50 秋。湿地帯への旅
ついに50話目!
異世界ゼミのヒグラシが、カナカナと鳴いている。こちらの世界ではヒグラシと言わず、グラナッド。夕焼けゼミという別名がある。郷愁を誘うという雰囲気は、異世界でも同じ思いになるからだろう。
その夕焼けゼミの声が目立つようになると、もう夏も本当に終わり。グラナッドの声に、鈴虫や松虫のような秋の虫の声が混じっている。
一時の猛暑もすでに落ち着き、秋が日ごとに深まっていく。
秋は実りの季節、のはずだが、この森では10日でほぼなんでも収穫できる。だがこの森以外では、やはり秋が収穫時期だそうだ。
では冬はというと、これがまた極端で、この森でさえほとんどの作物が採れなくなるそうだ。
冬でも収穫できるのは根菜類。ダイコン、じゃがいも、ニンジンなど。土中にある部分が食べられる植物。しかも、たとえばニンジンの場合は、春から秋は上に向かって食べられるところが実るのに、冬だけは地球と同じく地中で実るという。
さすがのメルティアも本数が激減し、花もほとんど咲かなくなる。
その他の植物はほぼ皆、実りを止める。
冬はほとんどすべての生き物が冬眠すると考えた方がいいらしい。
その話をシンハから聞いたのがつい先日。
それから僕は、冬のためにますます必死に食糧を得ようと活動していた。
今日は、以前から気になっていた湿地帯に行くことに。
拠点にしている洞窟の真下を流れる川が流れていく先が、東のほうにある湿地帯だと聞いていたからだ。
洞窟からは5日もかかるところにある。
では何故行くのか。
もちろん、普段食べられない珍味のためだ。
この湿地帯にいる青ガエルが、大きくてしかも美味だという。
それと魔ウツボ。
ウナギなみに美味いらしい。
シンハが言うのだから、これは食べてみないと。
というわけで、僕はシンハに乗せてもらったりしながら、湿地帯へと向かった。
途中、例の破壊しちゃった丘からまた石炭を採ったり、僕たちの行く手を阻もうとしたエルダートレントを倒したりしながら、僕とシンハは5日目に目的地の湿地帯に到着した。
GUGEGEGEGE、GEKOGEKOGE とカエルの鳴き声がうるさいほど聞こえている。
僕はこの旅のために作ったゴム長付きのオーバーオールに着替えた。魚屋さんで見かけるアレだ。胴付き長靴というらしい。
『ほう。それなら濡れないな。』
「うん!いいでしょ。」
『だが結界があればいらんだろうに。』
「そうかもしれないけどさ。気分だよ。気分。」
『ふん。そんなものか。』
「で、シンハはいつもどうやって狩ってるのさ。まさかどろんこになって狩ってるんじゃないでしょ?」
『俺か?殺気を込めて一声吠えると、青ガエルも魔ウツボも気絶してぷかぷか浮くから、それを風で岸までたぐり寄せてとどめを刺す。』
「あーなるほどね。結構楽勝じゃん。」
『無駄な戦闘はしない。やつらはどちらもヌルヌルで、抵抗されると逃げられるからな。』
「なるほど。」
『お前ならどうやって狩る?』
「僕?僕は…うーん。やっぱり雷で気絶させて真空切りかアイスジャベリンかな。」
アイスジャベリンは氷の槍だ。
『ほぼ同じではないか。』
「僕だってどろんこやだもん。」
『…。それでは鍛錬にはならぬな。よし。雷も真空切りなども封印で倒してみろ。』
「えー。」
『風で巻き上げるのも無しだぞ。』
「えええー!」
というわけで、僕はストーンバレットを20発用意。
すると
『あーそれも無しだ。魔法は全部禁止としよう。』
「それはあんまりだ。」
『じゃあ結界魔法だけは許す。』
「ちぇー。」
ということで、僕は短剣と弓矢だけで倒さねばならなくなった。
まずは青ガエル。
木の上から弓を構え、ごく普通に矢をつがえて放つ。
バシュっと青ガエルの背に当たったが、跳ね返された。
GUGYA!!
怒って飛びつかれそうになる。
「やばっ!」
慌ててエイプのように木々を渡って逃げた。
だが青ガエルは追ってくる。しかも複数ゲコゲコ言いながら、敵を排除せんと追ってきた。
「無理!シンハ!」
『仕方ない。魔法解禁だ!』
「真空切り!!」
シュパッと首を切って先頭の1匹を殺す。
するとさすがに他の個体も怯んだ。
『やはりお前にはまだ無理か。』
「無理!絶対無理!」
『わかった。適当に狩れ。』
「はあい。」
あとは雷撃と真空切り、アイスジャベリンで数体を狩る。
狩りの成果はまずまずだったけど、シンハをがっかりさせちゃったことが、僕としては一番ショックだった。
狩りを終えて、僕はシンハの傍に降りた。
「僕、帰ったら絶対剣を作る!長物もないのに、あんなデカブツを物理だけって無理だよ。」
『確かに。悪かった。』
「シンハのせいじゃない。弱い僕がダメダメなんだ。」
『…。気を取り直して、次は魔ウツボだ。』
「わかった。」
それから僕たちは魔ウツボも数匹狩った。
水中の敵だが、水を魔法で振動させ、驚いて水面に出てきたところを、魔力を込めた矢で射てとどめとした。
矢を使ったのは、少しでも物理で倒すため。魔力を併用だが、それでも物理中心にこだわった。ささやかな僕の意地である。
夕食は青ガエル肉の煮込みと、魔ウツボの白焼き。これに濃厚特製タレをつけて食べる。タレはニンニクを効かせている。青ガエルは案の定、鶏肉のようにさっぱりして上品な味だった。臭みもない。
魔ウツボは魔力がたっぷりあるようで、元気になりそう。これも泥臭さがなく、極上のうなぎを思い出させた。どちらもとても美味でございました。
昼間の失敗はもう気にしないつもりで、笑顔で美味いものを食べたが、それでも僕たちは言葉が少なかった。
ここは湿地帯の中にある、比較的地面が乾いたところ。
そこにテントを張った。
もちろん、テントは結界を張っている。
スライムゴムの敷物をしいていて、絶対テントの中に湿り気は入らない仕組み。
外は月の見えない曇り空。昼と変わらず青ガエルや青くない普通のカエルたちが、ゲコゲコと大合唱している。もちろん虫の声も。
僕たちはテントに入ると、魔鶏の羽毛を薄く入れた寝袋に入った。シンハも一緒に入れる特大のものだ。ほぼ布団である。
『今日は悪かったな。』
「やめてよ。なんでシンハが気にするのさ。僕が未熟者だからだもの。」
『いや、お前は基本、魔術師だった。その最大の利点を封印するのは間違っていた。』
「そんなこと、ないよ。そういう緊急事態だってあるかもしれないもの。今度は剣を作って、それで物理で倒す!目標ができたから、それはそれで良かった。」
『前向きだな。』
「ふふ。反省して前を向く。それが大切。シンハもね。」
『わかった。俺もそうしよう。』
「うん。おやすみ。」
『おやすみ。』
なんとなく、そんな仲直りをして、僕たちは眠りについた。




