あちこちで縄張り争いや狩りが行われるという。そして僕とシンハも、脂ののった美味そうな獲物を狙い、狩りをするというわけだ。
この森の冬はそれなりに厳しいらしい。
雪は僕の膝から上くらいまで積もる程度だが、一度吹雪になると何日も洞窟から出られないこともあるという。
野菜類は、雪の下でも実を付けるものもあるという。葉物はさすがに無理だが、根菜類は、上手くいけば掘り出して食べられる。
あとは、温泉近くならかなり実りがいいという。
そういう話を聞いていたら、また温泉に行きたくなった。
ということで、一度行った「火の山温泉」方面に出発です。数日間、狩りをする行程。
僕はまだ剣を作っていない。
いろいろ思うところがあって、形や長さに悩んでいる。
日本刀も考えたが、すぐに候補からはずした。
日本刀は対人戦にはいいが、ここの魔物は堅すぎる。片刃の細身の日本刀では、おそらく刃こぼれする。
では剣ならどんな剣がいいのか?大剣?僕は非力だから、そうなると魔法ありきになる…。
などといろいろ考え中なのだ。
さて、1度目の温泉旅行で収穫してきたバーナス(バナナ)とチョコスの木は、順調に温室で成長。実を植えたら増やすことも出来た。
ふつうなら挿し木とか苗を育ててとかなのだろうけど。地球ではあり得ないことでも、この森は魔力でかなり無茶なことができてしまう。
おかげさまでチョコレート(固形)も、チョコアイスもできた。オムバーナス(オムレットのようにカステラ生地でバナナを包んで生クリームを充填したアレ)もできた。
温室で育てて採取できてはいるけれど、カカオやバナナはいくらあってもいいからな。またあの山で採取したい。
それと、一度は断念したコーヒー。キャッフェという木を探したい。山の裏側は龍の巣というけれど、シンハと話したら、そこまで行かなくてもあるかもしれないという。
今回は少しルートを変えてワイバーンが出やすいという草原を越えていくことに。
『案の定、いたぞ。』
森のはずれから草原を見渡すと、ワイバーンが複数目に入る。それと狩られているらしい魔獣たち。広い草原に、別の種類の群れがいくつかある。
「なにを狩ってるの?すごい数だよね。」
『おそらく魔鹿の群れだ。向こうにはマンモパイソンとホルストックたちもいる。』
「うわあ。ワイバーンが複数いる。」
『よし。ワイバーンは全部狩るぞ。美味いからな。冬場の食糧だ。』
「って、5匹いや、6匹はいるよ!?」
『たいしたことはないだろう。お前ならいっぺんに狩れる。雷を落とせ。打ち漏らした奴は俺が狩る。』
「ムチャクチャだなあ。」
『お前ならできるだろう。あの草原にある木を狙え。4匹はそれでいける。』
「まあ、とにかくやってみるよ。」
ということで、僕は雷撃の準備。今回は複数のワイバーンを落としてみることにした。
さすがに呪文なしでは難しそうだ。
僕はこもこもと心に浮かんだ通り、呪文と唱える。
「イ・ハロヌ・セクエトー、フェリモ・ミーリュウ・エラス…轟雷槍雨!!」
すると、真っ青な晴天なのに稲光が複数同時に天から落ちて、飛行中のワイバーン達を襲った!
GUGYAAAAAAA!!
KISHAAAAAAA!!
KYUPIIIIIIIII!!
ワイバーンたちの悲鳴とドスン、ボガン!という落下音が複数。
ワイバーンたちに襲われ逃げ惑っていたホルストックやマンモパイソン、すでについばまれはじめていた魔鹿などにも同時に落雷が落ちた。
『おう。一段とはでにやったな。』
「シンハがリクエストしたんでしょう。今作った即席魔法だよ。全体魔法だから、さすがにごっそり魔力が抜けたよ。」
『む。まだだ。息がある奴がいる。』
といってシンハが森の茂みから飛び出して行く。
「あ、待ってよう!」
飲んでいたポーション(エリクサーです)をあわててあおり、僕も風魔法で加速しつつ弓矢を手に走る。
雷で絶命したワイバーンは3匹。あとはふらふらしながらも立ち上がろうとしている。
その1匹の喉めがけてシンハがガブリとかみついた。
もう1匹は完全に気絶、あとの1匹がシンハに気づいて慌てて飛び上がろうとしている。
弓矢では少し遠い。
僕は
「真空切り!」
と叫び、右手を横薙ぎに払いながら風魔法で攻撃。
するとワイバーンの首がざっくり切れて、吹っ飛んだ。まるでスローモーションの映画のよう。
『おう。上手くなったな。』
というシンハの声で我に返った。
ああ、そうか。僕はもう、歩く凶器なんだな、と自覚する。
1つだけのかまいたちを真空切りと言って区別しているが、今では複数のかまいたちを出して、一頭に対してひと太刀ずつ、というコントロールが多くなっている。同時に複数のかまいたちを操るから、初期とは比べられないほど高度な技になった。
絶命したワイバーンらからは光の粒が天空へと登っていく。
おびえたホルストックやマンモパイソン、魔鹿の群れが右往左往しながらちりぢりに散っていく。
そうした魔獣たちにも、シンハはかみついて倒していた。
僕は絶命したものたちを次々と亜空間収納に納めていく。
冬を越すための肉の確保だと割り切ってもくもくと仕事をこなす。
僕も何頭かの魔鹿、ホルストック、マンモパイソンを弓矢で倒した。
『さて、もういいだろう。森に戻る。乗れ。』
「わかった。」
僕はシンハに逆らわず、その背に乗った。
森に入ってからふと振り向くと、火の山の向こう側からなにかが飛んでくるのを見た。
『やはり来たか。あれが龍だ。』
「え!?龍!?」
思わずまた振り返り2度見する。
火の山の頂上脇を超えて、1匹の龍が悠然と飛来してくるのが見えた。
その姿は中国や日本でいう胴体の長い生き物ではなく、ワイバーンをでかくしたように、羽根があって角があって、四つ足の獣のような西洋的な龍だった。
遠くでも鱗がきらきら光っていた。そうとうに大きい。ワイバーンが子龍に見えるくらいにでかい。
全体に赤い色。
「火の山だから、火龍かな?」
『そうだ。赤いのは火龍だな。』
草原では今度は龍の狩りが始まったようで、1匹のマンモパイソンに狙いを定めると、それを悠然とわしづかみにし、さらに近くにいたホルストックも咥えて、悠然と飛び上がった。そしてそのまま山の向こうへと飛んでいった。
「結構危なかったんじゃない?僕たち。」
『ふん。まあな。今は秋だから、冬に備えて奴らも狩りをしているのだろう。まあ、ワイバーンは全部狩ったから、俺たちの勝ちだな。』
と勝手に勝敗を決めている。
「いやいや。龍の狩場だったなんて、知っていたら、こなかったよ。」
『臆病者め。俺がいるのだ。龍の1匹や2匹、大丈夫だ。』
「はあ。そうかもしれないけどさあ。」
今更ながらにびびった僕は、臆病者ではないと思う。分別のある奴と言って欲しい。常識的だと褒めて欲しい。
あ、轟雷槍雨の音で、龍がこっち側に来たのかも!あっぶねえ。
とにかく命拾いした。
今回は温泉もキャッフェも諦めてこのまま帰ることにした。
『いいのか?入りたかったんだろう?温泉に。』
「えーだって、龍が頻繁に空飛んでるんじゃ、のんびりなんか出来ないよ。いいよ。帰り道では森の中で冬に備えていっぱい木の実や果物、薬草とか魚とかも獲って帰るから。つきあってよね。」
『それはいいが。今夜はワイバーン肉を焼けよ。』
「わかったよ。本当は少し熟成したほうが美味いんだけどな。」
『明日も明後日も食えばいい。』
「そんなことしてたら、冬になる前になくなっちゃうよ。まったく。食いしん坊なんだから。」
魔力だけで生きられるくせに、と呆れながらも、今夜はワイバーンのステーキ一択だなとメニューを決める僕でした。
龍を見て驚いた僕を慰めるつもりなのか、シンハは豊穣このうえない場所に案内してくれた。そこは木洩れ日が適度に木々の間から大地に降り注ぎ、森を健全にしていた。まるで湖の精のいる湖近くのように、さまざまな食材が豊富に実っていた。
桃、栗、梨、柿などのくだもの的な木の実や、ナス、ゴボウ、ダイコン、ニンジン、タマネギ、ジャガイモなどの野菜類、そしてさまざまな薬草類や葉物野菜。
川では電撃で魚を獲り、冬が半年あっても大丈夫なくらい、収穫した。
もちろん、遭遇した魔兎や魔猪、魔熊、魔鹿、魔羊、魔山羊、大魔鶏、エビ味のマンティスにカニ味のタルランテルラなどはありがたく倒させてもらった。
それからエルダートレントも狩ったし、燻製肉のチップの原料である各トレント種の枝などもかなりの量確保した。
冬場の薪は、畑を開拓するときので5年分以上あるし。
もういつ大寒波が到来しても大丈夫なくらい、僕たちは食糧などを確保できたのでした。