480 武勇伝と診察
「文字通り死闘だった。…もうひとつのパーティーには、古い知り合いもいたんだが、俺をかばったせいで、奴は石になり、しかも頭を破壊された。そうなると、エリクサーでも蘇らせることはできない…。
結局、もう一つのパーティーは全滅。生き残った護衛は、俺とトマソ、ミハイルだけだった…。だが、なんとかマンティコアを斬り伏せた。
俺が奴の生死を確かめようとしたその時だ。死んだと思ったあいつが、急に起き上がって、俺の目に奴の爪が届いちまった。
首を斬り飛ばして、ようやく奴を今度こそ仕留めたが、おれの目はダメになっていた。」
「…。では、マンティコアの爪、が直接の原因なんですね。」
「そうだ。すぐにレジが、持っていたエリクサーを使ってくれた。俺の場合は、エリクサーで目の周囲の傷はかなり治ったが、それでも跡は残った。目は全然見えるようにはならなかった。それ以来、今でも、目の奥がうずく。
レジは死んだ護衛たちにも高価なエリクサーを使ってくれたが、誰も蘇生しなかった。頭部が無事な奴でもだ。
マンティコアにやられると、エリクサーは効かない、と言われていたが、その通りだった…。」
マンティコアの攻撃には呪いが入っているからだろうな。
「俺の目については、その後もレジがいろいろ手を尽くしてくれて、医者にも教会の高名な治癒術師にも診せた。だが、治らなかった。」
「治療を受けた時、一時的に治った事はありますか?」
「そうだな…。エリクサーや治癒魔法で少しの間はうずきが消えるし、光を感じたこともある。だがよくて数分だ。マンティコアから受けた傷は、おそらく呪いだから、治らないだろうと言われたこともある。
俺もとうにあきらめて、右側の死角をカバーする訓練に専念したよ。剣を振っていれば、痛みも忘れていられるからな。」
「お酒を飲むと、楽になったのですか?」
「ああ。普通は逆だろうと言われるが、俺の場合は楽になった。だから、戦闘に支障がでない程度に飲んでいた。」
だからいつもお酒を飲んでいるイメージなんだ。
「今も痛いですか?」
「ああ。痛いというか、常に重苦しい感じ、だな。そして時折、奥がちりっと痛む。天気が良くないときは特に。」
「…」
「それが戦闘の最中だと、かなりやばい。レジに言ったことはないが、実はそういう事も何度かあった…。大抵はもうすぐ勝てる、なんてちょっと心に余裕が出来たときに起こりやすい。
だから、ちりっと感じたら、逆に冷静になり、なるべく最短で確実に相手を屠るようになった。」
「…」
「…それから、何も見えていないはずなのに、黒い魔石みたいな、嫌な点が見える気がすることもある。そういう時は、何か周囲で良くないことが起きていることが多い。気のせいかもしれんが。」
「なるほど…。邪悪な気配が、目の奥で反応するのかもしれないですね…。」
と僕がつぶやいた。
「信じてくれるのか?」
「?もちろん信じますよ。どうしてです?」
「いや、あまりに荒唐無稽なことだから。医者にも「まさか」と苦笑されただけで終わった。」
「んー。邪悪なるものは、黒い靄を纏っているものなのです。それに対して、隊長の目の呪いが反応するのは、あってもおかしくないと、僕は思います。」
「そうなのか…。」
しかし、よくそんな呪いを抱えたままで、15年も無事でいられたものだな。
呪いに食われてしまったり、絶え間ない痛みに発狂したりしてもおかしくないのに。
「目以外に体の不調は、ありますか?」
「まあ、この歳だからな。多少若い頃よりは動きが鈍くなったと感じることはあるが…。呪いのせいだと思うほどの不調は、特にないな。」
それから僕は脈診したり、魔力の流れをチェックしたりした。
確かに、目以外に特に不調は感じられない。肝臓も大丈夫。
脈も魔力の流れも、目以外は正常だった。
というか、目から悪しき靄が周囲に広がらないよう、魔力が目の周囲を包み、自己防衛しているようだった。
「確かに、目以外には異常は感じられませんね。」
「そうか。」
「これまでよく呪いに耐えてきましたね。凄いことです。」
「そうなのか?そんなふうに言ってくれたのは、レジ以外では初めてだ。」
「…。」
「俺の近くに、あの底抜けに明るいレジが居たから、ここまで生きてこれたんだと思う。」
「いいひとに、巡り会いましたね。」
「ああ。あいつには、感謝している。」
「じゃあ、なにがなんでも、治さないと、ですね。」
「ああ。よろしく頼む。」
「はい。努力します。」
それから、僕は指を動かして、目で指を追えるかを片目ずつ診察。
案の定、右目は光彩部分まで灰色がかっていて、指を動かしても動かなかった。
それから、右目に手をあて、さらに「鑑定」による診察。
やはり、完全に機能が失われている。光もまったく感じないというのも頷ける。
かろうじて眼球に血が通っているので、存在しているだけだ。
そして、奥には隊長自身が感じている、呪いらしい穢れというか、黒い濃い靄が感じられた。
それもかなりしぶとそうな靄だ。隊長が言ったように、僕には黒い魔石のような塊に思えた。
確かにこれでは、「ふつうのエクストラヒール」では無理だろう。
僕はシルルに助手をしてもらいながら、まず聖水で彼の目を慎重に洗った。
最初は目を閉じてもらい、まぶたに聖水を注ぐ。
「痛くないですか?」
「大丈夫だ。」
次に、眼球に聖水を垂らす。すると
「うっ!」
と隊長は痛がった。
奥の呪いが、聖水を拒絶したようだ。
僕は無言で手をあて、カームをかけた。
すると、
「痛みが。おさまった。」
といった。
シンハがまだら蛇の毒で失明した時、僕は焦って急激に僕の魔力をシンハの目に入れた。その時、シンハは痛がった。
今度はなるべくゆっくり魔法を注入したい。
僕は閉じた右目に世界樹の葉っぱをあてた。
これも痛くないようだ。




