479 ヴィラード隊長の右目
レビエント枢機卿あての手紙は、ライム商会内からテレポート魔法陣でその日のうちに送った。
今頃は、さすがに眠れぬ夜を過ごしているだろう…。すみませんね。
あとのことは、侯爵様やレビエント枢機卿にお任せしよう。
きっと有能なローハン・アウグスタ枢機卿が、大活躍してくれると信じて。
その晩は、結局レジさんのお屋敷にお泊まりさせてもらった。
師匠には一応覚えたての魔法で、レビさん宅にお泊まりする旨、手紙を鶴にして飛ばした。
僕達だけで美味しいものを食べてすみませんね。
行かないと言った師匠が悪いんですからね。
「ふあーあ。そろそろお風呂入ろうか。」
レジさんのお屋敷で一泊させてもらうことになった僕達は、入浴して寝ようと準備を始めた。
その時、
コンコン、とノックの音。
?レジさんかな?
透視をすると、ヴィラード隊長だった。
珍しいなあと思いながら、扉を開ける。
「はい?」
「ちょっといいか。」
「はい。」
中にシルルたちが居ることを知っているからか、一緒に来い、と目配せされた。
「シルルー、スーリアと先にお風呂入っててー。」
「はーい。」
きゃう、とスーリアの声。
シンハはタタタと走ってくると、隊長が見えない死角から、僕の魔力に入った。
どうしたんだろ。
そういえば、今日の夕食時にも、ほとんど何も言わず、酒を飲んでいた。
いつも無口なほうだから、あまり気にしなかったが。
レジさんや僕の問いかけには答えていたから、ごく普通に思ったんだけど。
僕達のための客間から少し離れたバルコニーで、隊長は僕を振り返り、言った。
「俺の目、本当に治せるのか?」
「!」
やはりそのことか。
「詳しく診察しないといけませんが、治る見込みはあります。」
「古傷でもか?」
古い傷は、エリクサーでも治らないといわれているからだ。
「はい。」
「呪いがあってもか。」
呪い…。やはりな。
レジさんのことだ。無理にでもエリクサーを飲ませたり、治癒術師に診せたりしたんだろう。それでも治っていないのだから、呪いが入った傷なのだろうな。
「はい。程度にもよるとは思いますが。今のところ、治せなかったことはありません。」
「…。」
隊長は、らしくないため息をついた。
「お前に言われて、はっとした。俺はまた驕っていたようだ。全力で努力もせず、あいつの護衛隊長は俺しかいないとか、あいつを絶対護るとか、ガキのようなことを考えている。いくつになっても、俺は進歩がねえな。」
「…。」
「レジはああいう性格だから、脳天気にみえるが、周囲には敵が多い。あいつを蹴落とそうとする商人や、足を引っ張ったり、毛嫌いしたりする貴族なんかもいる。
旅に出れば魔獣だけじゃなく、この間のように、盗賊や刺客に襲われることもある。
俺が強けりゃ大丈夫とも言い切れない。力づくならなんとかなるが、政治や陰謀となると、俺は無力に近いからな。」
「…」
「なのに。肝心の力わざの部分で、短所を露呈し続けては、護れるものも護りきれなくなる。
俺もいつまでも若い訳でもないから、今後ますます不利になるだろう。」
「…」
「お前のいう通り、この目のせいで右側は死角が多い。それをカバーする訓練をしてはきたつもりだが、どうしても勘に頼らざるを得ない場合もある。特に、一人で複数の手練れに対応しなきゃならん時、この目はかなり不利なのは事実だ。」
「…」
「サキ。頼む。俺の右目を、また見えるように治してくれないか?俺は、レジをこれからも護りたいんだ。」
「決心がついたんですね。」
「ああ。」
「わかりました。僕も全力を尽くします。明日、朝食後に僕の部屋に来てください。」
「わかった。相応の礼はする。ありがとう。」
そうして、僕と隊長は握手をして別れた。
隊長が去ると、シンハが顕現した。
『あいつも決心がついたようだな。』
「うん。レジさん、愛されてるねえ。」
『ふふ。そうだな。』
翌朝。
朝食はレジさんと隊長と、僕達で、いつもとあまり変わらなかった。
レジさんは明るく話題を提供し、僕はそれに答え、隊長がちゃちゃを入れる。
そんな感じだ。
レジさんが隊長の目のことを話題にしないから、隊長はまだレジさんにはまだ言っていないようだ。
隊長本人は、昨夜僕に依頼したことで、吹っ切れたのだろう。
なんとなく昨日までとは隊長の雰囲気が違っていた。
内心は不安かもしれないが、表面上は静かだけど明るかった。
ごちそうさまのあと、僕達は部屋に引き上げ、隊長を待った。
スーリアは御飯のあとはいつも眠くなるので、魔力に入れた。
シルルは聖水の準備などを手伝ってくれた。
コンコン。とノックの音。隊長だ。
「どうぞ。」
僕は扉を開け、隊長を招き入れた。
窓にはカーテンをして、少し暗めにしてある。
「こちらへお座りください。」
窓近くに置いた椅子に隊長が座る。
「じゃあ、まず問診と診察しますね。」
「お、おう。」
緊張してるな。
「負傷したいきさつを、少し詳しく教えてください。治療に有効な手がかりにもなると思いますので。」
「わかった。」
「負傷したのはいつですか?」
僕はカルテを作りながら、話を促す。
「15年ほど前のことだ。…えっと。少し長くなるかもしれんが、いいか。」
「はい。どうぞ。」
「うん。…15年前…。その頃はまだレジの専属ではなく、俺はソロで動くことが多かった。トマソやミハイルとパーティーを組むこともあったな。ほかの、今の護衛仲間とは顔見知りだったりなかったり、という頃だ。
俺はすでにレジの護衛は指名で受けていた。金払いがいいし、あの性格だ。旅はいつも楽しかった。
以前も言ったが、セレンシアダンジョンで、45階層にソロで到達しSになった。ほどなく、俺とトマソ、ミハイルは、別のパーティーとともに、レジの護衛で帝国の北方、中立地帯にある亜人たちの集落へ向かった。
当時ヴィルドからの交易路は、一部の商人には開かれていたから、国境の橋を渡り、はじまりの森をかすめながら進んだ。行きは順調だったが、帰り道、俺たちは不運にもマンティコアに遭遇しちまった。」
「!」




