465 師匠と考察 2
「数百年という長きにわたり、人間族では間違った呪文が横行してきた。それで使えているからなおさらタチが悪い。
どうしてもエルフの国…カイエルン王国…のほうが、研究では一歩進んでいる感じだった。それでも、最近はようやく、この格差が是正されつつある。特にこの国ではな。」
「そうだったのですね。」
「うむ…。森とヴィルドでしか暮らしてこなかったお前には、この国の魔術師事情などわかるはずがなかったか。質問して悪かったな。」
「いいえ。勉強になりました。」
「ということで…最初に戻るぞ。このいびつな魔法陣だが、俺は帝国産と見た。」
「!」
また帝国…悪いことは皆帝国が絡んでいるな。
「質問です。なぜですか?帝国は、黒魔術が盛んなのですか?」
「此処よりは、研究も実践もしやすいだろうな。」
と師匠。
「大陸のどの国でも、表向き黒魔術は禁止だ。帝国も同様だ。
だが実際は、戦争が好きな国ほど、こういう誰かを呪詛する事は発展するものだ。
この国には俺やギルド総長のアルシュとかがいる。堂々と黒魔術を研究したり実践したりすることはできにくい。エルフの国カイエルンも、もちろん教会も、黒魔術は禁止している。
だが、帝国は、戦争に勝てるとなったら、必ず贄を必要とする黒魔術でも、平気で取り入れそうだからな。」
「たしかに。奴隷も多いと聞いていますし。」
「その通り。軍事大国ゆえ、闇も濃いということだ。」
「…。僕のささやかな見立てでは、ドリーセット侯爵は軍務大臣ですので、なおさら帝国がらみというのは頷けます。検証は必要ですが。」
「そうだな。…というわけで、この黒魔術は、それなり古くからある108陣の魔術で、相当に古代魔術に見識ある者が構築した。そして、今回実践したのは、帝国の黒魔術師か、そういう者から指導を受けた者の仕業、さらに、そいつは黒魔術師として、かなりの手練れ。魔力も多い。
もしかしたら、呪文が間違っているのを知った上で、わざといびつなままで回し、黒い靄の発生を助長した可能性すらある、というのが俺の結論だ。まだ仮説段階だがな。」
僕はそれをメモする。
「相手は高位魔族かレイスのような高位アンデッドかもしれん。さらに…おそらくこの陣の実践に関わった弟子や助手たちとかは、すでに複数死んでいるだろうな。陣を組む過程で、生け贄にされたと見るのが妥当だ。」
確かに。これまで誰にも言わなかったが、ドリーセット侯爵令嬢とキキの周囲の黒い靄の中に、恨めしげな魔術師たちの霊がちらちらと見え隠れしていた…。
「二人の患者の魔法陣で、師匠も見えましたか?僕にはそういう霊がちらほら見えました。魔獣も贄にされています。マンティコアもいました。」
「ああ。俺にも見えた。醜悪な魔法陣だ。患者二人はよく生きている。」
「世界樹の葉でなんとかしのいでいます。早く解決しましょう。」
「そうだな。」
結局、解呪のためには、陣を一つずつ浄化して解いていくほかないと結論がでた。
ただし容易ではない。解呪を妨害する魔法も当然組み込まれていたからだ。
ヘタに解呪を試みようものなら、患者が死ぬようにセットされている。そこは初見でも気がついていた。だからあの時、僕は無理矢理浄化することをしなかったのだ。本当に、そうしなくて良かったとあらためて思った。
これに比べたら、ラルド領の騎士達の陣は単純なものだった。108なんて数の複合体でもなかったし。あれは魔獣にやられた呪いの傷だったから。
今回のは呪いのレベルが違いすぎる。
それぞれの陣の解呪方法についてだが、さすが元王宮付の魔術師長。そして世界樹様の「御使い」。呪い解呪には詳しかった。
5つも解ければ、あとはほぼ法則的に同様で、僕もサクサクと解呪方法を提案し、実際それで解呪できた。それはちょっと複雑なパズルを解いているようなものだった。
リンゴーン。
どこかで鐘の音が鳴り、ああ、もう夜だと知った。
シンハはとっくに僕の魔力に溶けていて、半分寝ていたようだ。
『食事の時間だ。』
と言って、顕現した。
師匠がそれに気づいて、
「…フェンリルを魔力に溶かす、か。まったく。俺の前では構わんが、ほかでは「出し入れ」に気をつけろよ。」
「はーい。」
「シンハ、お前もだぞ。」
『ばう。』
ほう。シンハが他人に返事をした。珍しい。
シルルとスーリアも出して、師匠と食堂へ向かうことに。
部屋を出る前に、結界をしたうえで思い切って尋ねた。
「ところで師匠。ひとつお尋ねしておきたいことが。ちょっと立ち入った話で恐縮ですが。」
「なんだ?」
「師匠は魔族のハーフですよね。「あの方」がなぜそう設定したのでしょう?」
「あー、それか…。」
がりがりとまた頭をかく。汚いしハゲますよ、オジサン。
「俺がそう希望したんだ。」
「!」
師匠はそのまま平気で廊下に出て話を続ける。結界はしたままだけど。
「ジュノは俺に、使徒にするけど、人族はどうかと言ったんだ。でもいろいろ種族を聞くと、魔力が大きいのは、普通はエルフか魔族だという。だがエルフはもう使徒がいたし、魔族の使徒は、今はいないっていうからな。じゃあそれでってなったんだ。だが人族でないと、大陸中自由に行き来できないだろうということで、魔族と人間族のハーフにしてもらった。
苦労するかもと言われたが、それは承知の上。とにかく、俺は魔力の大きな魔術師になりたかった。もちろん、あいつの使徒だから、魔族の苦手な聖魔法も、最初から使えたぞ。というか、生まれてすぐくらいから、すべての属性は使えたけどな。」
なるほど。




