478 レジさんにもご報告
それから今後のことについていくつか話し合い、ようやく師匠と僕は侯爵邸を辞することになった。
僕らを魔塔に送るため、馬車を準備してくださっている間に、侯爵が師匠に言った。
「今後、なにかあれば是非我が家を頼って貰いたい。それは魔塔も同じだ。魔塔長にもそう一筆書いて送っておこう。」
「ありがとうございます。ただしそれは、私の意思に反しない限り、とお付けください。今の魔塔長はマトモですが、交代するとどうなるか解りませんから。」
「はっはっは!確かに!」
と豪快に笑った。
「サキ殿もだぞ。王都には今回、初めて来たと聞いた。師匠に言えないような相談も、気軽に言いなさい。」
「ありがとうございます。」
「師匠の俺に言えないことがあるのか?」
「そりゃもう。山ほど。」
「ちっ。」
「はっはっは!」
晴れやかな天気のもと、僕と師匠はドリーセット侯爵や夫人、令嬢、キキさんと別れの挨拶をして、侯爵が準備してくれた馬車で侯爵邸を後にした。
『お前を婿に、と言い出さずに良かったな。令嬢は相当お前を気に入っていたようだったしな。』
とシンハが念話で話しかけてきた。
「(え、そうかな。そんなこと、ないでしょ。)」
『まったく。あの熱の籠もったまなざしに気づかぬとは。その鈍感は才能かも知れんが、ハニートラップには気をつけろよ。俺が傍に居れば、まあ大抵は防いでやれるがな。』
「(ありがと。頼りにしてます。)」
『まったく。脳天気な。』
シンハにぶつぶつと文句を言われながら、馬車で魔塔への道を帰る。
「あ、師匠。ライム商会に寄ってレジさんに報告しないと。」
「…俺は行かないぞ。お前一人で行ってこい。」
「わかりました。シンハと僕で行きますよ。じゃあ、僕はこのあたりで降ります。シンハ、行こ。」
師匠と一旦別れ、僕とシンハはライム商会へ。
事件が解決したと聞けば、レジさんの喜びようは、まあ、予想がつくしな。
そう毛嫌いしないであげて欲しいけどね。
レジさんはライム商会に居た。
とりあえず令嬢たちの病は治ったと伝えると、
「まあ!良かったわあ!さすがウォルちゃんとサキ君ね!」
ふふ。師匠は、この「ウォルちゃん」呼びが嫌なのだろうな。
だが、事のいきさつをレジさんに結界魔法内で話すと、さすがに眉をひそめた。
「そんなことになっていたのね。よく108もの陣を解呪したわね。それとなあに?その枢機卿!寄生獣に取り付かれるなんて、教会としてもかなり不味いんじゃないの?」
「おそらく。あとのことはドリーセット侯爵にお任せしました。レビエント枢機卿には、今回のあらましを、家名を伏せた上で僕から連絡することを、侯爵様には承知していただきました。」
教会の有力者が、しかも聖魔法が使える者が寄生獣に侵されたこと、そして黒魔術に関与したことは、教会としてかなり大きな事件のはずだからだ。
僕からは家名は伏せるが、いずれレビエント枢機卿にはすべての情報が行くとは思うけどね。
「そうね。私も一筆添えるわ。すぐに出す?」
「できれば。」
「わかったわ。」
近距離ならロビンとかハピとかを使い、相手の様子も見て来てもらったり、返事を貰ってきたりできるが、今回はヴィルド宛なので、手紙だけをテレポートさせてみることにした。
ハピたちをテレポートさせることもできるとは思うが、せっかくだから覚えたての、手紙を魔法生物に変身させて送る、というのも同時に試してみたいからだ。
僕が事の顛末を、約束通り侯爵の名は伏せて簡単に書き、王都教会の有力者であるレイモンド・ナゼル枢機卿が、希有な寄生獣エルゴスに侵され、無残な最期を遂げたことを中心に伝えることにした。
レジさんが言うには、
「枢機卿は教皇になれる地位。枢機卿はたしか大陸全土で10名ちょっとしかいないの。その中から教皇を選ぶのよ。それも枢機卿どおしで話し合って決めるそうだけど…。どうしても派閥争いになるわ。
少し前までは、レビエント枢機卿が本命と言われていたんだけど、本人が辞退してしまって。一介の司祭になりたいと言い出して、大変だったの。
でも、教皇と聖女様に世界樹のご神託があって、レビエント枢機卿は、枢機卿のままでヴィルドに行くことに落ち着いたわけ。」
「そ、そうなんですね。」
んんー。なんとなくどこかで聞いた気がする。以前は、ふうん、と聞いていたけど、今聞くと、それは僕がヴィルドに行った事と無関係とは言えない気がする。
なにしろ、ジュノ兄さんの僕への過保護は、相当だからな…。
「でもレビエント枢機卿自身は辞退したけれど、今でも「レビ派」はそれなりの力を持っているわ。ヴィルド教会での不祥事があった訳だけど、それは「レビ派」の力を削ぐことにはあまりならなかったと聞くわ。
なにしろ教会本部に居るローハン・アウグスタ枢機卿は、レビエント枢機卿の愛弟子で、今はレビ派の筆頭よ。人品卑しからぬ御仁で、民衆だけでなく、複数の国王たちや教会内部でも、絶大な人気があるそうよ。今は最も次期教皇に近いと言われている一人なの。」
ほう。なるほど。世界樹様の使徒だもんな。
「そして、その対抗馬が、ナゼル枢機卿だったのよ。」
「うわ。そうなんですね!」
「ええ。これは教会が荒れるわねえ。一大事よ。」
うわあ。斃しちゃったけど、不味かったかなあ。いやいや、もうすでに寄生獣に侵されたあとだし。アンデッドだったし。成敗は仕方ないよね。
「レビエント枢機卿に連絡を取りたいと、侯爵様に言ったのよね?それがすんなり通ったのも、そういう事情からだと思うわ。とにかく、すぐにお知らせしないと。」
「はい。手紙ができ次第、すぐに届けます。」
「あーでも、最低10日は掛かるわねえ。」
「大丈夫です。とある方法で、明日には届くかと。」
本当は送れば一瞬だけど。ちょっとごまかした。
「んん!?なんですって!?」
「秘密にしてくださいね。魔力をものすごーく使いますが、ある魔法陣を使います。今回は緊急事態なので。特別です。」
「…。それって瞬間移動とか?」
「さあどうでしょう。回答拒否ですね。」
「ふう。まあいいわ。貴方がとんでもないことは、もういろいろわかったから。」
「口外厳禁ですよ。」
「承知したわ。」
結局、僕とシンハはそのままレジさんの屋敷に連れて行かれ、魔塔でお留守番していたシルルとスーリアも召喚しちゃって、豪華な夕食をご馳走になった。
シルルがシルキーであることは、すでにレジさんと隊長に話しているので問題なし。




