05 新しい朝 2
シンハに続いて森に入っていく。
森の中は度々シンハが通る道らしく、いわゆる獣道になっていた。
このあたりは木々の間に藪は少なく、獣道でないところも下草の丈が短く歩きやすい。
木洩れ日がところどころ下草に当たっていて、思っていたよりずっと明るい。
少し行くと、やがてザーッという水の流れる音がした。
林を抜けるとちょっとした岩場になっていて、清水が湧き出ていた。
そこから流れ出た水は、やがて近くの小川に流れ込んでいる。
その湧き水を、まずシンハが飲んでみせる。
なるほど、安全だと教えてくれたんだな、と思う。
確かに、岩は鉄分で赤くなってもいないし、銅分で緑青も出ていないようで、普通に綺麗そうだ。
僕は安心して手を洗い、その手に水を汲んで飲んだ。
「おいしい!冷たくて!いいねっここ。ありがとう。シンハ。」
そう言うと、今度はシンハは清水の下方の岩場をごそごそした。
そしてなにかをくわえて持ってきた。
なんと兎だ。
いや、よく見ると、兎にしては牙や爪が鋭くでかい。頭にはりっぱな角が一本生えていた。
「…魔兎だな。」
何故か僕には判った。
これは魔獣。
魔力を帯びた獣で、身に魔石を持っている。たぶん。
肉はおいしいのか?
判らない。
だが、魔獣だ。
「それ…僕に?」
シンハはお座りして尻尾を振っている。
褒めて、と言わんばかりに。
「あはは。ありがとう。これで飢えはしのげそうだ。」
内心、捌いたことないんだけど、と思いつつも、シンハの頭をわしゃわしゃと撫でる。
背に腹はかえられない。捌くしかないな、これ。
耳を掴んで持ち上げてみると、首をひと噛みで仕留めたようだ。どうやらシンハがちゃんと血抜きまでしてくれていたようだ。
「判った。調理してみよう。何事も経験だ。」
兎肉ならホテルで出される高級肉のはず。
きっと魔兎だってうまいはずだ、と思い、また『ホテル』という言葉がちょっと気になった。
なんとなく、少しずつ過去を思い出してきている。
それをあえて考えないようにして、まず竈を作ることにした。
短剣もあるから、きっと魔兎も捌けるだろう。
串焼きならそのへんの枝でできる。
湧き水から水の流れる方へ下っていくと、小川があった。
竈はその河原に作ることにした。
河原の石を見ると大きな岩は少なく、丸っこくて掌に乗るくらいの石が多い。川幅はさほどないからまだ上流だろうけれど、かといって深い谷とか渓谷という感じでもない。おそらく平らな地形が案外長く続いている地域なのかもしれない。それよりも、石がやけにきらめいているし、色とりどりなことに驚く。まるで大きな宝石があちこちに落ちているみたいだ。
「なんだここ。まるで宝石みたいに光って…」
手にしていた魔兎を足元に置き、河原石を1個掌に拾い上げて、じーっと見たら、ぽわんと石の上に文字が浮かんだ。文字は不思議な文字だが読める。
「河原石(青):サファイアの原石」
「はあっっ!?」
つい大きな声を出してしまう。
水辺で魚を捕ろうとしていたシンハがびっくりしたように慌てて寄ってきた。
「あ、いや、いや、なんでもないよー。大声上げてごめん。」
くうん、というシンハに言い聞かせつつ、もう一つ、足元の緑色の石を拾ってみる。
じっと見るとまたぽわんと文字。
「河原石(緑):エメラルドの原石」
「ああ、もう何も驚かないぞ此処は異世界だ。」
ぶつぶつ言いながら首を振り、二つの石をとりあえずポケットに。
そう。『異世界』だった。
第一、自分がつぶやいている言語が、日本語ではない。ないのに話している。理解している。もちろん、日本語も覚えている、というか、思い出した。
ああ、そういえば、僕が魔術師なら、きっと『亜空間収納』なんかもできちゃってるはずで…。
「亜空間収納!」
と言いながら、右手で空間を撫でるようにしてみた。
すると、目の前に違う真っ暗な空間がぼおっと現れた。大きさは手首から肘までくらいの直径だ。
「あはは。やっぱりね。んー。そうじゃないかと思ったんだ。…ふう。落ち着け自分。きっと塩だって胡椒だって入ってるぞ。」
そう思って、おそるおそる手をつっこんでみると。
「あったし。」
予想したものとは違い、さすがに瓶詰めで振りかけられるようになってるようなものではなく、それなりの大きさの革袋に入った塩と、小さな麻袋に入った胡椒が出てきた。小さなすりこぎとすり鉢もある。
ついでに亜空間の中を頭の中で思い浮かべると、結構広いような感じはするが、中身はあまり入っていないようだ。少しの調味料と、着替えの下着とかシャツ、手拭いとかの日用品、毛布や未使用の布の反物数点程度。
石鹸はないようだ。
包丁はないが、短剣で捌けるから構わない。
残念ながら剣や刀は無かった。
鍋と貝殻を棒に結んだおたまや木の皿、木のコップがあったのはラッキーだったかもしれない。あとは価値がよくわからないが貨幣少々。
まるでゲームの初期装備(旅編)といったところか。
「しかし、剣はないのか。短剣だけか。…まあ、調理するには都合いいけど。」
兎の調理など、『生前』したことはない。
『生前』?…
「あーっもう!判った認めるよ。ここは異世界で、僕は生前は地球人で日本人っ。何故か転生しちゃったってやつでしょ。そうでしょ。そうなんでしょ。もう判りました!」
僕は手に塩袋を持ちながら、誰にとはなくそう叫んでいた。
シンハだけが、「大丈夫か?こいつ」というように、小首をかしげていた。