488 侯爵令嬢事件の裏側 ノアール
次章に進む前に、今回の事件の裏側を書いておきました。
天の御恵み
世界樹よ
恒久なる平和を与えたまえ
安らぎの時を与えたまえ
そは根源にして唯一
そは光
そは命の源
幸いなるかな!
幸いなるかな!
そは我らすべてを慈しみ育み給い
哀れをもって包み給う
忘るるなかれ地に生けるものら
皆々すべて世界樹の
恩恵ありて生まれし子らよ
無心に感謝と祈りを捧げし時
世界樹は常に汝を想い
祝福を与え給う
賛美せよ
御恵み深き大地の子らよ
我らの唯一
世界樹を
(詩編第3章より「賛美の詩 世界樹」抜粋 エレオノール・ファムメトル訳)
「此処に居たのか。ノアール・カートライト。」
「トルメントゥス司教様。」
「相変わらず熱心だね。」
「いいえ。私など…。あの。質問があるのですが、よろしいでしょうか。」
「なんだね?」
「世界樹様は、私のような呪われた血の者にも、あまねく慈悲をくださるのでしょうか。」
「呪われた血か…。そうだねえ。隠しても仕方ないから、このさいはっきり言おう。きっと普通の人族より、慈悲は少ないのだろうね。その証拠に、君は私の推薦で王都の中央教会の修道女になっても、いまだにお声も聞いたことがない。違うかね?」
「はい…。その通りです…。」
「やはりな。きっと、前世がよほど酷い罪人だったか、あるいはもう世界樹が見放したのか、なのだろうねえ。」
「…。」
「大丈夫だよ。魔族を救ってくださる神様がいる。」
「え?そんな神様がおられるのですか?神は世界樹様だけではないのですか?」
「知らないのか。おお、可愛そうに。世界樹よりも万能な、本当の絶対神を。」
「…。」
「では今日は、その話をしてあげよう。きっと君は救われるだろう。」
「ぜひお願いします!司教様。」
その夜を境に、修道女ノアール・カートライトは、王都の中央教会から姿を消した。
とある館の地下室
「う…うう…。」
「悪い子だねえ。まだ悟りを開けないなんて。」
バチィン!
「きゃああ!」
バチン!
「お、お赦しください!司教様!」
「司教?違うと言っただろう。私はあのお方の第一の使徒。何度言ったらわかるんだ?聞き分けのない子だねえ。」
バチン!
「あああ!」
「君がもっと素直にならないと。せっかくあの方から天啓をいただいたのに。まだ人族のつもりでいるのか?君のその禍々しい魔力。どう見たって、堕落した魔族、鬼そのものなのに。人で居ようとは、傲慢だな。」
バチン!
「ああ!し、使徒さま…。」
「さ。これを飲みなさい。そうしたら、きっと君もあの方のすばらしさがわかるだろう。」
「うう…。げほっ!」
「だめだよ。ちゃんと飲まないと。美味しいだろう?それは呪いを受けて死んだエルフの血さ。貴重なんだから。大切に飲むんだよ。」
「うう…。」
「ああ。良い感じに呪いが君の魂に染みて…。そうそう。良い子だ。君は?誰のしもべかな?」
「…あのおかたの…。」
「そうそう。お前は卑しい身分だから、お名前を教えることはできないが。貴きあのお方のしもべなのだ。お前は選ばれたのだ。光栄なことなのだよ。」
「は…い…。」
「さあ。もっと飲みなさい。そして、早くその魂よ、真っ黒に染まれ。そして王都を混乱に陥れろ。あのお方が喜ぶことをするのだ。よいな。」
「は…い…。」
数日後
「ノアール。」
「…はい。使徒様。」
「ふむ。だいぶ良く黒に「染まって」きたな。そろそろいいだろう。
まずは手始めに、お前が血のにじむ努力で得た、黒魔術を使おうか。すでに「第1の罠」は発動している。お前はそこに行って、もう一人、生け贄を見つけ、同じ呪術を施してくれば良い。2人の生け贄があれば、「あのお方」の復活も早まるだろう。
ああ、女のなりでは行くな。男…私がこの前変装した、老魔術師に化けるのだ。
作戦の詳細はあとで教えてやる。お前は言われた通りにすればよい。大丈夫。さすれば、「あのお方」もきっと喜んでくださる。うまくいったら、「あのお方」の声くらいは聞かせてあげよう。うれしいだろう?」
「…はい。」
「魔族はこれまで、人族によって虐げられてきた。今こそ、人族への恨みを晴らすべき時。まずはお前に先鋒となってもらう。これは「あのお方」からの使命と承知して、忠実に作戦を実行するのだぞ。」
「はい。使徒様。」
ある晩
「はあ。はあ。はあ…。使徒さま…。」
「戻ったか。首尾は。」
「仰せの通りに。」
「うむ。ご苦労。…魔力を相当に消費したようだな。やはり108もの陣を発動するのは、お前には限界だったか…。可愛そうに。これをお飲み。」
「ありがとう、ございます…。」
「うむ。明日はゆっくりしていてよいぞ。あとのことは、「傀儡」が確認に行く。効き目が悪ければ、傀儡が重ねがけをしてくるから。ゆっくり休んで、次の命令を待ちなさい。良くやった。良い子だ。「あのお方」もきっと喜んでくださるだろう。」
「はい。」
「お休み。」
「お休みなさいませ。」
事件解決後。闇魔法使いの隠密が、使徒であるトルメントゥス司教に報告する
「使徒様。「傀儡」であるナゼル枢機卿が、何者かに倒されたようです。」
「わかっている!気配が無くなった!」
「いかがいたしましょう。」
「軍務大臣の屋敷に、魔塔の者が出入りしていたそうだな。」
「はい。」
「しばらくは放置だ。」
「しかし…。」
「聞こえなかったか!しばらく、捨て置け!それとも、お前には魔塔と対抗できる手段でもあるのか!
?この国最高峰の魔法戦力だぞ!評判が落ち目だと言って油断してよい相手ではない!下がれ!」
「ははっ!」
「(ちっ。まさか魔塔が出張ってくるとは。今の魔塔長バーデンブラッドは、侮って良い相手ではない。こっちの手の内を、今感づかれるとまずい。せっかく、王都を黒く染めようとしているのに。
ノアールは未完成だ。もっと黒く染めねば。戦闘能力も高めないと。
まだ少し時間が必要だな。
軍務大臣を引き入れる計画はもはやうまくいくまい…。
ふう。せっかく、この国の貴族に、協力者を得たというのに。
仕方ない。ターゲットを帝国に絞るか。
帝国ならば、黒い靄も怨念も多いからな。
此処よりはたやすいだろう。
帝国とは蜜月だが、帝国が滅ぶなら、それもよかろう。せっかくなら、帝国をまるごと「あのお方」に献上し、統治していただくというのも悪くない…。その手法を提案してみるか。ふふ…。)」
その晩のうちに、サイモン・トルメントゥス司教が、王都から消えた。同輩には、神聖皇国の本部教会からの「任務」で、急遽異動となったと伝えられていた。
修道女ノアールはその数日前に、すでに姿を消している。
王都の教会はレイモンド・ナゼル枢機卿の事件で大騒ぎとなり、二人の聖職者の不在など、誰も気にすることはなくなった…。
不気味な「裏側」事情でした。
最初に令嬢に108の魔法陣の呪いをかけたのは、邪心ティネルの使徒サイモン・トルメントゥス司教。
そしてキキに呪いをかけたのは司教の弟子であるノアールでした。