512 家を決める
「さてと。どれにしようか。シルルは何処がいい?」
家妖精に選んで貰うのが賢明だよね。
「村の入口の家は良くないでしゅが、あとはどこでもダイジョブでしゅね。」
「あ、やっぱり。あそこはお祓いしたほうが、いいよね。」
とこそこそ言っていると
「んん?お祓いが必要な家があるのかえ?」
と魔塔長。
「あーはい。村の入口に一番近い家ですね。たいしたことはないですが、ちょっと黒い靄があります。」
「どれ。」
師匠がこもこもと唱えると、
「なるほど。確かに黒いのがあるな。確かここは。」
「うむ。収賄などが原因で辞めた元副魔塔長のノードン・ラス・イングラドアの家じゃな。」
「ユーゲント辺境伯領に、低レベルの魔術師を派遣した元凶だ。」
と師匠は、こそっと教えてくれた。
なるほどー。
「もう死んだがな。」
「え。」
ぎょっとした。
「自殺ということになっているが、おそらく誰かに殺されたと、俺は見ている。」
むむ。
「ああ、死んだのはここではないぞ。王都のナディール川で発見されたんだ。」
むむむ。
「ではなおさらきちんと祓いましょう。さっそくやってよいですか?」
「あ、ああ。良いのかえ?」
「もちろん。」
僕は杖をフルサイズで出した。
その杖を見て、魔塔長はなにやら驚いていた。
まあ本体は世界樹の枝だし。サファイアもでかいし。
そういえば、試験の時には杖、使わないでしまったなあ。
黒い靄は、どうやらその元教授の思念が残っているせいらしい。
「イ・ハロヌ・セクエトー…。迷いし魂よ、粛々と地脈へ参れ。そはすでにこの世の者にあらじ。未練を捨て、怨念を捨て、旅立ちたまえ。」
しかし、なにか心残りがあるのか、なかなか家から離れない。
「そなたの心残り、我が引き継ごう。心安らかに旅立ちたまえ。…浄化。」
「フオオオオ…。」
悲しげな声を残し、魂は逝った。だが、僕の中に残像を残した。よほどの未練、怨念、後悔だったのだろう。僕は呪文を唱えている間に、それを汲み取っていた。
「珍しく手間取っていたな。」
と師匠がこそっと言った。
「見立てより強い思念が残っていました。
どうやら彼をそそのかした悪党の親玉に、恨みがあるようでした。」
「引き継ぐとか言っていたが、お前、大丈夫なのか?」
「大丈夫です。おかげで黒幕がおぼろげですがわかりました。」
「誰だ?」
「それは…僕が会ったことがない人物なので。」
それは本当だ。
「いずれ会ったらお知らせします。」
「わかった。一人で突っ走るなよ。」
ふふ。
「なんだ?」
「師匠、なんだかシンハみたい。」
「『なぬ。』」
二人同時に言わないでよ。
「いつもシンハに似たようなことを言われているので。
さて、家ですが。シルル、一番奥とか、どうかな。教会にも一番近いし、川にも近い。妖精も多かった。」
「でしゅね!あたしもそう思ってました!」
「では魔塔長、一番奥で。お願いします。」
「わかった。」
そう言うと、なにやらふいっと魔法を使い、飛ばした。
どうやら表札を付けてくれたらしい。
「これが家の鍵じゃ。改造は自由じゃが、本の重さで崩れぬように、気をつけるのじゃぞ。」
と指輪型のカギをくれた。
「はい。ありがとうございます!」
わざわざ言うってことは、本の重さで家を痛めた教授がいるんだな。石の塔でも駄目なんだな…。
とにかく、家が決まった。
魔塔長は用事を思い出したと言って、先に魔塔に戻っていった。
帰る前に、家族全員に持たせなさいと、指輪型のカギを人数分くれた。
これがあれば、僕がいなくとも、村に入れて自分の家に入れるそうだ。
持っていない者ははじく。
シンハとスーリアには、虹色首輪につけてあげた。シルルはペンダントがいいというので、ぶら下げられるように、ミスリルの細いチェーンをつけてあげた。
僕は左の中指に嵌めてみた。指に合わせて伸縮するらしく、違和感なく装着できた。
村の門は、僕を教授と認識しているので、僕だけは指輪を忘れても入れるそうだ。
魔塔の教授だからな。研究に夢中になって、忘れ物しそうだし。
お客さんを連れてきたら、門に説明すればいいらしい。
門に説明というのは奇妙だが、魔法の世界だ。そうですか、と納得するしかない。
一番奥の家まで戻る。
案の定、表札がついていた。
「サキ・エル・ユグディオの家」
ひねりがないが、表札は本型で、ちょっとおしゃれだった。
指輪型のカギは扉のパネルに接触させるのが原則だが、実は、装着者がちょっと扉に魔力を流せば、指輪で触れずとも解錠できるという裏技があるそうだ。
つまり、シンハやスーリアは手でちょっと扉に触れれば開くということだ。便利~。
新居を、さきほども見たが、今度はじっくり見る。
外側は、一応基本的な形の家だった。平屋で中二階あり。石の塔付き。
改造はどうしようかな。
玄関扉を開けて入るとすぐに食堂兼キッチン兼居間。よくある田舎家の構造だ。
「まずは家全体をクリーン!」
と唱え、一気にお掃除をする。
それから、
「玄関を開けたら、まずロビーが欲しいよね。」
思い浮かんだのは、よくある日本の住宅。玄関を開けると三和土があって、廊下や階段がある。
靴をはいたままの生活は、もう慣れてしまったので、段差はいらないけれど、雨や雪の時に外套を脱ぎたい。
だから、食堂と玄関扉の間を少し空間拡張し、ロビーをつくった。
「キッチンや食堂を通らないと奥に行けないのもよろしくないな。」
と廊下を作って廊下で各部屋をつなぐ。
扉も新調した。
以前、ダンジョンで接収した屋敷の扉を利用。
「廊下に明かりも必要っと。」
ミニシャンデリアと、壁にもスズラン型の優雅な明かりを複数据える。
「わあ!明るくなったでしゅ!」
師匠があきれて
「やりたい放題だな。」
とかつぶやいているが、無視。
「さて、シルル。キッチンと食堂だけど、どうしようか。」
「此処にも妖精しゃんたちは呼べるんでしゅよね。」
「うん。そのつもりだよ。」
「ではやはり、せまいでしゅ。竈も3つはほしいでしゅね。」
「そうだね。」
食堂を広げ、間仕切りをしてキッチンも広げる。
竈は最初から魔石で簡単に火がつくタイプだったのはさすが魔塔だ。
竈を2つから3つに増やし、ついでにピザ竈も設置した。