464 師匠と考察
「…元同僚を悪く言いたくないが、はっきり言って、能力値はどれも低かったな。魔術師としても、人に教える者としても。
中年になってから、どこかの偉い貴族のコネで入ってきたのだ。それでも一応、試験には合格して教授になったのだが…。
その時、提出された研究論文も、今思うと、はたして本人のものだったかどうか…。そんな感じだから、主に基礎を教える幼年クラスを担当していたな。
数年でやめて出ていった。何処に行ったかは知らん。そいつがどうした?」
「…。僕の杞憂だと良いのですが…。そのオートマタたちの体の一部…心臓と心臓を守っていた部分を、持ち去ったかもしれません。」
「なんだと!?」
「心臓はミスリルで、心臓カバーはちょっと特殊な金属製だったのですが、研究のために7体分持ちだして、1つも戻ってこなかったそうです。ウノさんには、どれも研究の途中で失敗して壊れた、と言ったそうで。」
「むむ…。」
「本当に彼女らを直そうとして、実験で壊れたのか、僕が今さっき言ったように、盗んだのかについては、本人に聞かないとわからないことですけどね。」
「むう…。」
「とにかく、ウノさんには、少し時間をくださいと言ってきました。彼女にヒールしておいたので、少しはもつと思いますが。もちろん、師匠も彼女たちの修理に、協力してくれますよね。」
「う。」
「まさか、事情を知ったのに、放置、とか、知らない振り、とかはしませんよね、師匠。」
「最初から俺をアテにしてたな。てめえ。」
「師匠、優しいから。まさかウノさんを悲しませたり、がっかりさせたりしないですものね!」
「わかった、わかった。ったくもう…。司書たちの件は、俺から魔塔長にも言っておく。クラークのこともな。」
「よろしくお願いします!」
一応これで、ウノさんたちの状況改善に、師匠を巻き込む事に成功した。えへへ。
「さてと。では呪いの件に戻るぞ。」
「はい!」
それから僕と師匠は、師匠の研究室で、108の陣を頑丈なバリアの中で展開し、ドリーセット侯爵令嬢らと同じ状況を作り出した。
同じと言っても、生け贄は捧げていない。
師匠の持っていた、かつて討伐された「魔獣の血」を捧げて魔法陣を再生し、似た状況を作ったのだ。
「…で、これから解呪を考える訳だが。その前に。
俺もお前も、陣探しで108の内容を理解した。そうだな。」
「あ、はい。」
そうか。僕にも理解させるために、二度手間になるが魔法陣を探させたのだなと理解した。
「呪文の間違いもあった。その部分がゆがんでいる。そのため、きれいな円にならず、ばちばちと余計に靄を発生させている。」
「確かに。」
「このことから何が予想される?我が弟子よ。」
「えーと…。目的の陣が載っていた本は、どれも相当古いものでした。ですから、各陣そのものは、古い時代からあるものです。ですが、108の陣を組み合わせたものが載っている本はなかった。あるのかもしれないが、おそらくこの国にそういった本はない。」
「うむ。それから?」
「仮にそういう魔術書があったとして、では実際にこれら魔法陣を組んだ者についてですが、あまり古代魔法に精通している者ではないと思います。
「犯人」が手にした黒魔術書は、おそらく写本で、呪文の間違いもあったが、気づかずそのまま行使した。ただし、魔法陣を発動させたのですから、それなりに魔力があって、黒魔法が使える者です。」
「うーん。半分正解、半分異議あり、というところかな。」
「?」
「俺もお前も「あの方」の関係者だ。いただいた言語能力で正しく呪文を読めるし編める。古代語であってもな。
だが、今の魔塔の教授たちでさえ、全員が、それができるわけではないのだ。」
そうか。コーネリア様も言っていた。魔塔の者だからといって、あの図書室の本を読めるものではないと。
「そうなのですね。質問。」
「なんだ?」
「師匠は正しく読めるのですよね。そういう教則本も書いておられる。」
師匠の研究論文や著書については、ちゃんと下しらべしてきたもんね。
「こほん。まあな。」
「魔塔ではそれを教えたりしないのですか?」
「している。本気で知りたいヤツにはな。若い頃は、正しい魔法語を広めようと努力した。だが、いろいろと妨害にあってな。」
「!」
「偉い貴族がヘタに後ろについているヤツとか、ろくに読めもしないくせに偉くなっちまったヤツとかいると、いろいろ面倒なんだよ。」
「ああ、なるほど。」
「それに…「あの方」からも、ほどほどにと止められてな。」
「なぜです?」
「危険性を帯びる魔法語は、すぐに排除するか正すかしてよいが、急激に変革するのは、無駄に敵を作ることにもなり、危険だと。それに、間違った呪文でも、時にはオリジナルより有益な場合もある。それはそれで人族の魔術の歴史だから、全否定するなと諭された。不都合なものは、いずれは淘汰されていくはずだから、あまり焦るなと言われたよ。」
「なるほど。」
「それから、人間族は特になのだが、耳が魔法語を理解するのに適していないらしい。エルフは耳が良いから、すぐに聞き取れるんだが。
ちゃんと聞き取れても、同じようには発音できない者も多い。いるだろ?本人は大陸の標準語で話しているつもりでも、生まれ故郷の方言が混ざっている者とか、外国語をいくら教えても、発音が違っている者とか。」
「ああ、なるほど…。」
「なので、本気で呪文学を専攻してくるヤツにはしっかり教えている。だが、成果はいまひとつ、だな。」
頭で理解出来ても、同じように発音できないとか、発音はかろうじてできても、発動に必要な魔力が足りないとか、いろいろあるのだろう。
魔塔でさえ、そんなことになっているのだな。




