510 師匠と魔塔長室へ
コンコン
「入れ。」
「失礼します。おはようございまーす。」
「おう。おはよう。サキ教授。」
と師匠がにやにやしていやがる。
「僕は魔塔の学生になりにきたのに。嵌めましたね。」
「ふっふ。いいじゃないか。一軒家に住めるんだ。」
「まあ、それは良いことですが…。ところで、僕はどの講座の担当なのでしょう。」
「まだ協議中だ。希望はあるか?」
「特には…。というか、僕が学生に教えられることってあるんでしょうか。」
「そりゃたんとあるだろう。冒険者もやっていたんだ。学生が魔塔を出てからの事を考えると、冒険者向けの講義も面白そうだ。攻撃魔法の講座なんかどうだ?」
「なるほど。やれないことはないですが…。あ。そうだ。治癒魔法系とか、薬草学とかどうですかね。」
「ふむ。そういうのもありだな。だが、おまえのポーション、イレギュラーな素材だろう?」
「あー、基本、メルティアと僕の作った魔素水ですね。だめかあ。」
「まあ、おいおい魔塔長とも相談して決めていくとしよう。
今回合格した3名は、いずれも新人だ。どこかの国で魔術を学生に教えていたやつはいないから、3人とも実際講義するのは夏休み明けの9月からだな。それまでは、お前も俺の助手をしつつ、いろいろ講座に出てみるといい。」
「わかりました。」
「どうだ?少しは気が楽になっただろ。」
「ええ、まあ。急にあれは教授試験だったと聞かされて、昨日は頭の中がマッシロでしたからね。ほんと、酷い師匠だ。」
「ふふ。日頃お前にはなにかとやり込められているからな。愛情あふれる師匠からの意趣返しだ。ざまあみろ。」
「まったく!ところで、引っ越し先、もう決まっているなら、見に行きたいのですが。」
「ああ。そうだな。いくつか空き家があるから、今なら選べるらしい。」
そう言いながら、師匠はるんるんと僕とシンハを引き連れて総務へ。
まったくもって腹立たしいが、僕も子供じゃないから、矛をおさめてついて行った。
総務に行くとミルオラさんが居た。
「合格、おめでとうございます!」
「ありがとうございます。」
「魔塔長がお二人をお待ちです。奥へどうぞ。」
あ、そうか。本当なら昨日のうちに挨拶に来るべきだったか。
総務を通って、奥の魔塔長の執務室へ。
コンコン。
「どうぞ。」
「失礼します。」
シンハを連れて一緒に入る。
「おお。サキ君。合格おめでとう!」
「ありがとうございます。」
「ふふ。まったく。君もやんちゃな師匠を持って大変じゃの。教授試験だと知らされなかったそうじゃないか。」
「はい。昨夜はやけ酒でした。」
「魔塔長。なに第三者みたいなことを言っているんですか。サキ。俺の話に乗ったのは魔塔長もだからな。騙されるなよ。」
「えー。そうなんですかあ。酷い上司たちだ。」
「ふっふっふ。久しぶりに面白かったのじゃ。それもこれも、君なら絶対合格するとわかっているからできたこと。
結構大変だったのじゃぞ。試験会場すべてから、「教授」という表記を抜いて貼り出さないといけなかったし。監督官やミルオラにも教授試験とは言うなと口止めしたし。
じゃが楽しかった!久しぶりの娯楽を提供してくれて、ありがとうなのじゃ。」
「まったくもう。」
ふふふと笑う魔塔長。おちゃめだけど、酷いなあ。
「ところで、さっきもこいつと話していたんだが、こいつが学生に何を教えるか、決めないとな。」
と師匠。
「希望はないのかえ?」
「というか、僕が学生に教えられることがわかりません。」
「なんでもいけるじゃろ。特に実技は圧巻じゃった。攻撃魔法4回で120点も叩きだしたんじゃからな。あれは笑うほかなかった。くくく。」
また笑ってる。ほんと、ツボってげらげら笑っていたもんなあ。
「特にリペアではなくヒールと唱えたのには驚いた。もしや国境壁などもアレで直したのかえ?」
「ええ。まあ。」
「ふむ。なぜリペアではないのじゃ?」
「リペアは思いつきませんでした。僕的には、「元通りに直す」はヒールなので。それに、ヒールは厳密に言うと、「元のベストの状態に直す」という感じなのです。それを生命体以外にも使ってみたらうまくいっただけです。」
「なるほどな。ふむう。研究の余地ありじゃな。」
思考の海に深く潜りそうな魔塔長に、師匠は話を戻した。
「ん、ん。魔塔長、こいつを早々に「ユートピア村」に引っ越しさせないといけないので。」
「おうそうか。わしも一緒に参ろう。」
「え、来るんですか?」
と師匠。
「なんじゃ。新人教授の新居を決めるのに、わしが同行してもおかしくないじゃろうに。」
と言いつつ、もう外出の支度をしている。杖を持って帽子を被って、マントを羽織って。
「さ、行くぞえ。」
「…」
いつも魔塔長はこんな感じでマイペースなのだろう。
師匠が、首をすくめ、両掌を上に向け、だめだこりゃというジェスチャーをした。
異世界でもおんなじなんだあと、僕は妙なところで感心した。
(それともフランク王国ですでにもうあったジェスチャーなのだろうか…。)
ホールを突っ切って、裏庭に向かう通路を進む。まっすぐ行けば裏庭に出る扉だ。
だが魔塔長は途中にある部屋の扉前で立ち止まった。
その扉にあるパネルに魔塔長が指輪をちょいと当てると、扉が開いた。
すると、部屋の中央に転移陣があった。
へえ。こんなところに転移室があるんだ。
と感心しつつも、僕はこっそりシルルを魔力に召喚しておいた。
「ユートピア村」、一緒に見に行きたいからね。