493 魔塔長エルシニアス・オニキス・フォン・バーデンブラッド
さて。
総務に寄ると、ミルオラさんが居た。
「ミルオラ。魔塔長はいるか?」
「はい。お部屋におられます。」
「サキが挨拶したいそうだ。」
「わかりました。聞いてきますね。」
そして、許可を得て魔塔長室へ。
コンコン。
「魔塔長。ランゲルス師とサキ・エル・ユグディオ様をお連れしました。」
「入れ。」
声からすると女性だ。
「失礼します。」
師匠がそう言って部屋へ。
中は適度な広さの校長室的な感じだが、両側の壁はすべて本棚。そして魔術関係の本がびっしりだった。
わあ。読みたい…。
窓を背に、大きな執務机の向こう側に、彼女は居た。
桃色の長い髪を後ろでゆったりと一つに三つ編みにしているようだ。
魔女の帽子は脇のマント掛けにあった。
皆がいつも被っているわけではないようだ。
黒いローブを着ている。
縁取りが赤いので、学生とは違うのはわかる。
赤い目をしたエルフの少女という感じだ。
それよりも、目があったとたん、「リィン」と心の鐘が鳴った。
魔塔長はハーフハイエルフだと、冒険者ギルド総長の「アルシュ兄さん」から聞いていたが、案の定だった。
向こうも解ったのだろう。にこっと笑った。
「そなたがサキ・エル・ユグディオか。私は魔塔長のエルシニアス・オニキス・フォン・バーデンブラッドじゃ。」
と言った。語尾に「じゃ」…。魔塔長も「のじゃ姫」なんだ…。
それから僕はシンハとシルル、スーリアを紹介した。
ミルオラさんはすでに退席していたので、ここには師匠と魔塔長、そして僕たちしかいない。
なので、シンハもシルルもスーリアのことも、すべて出自は正直に説明した。
「ほうほう。聖獣殿に珍しいシルキーに、白龍の血を引くエンシェントドラゴンか…。またずいぶんと珍しいものたちばかりじゃのう。こちらこそ、よろしくな。」
「はいでしゅ!」
キャウ。とシルルとスーリアは返事した。
シンハはふさふさ、と尻尾を揺らしただけだが、何も言わないから、魔塔長のことは信じられる人とみたようだ。
「そなたの活躍は聞いている。特に、国境壁修理の件はのう。先日、私も壁を見てきたが、見事としか言いようがなかった。
それに引き換え、わが魔塔が行ったユーゲンティアの壁は…可も無く不可も無く。それがやっと。あれでは魔塔の評判が落ちるのも仕方ない。」
「なんか…申し訳ありません。」
「はは。気にするな。私の留守中に、部下がろくでもないヤツを長に選んでしまってのう。
先日ユーゲント辺境伯にわびに行ったついでに、そなたの国境壁ほどではないが、領都の壁も少し私が手直しておいた。
辺境伯には満足していただいたし、職人の親方にもわびをいれておいたから、大丈夫じゃ。」
そんなことになっていたのか。
「そこにいるウォルフが、もう少し積極的に働いてくれると、かなり魔塔の評判も良くなるのじゃがなあ。」
と今度は矛先が師匠へむいた。
「こほん。ユーゲンティアには行っても良いと、言いましたがね。でもやはり私は隠居の身です。近頃、腰も痛くなってしまって。ついでに目も。」
「ふん。仮病はきかぬぞ。私よりはるかに若いくせに。しかも、お前自身も、その隣におる弟子も、ヒールがめっぽう得意ではないか。」
「うぐ。」
ふふ。つい笑ってしまう。いや、話を進めないと。
「こほん。冒険者ギルド総長から、紹介状をいただいてきました。」
と言って、魔塔長に渡す。
魔塔長がそれを開けて読む。
「ふむ。アルシュにもずいぶん気に入られておるようじゃの。」
「おかげさまで。「アルシュ兄さん」と呼べと言われました。」
「ふふ。なるほどな。あやつもハイエルフゆえ、そなたがずいぶんとかわいいとみえる。「兄さん呼び」を許すとは。初めてかもしれぬな。」
「そうなんですか?」
「うむ。…ところで。ドリーセット侯爵家の呪いの件は、ウォルフから聞いた。大変だったが、なんとか無事解決したようじゃな。」
「はい。師匠が大活躍でした。」
「取って付けたように褒めなくてもいいぞ。」
えー、ひとがせっかく手柄をご披露してあげてるのに。
ちろりと睨むと、
「ふふ。仲が良くてなにより。」
ほら。笑われちゃったじゃないか!
「来週の試験、楽しみにしておるぞ。要項はもらったかえ?」
「いえ、まだ。」
そんなのあるんだ。
「では帰りに総務でもらっていくとよい。」
「わかりました。今日はお忙しいところ、お時間をいただき、ありがとうございました。」
「うむ。」
「では、これで失礼します。」
お辞儀して、退去しようとすると、後ろから声をかけられた。
「ああ、それから。おそらくすぐに引っ越しになるから。そのつもりでいるとよい。」
「??わかりました。」
部屋を出てから
「?引っ越しですか??」
せっかく素敵な部屋をもらえたのに。
「ああ。合格すればな。たぶん一軒家で暮らせるだろう。」
「!!本当ですか!?がんばります!」
「お、おう…。合格すれば、お前専用の研究室も貰えるだろう。」
「へ!?」
「まあ、楽しみにしていろ。ただし、「合格すれば」だ。」
「わかりました!とにかく頑張ります!あ、過去問、さっそく教えてください!」
「ふふ。さっきまでとはずいぶんと食いつきが違うな。」
「だって!一軒家ですよ!それに、専用の研究室!?
信じられない!魔塔の学生って、本当に優遇されているのですね!」
「くっくっく。いやまあ、そんなに喜んでもらえるとは思わなかった。
ただし、優遇にはそれなりに義務も伴うからな。それは覚悟しておけよ。」
「うっ!そ、そうですよね。がんばります…。」
「急にやる気が失せたようだな。」
「いえ。一軒家ならしかたありません。家族のためにも頑張ります。…あ、要項、貰ってこないと。」
「ああ、それは俺がもらっておいてやる。お前は先に俺の部屋に行って待っていろ。」
「…部屋を片付けておけっていうんですね。はあーわかりました。」
「うむ。物わかりが良い弟子でなによりだ。あー、本はそのままに。書き損じは捨てるなよ。」
「わかってます。」
ちぇ。




