497 マッド親方の鍛冶工房
僕は覚悟を決めてドアを開ける。
リンロンといつものようにベルが鳴…
「もう来るな!」
と怒鳴り声。
「す、すいません!」
たじ、と扉に張り付く。
「お?おう。なんでえ。兄ちゃん、怒鳴って悪かったな。」
おそるおそる店内へ入る。
店主は、ゲンさんと同じくドワーフだ。
「お、お邪魔しますデス。」
「おう。客にもならねえヘボ冒険者を追い返したところでな。そいつらがまた来たのかと。怒鳴って悪かったな。」
「あっはい。あの…、マッド・マッカーズさん、デスヨネ?」
「おう。」
「こほん。僕はサキ・ユグディオと言います。ヴィルドのゲン師匠の紹介で、此処を尋ねるように言われまして。」
「おう!ゲンか!懐かしい名前じゃねえか。紹介?珍しいことをするもんだな、ゲンのヤロウが誰かを俺に紹介するなんて!」
と上機嫌。
「そんなとこ突っ立ってないで。入れ入れ!」
「はい!失礼しますです!」
店内はゲンさんのところより広いので、シンハも一緒に入る。
「で、ゲンは元気…ひっ!に、にいちゃん、そ、そいつ、いや、そのお方はふぇん…。」
あー、やっぱりすぐ解っちゃったか。
ドワーフあるあるなんだよね。
もちろん、店内には僕らのほかは居ない。
「はい。フェンリルのシンハです。僕の相棒です。でも、フェンリルであることは、どうか内密にお願いします。」
「わ、わかった。ど、どうぞ、こちらへ。」
急に態度が良くなったよ。
シンハの威力、絶大だねえ。
椅子を勧められ、まずは手土産に、ヴィルド産の強いお酒と、自家製のウイスキーを出す。これは森の奥で、妖精たちと一緒に試しに作ってみたものだ。
とたんにマッド親方の機嫌が良くなった。やはりドワーフには酒だよね。
それからゲンさんからの紹介状を渡す。
「王都にしばらくいることになりまして。まずはご挨拶をとのんびり思っていたのですが、急に急ぎの鍛冶仕事が入りました。
単刀直入に申しますと、鍛冶場の一角をお借りできないか、ご相談に伺いました。」
「ほう。俺に打ってくれではなく、自分で打ちたいと?」
またちょっと不機嫌になる。
そうだよね。
僕は魔剣を背中(の亜空間収納)から取りだし、10センチくらいも抜いて見せた。
「これと同じ材質の特殊な板を作らないといけないのです。もしマッドさんが作ってくださるのであれば」
と言い終わらぬうちに、マッドさんはさっと僕の剣を取り、すらりと抜いた。
「………。これはゲンが打ったのか?」
「いいえ。僕です。」
「な、んだと!?」
「試行錯誤でやっとできたんです。また打てるかどうかわかりません。でも、その模様の板がねを何枚も作らないといけなくて。」
「………。」
黙って剣をしばらく眺め、それからゆっくり丁寧に鞘に納め、僕に返して寄越した。
そして、はあーっと大きくため息をつく。
「なるほどなあ。ゲンの奴が、お前さんを「師匠」と呼んでいるという意味がわかった。」
「え!?そんな。僕がゲンさんを師匠と呼んでいるんですよ。」
そんなことが書いてあったの!?
「いや、ゲンの気持ちは痛いほどよくわかる。お前さんのソレを見せられちゃあ、ゲンも心が折れるってもんだ。」
えー、僕、ゲンさんの心、折っちゃってたの!?
「わかった。好きなだけ俺んとこの工房、使いな。」
「!ありがとうございます!」
「ただし。俺もその鋼には興味がある。仕事を見させてもらっても良いか?」
「もちろんです!むしろ、良くないところを指摘してほしいです!」
「よっしゃ!じゃあさっそく、仕事場に案内するぜ。」
マッドさんの工房は結構大きかった。
5人ほど職人が居た。2人がドワーフ。一人が人間族。あとの二人は熊獣人と狐獣人だった。
「予備の炉が空いている。あそこを使いな。石炭とコークスは、使った分だけ支払ってもらうことになるが、大丈夫か?」
「はい。此処の借り賃も材料費も、魔塔が払ってくれるそうです。」
「魔塔!?お前さん、魔塔の所属なのか!?」
「数日前からですが。なにか?」
「むむ。いや。最近、魔塔の連中の質が落ちたとかで、いい評判を聞かねえからな。」
ああ、ユーゲント辺境伯領の壁の件で、ドワーフには迷惑をかけたようだからな。
「ユーゲント辺境伯領の壁のことですかね。」
「ああ。」
「魔塔長が不在で、人選を間違えたとか。尻拭いに魔塔長自ら動いて、大変だったようですよ。」
「そんなことじゃねえかと思ったぜ。エルシーの嬢ちゃんが、そんなドジするはずはねえと思ってたんだよ。」
とまた機嫌が良くなった。
エルシーの嬢ちゃん、ね。
「魔塔長とお知り合いですか?」
「まあ、お互い長生きだからな。いろんなところで遭遇してるって訳よ。」
「なるほど。」
などと話していると、2人のドワーフ職人が、動かずにびっくり顔で立っている。
ああ、シンハに驚いたのね。
「ほら、仕事しろ!しごと!火から出した刃物前にして、手を止める奴があるか!」
マッド親方に怒鳴られて、はっとして慌ててまた動き出す。
「(ほんと、シンハはドワーフには有名だねえ。)」
『う、うるさい。』
ふふ。
工房に備え付けの石炭もコークスも上等なもので、普通に剣を打つには申し分ないものだった。だが、やはり含まれている魔素が少ない。
これではおそらく失敗する。
仕方ない。自前のを使うか。
僕が魔剣を作った時は、燃料の石炭も剣の素材の鉄鋼石などもすべて森産。燃料のコークスに至っては、レアなコークスゴーレムが素材だったからなあ。
今日のところは、試しに炉に火を入れてみるので、此処のも使わせて貰うか。




