483 なぜか手合わせ
あとでレジさんから聞いたが、案の定、護衛仲間の反応はすごかったようだ。
セイさんもアンネさんも、感極まって泣き出すし、情にあついゴットさんも、巨体を震わせて泣いたらしい。
ロイさんは僕が治したことに感激して、笑いながら泣いていたとのこと。みんな泣いとるやないかい。
失明の事情を知っている副隊長も、涙を浮かべてはここぞとばかりに隊長をバシバシ叩いて良かったなを繰り返し、いつも無表情なミハイルさんは、笑顔をちょっとだが見せたと。
ミハイルさんが笑うのは、本当に希有なことらしく、レジさんはとてもとても貴重な体験だったわ!と言っていた。
その後、隊長は護衛仲間相手に、何度も模擬戦をして、両目を使っての訓練に励んでいるそうだ。
酒量も減ったので、レジさんはそういう意味でも安心したわと言っていた。
隊長自身は、右側は死角が多いとか勘に頼っていたとか言っていたが、実はすでに見えないところを見る「心眼」スキルが開花していたので、両目になったことで隊長はまじで死角なしとなり、ますますものすごくなっているらしい。
「たまには貴方と打ち合いたいって言ってたわ。できれば相手をしてあげてね。」
と、その後の経過を見に行った時、レジさんに言われた。
言われたけどさあ。何度も言うけど、僕は本質的に魔術師ですから。って言ってもダメか。「剣聖を継ぐ者」なんていう称号まであるしなあ。
でも、真面目な話、実力者の隊長との模擬戦は、今後の戦いを考えると極めて有効だろう。数日後にはレジさん一行はヴィルドへ旅立つ。
明日には、こちらから頭を下げて、模擬戦のお願いに行かねば。
僕は魔塔の自室で、隣で眠ったふりをしているシンハをブラッシングしてあげながら、そんな事を重く考えていた。
「準備はいいか。」
「よろしくお願いします!」
明日にはレジさんたちがヴィルドへ旅立つという日、ようやくお互いの時間がとれて、僕はヴィラード隊長と模擬戦を行うこととなった。
隊長は愛用の剣で。僕も愛用の魔剣だが、もちろん魔力は纏わせない。だから「すごく頑丈な」だけの剣のはずだ。たぶん…。
今日は護衛仲間にテオとミケーネも合流していた。
シルルとスーリアも見学している。
「立ち会いはアタシがするわ。真剣なので寸止め必須よ。」
とレジさん。
「それから、サキ君からの申し入れで、この模擬戦では肉体強化・武器強化、および剣術スキル以外の魔法は、禁止とします。
どちらかが参ったと言うか、アタシが続行不能と判断したときに、勝負がつきます。良いわね。
お互い怪我をしないように。では。始め!」
始まった途端、隊長の纏う空気が変わった。
だが、距離を詰めないことには、勝負がつかない。
僕は無謀を覚悟で突っ込んでいった。
「でやあ!」
「おぉ。いい気迫だ。」
カキン!
さらりとかわそうとしながら隊長がにやり。
だが僕はそのまま受け流されぬよう、剣の角度を急に変え、そのまま前へと剣を突き出す。刃先は隊長の喉元へ。
「む!」
カキン!
隊長が慌てて剣を弾く。
さすがに僕を侮りすぎでは?
「素人ではないとは思っていたが。お前、魔術師じゃなかったのか?」
「冒険者たるもの、奥の手はいくつも隠しておくものですよ。」
と言いつつ、力でねじ伏せんとする隊長の剣をきっちり受けてかつ力で跳ね返す。
「ふっ。どうやら遠慮はいらんようだな。」
隊長のスイッチが入った。
「望むところ!」
それからはキン!カキン!カカカキン!
と剣と剣が交わる音ばかり。
僕は次第に速度を上げる。
だがすべてを受け流し、あるいは真っ向受けてはじき返してくる隊長。
凄い!
僕は素直に興奮した。
この剣捌き!ジオのダンジョンのデュラハン師匠なみじゃないか!?
護衛仲間たちやテオさんたちが周囲で見守っていたけれど、たぶん唖然としているのだろう。誰も何も言わない。
いや、僕と隊長がお互い「ゾーンに入って」いて、周囲の音が聞こえていないのかもしれない。
彼の剣筋から、己の剣への自負と、絶対に守るべきを守るという意思が見え隠れする。
隊長の剣は僕とは違う流派だが、冒険者らしい荒々しさがある。
なんでもありの冒険者の流儀で、剣を交えながら隙があれば蹴りとか足への攻撃も混ぜてくるのは、騎士流ではないことの証拠。
魔獣を相手に、強くなった証拠だ。
僕のウル流も、冒険者向きではある。蹴りやぶん殴るもアリの流儀だ。
凄まじいスピードと剣戟。
だが「その時」は来た。
カキィン!!
鋭い音がして、隊長の剣が真っ二つに折れてしまったのだ。
その隙にさっと剣の切っ先を隊長の喉元へ。
「!」
「やめ!勝者はサキくん!」
とレジさんの声。
「ちっ。」
と隊長が舌打ちする。
実は、これは長引くと思った僕は、隊長の剣の同じ所をめがけて何度も刃を合わせたので、ついに剣が悲鳴をあげて折れたというわけだ。
他の護衛達は何も言わない。
やはり僕達の戦いに圧倒されて、皆、唖然としてしまったようだ。
「す、すげえな!」
とようやく言ったのは、副隊長。
「速すぎるぜ!」
その声に、ようやく他のメンバーが我に帰る。
「凄かったあ。」
「マジで圧倒されたー。」
ぱちぱちと拍手をくれた。
シルルも拍手し、スーリアもうれしそうにきゅぴいとないた。
ミケーネは、誇らしげにきゅいきゅい!!と言いながら羽ばたきをした。どうやら僕を褒めてくれたようだ。ありがとね。
「あー。剣折れちゃったねえ。」
「隊長の剣って、たしかドラゴンの牙から作ったんじゃなかったっけ?」
なぬ!?
もしかしてセレンシアダンジョン踏破の時のボス龍か!?
やばいなあ。
じゃあ逸品モノじゃん!
僕に修理、できるかなあ…。
明日から護衛なのに…。まずいよね。
「えと。折ったの、僕にも責任あるんで。僕に修理させてください!」
「いや、気にするな。俺の未熟が原因だ。明日には出発だしな。護衛は予備の剣でなんとかする。」
と隊長。
「でも、ダメモトで預けて貰えませんか?」
「しかし…。」
「単純に繋いだりはしません。龍の素材を加えて、魔法も駆使して重ねて打ち延ばせば、たぶんイケルと思うんです。」
隊長の懸念に僕は折れた剣を見ながら答えた。
「ちょっと待って。サキくん、龍の素材、持っているの?」
とレジさんが鋭く突っ込んできたので、
「あー。剣一振り分の修理用くらいなら。」
と濁した。
龍の素材、実はそれなりあるけどね。
黒龍だけでなく、水龍と地龍も狩ったからね。
でも、折れた剣は火龍の牙を使っているようだから、黒龍の歯一本分くらいを粉にして足すといいだろう。隊長もたしか火と風魔法使いのようだし。




