462 2冊目の本の眷属
ということで、結界をすべて解き、次はコーネリア様に相談だ。
ここまでの間、コーネリア様はなにも言わず、結界の中で本とやりとりする僕の様子を、辛抱強く見守ってくれていた。
音も遮断しているから、アルス・ノトリアとの会話も聞こえてはいなかった。
かくかくしかじか。
契約してもよいかと相談する。
もちろん、有償でお譲りいただけるかと。
(あ、そう言えば、アルマンダルとは契約したけど、魔塔の蔵書のままだった、と思い出した。まあいいや。アルマンダルのことは、あとで師匠に相談しよう。)
「本と契約か。面白いな。構わぬぞ。契約ができたら、所有権はそなたに無償で譲ろう。」
「え、しかし。」
「いつも破格の協力をしてくれておる其方から、代金など貰えぬわ。昇天させるなり契約するなり、好きにすればよい。」
「ありがとうございます。すみません。いつもわがままを言って。」
「なんの。気にするでない。」
と快く了解をいただいた。
「話は聞いたね。了承をいただいたよ。」
「ありがとうごぜえやす。」
アルス・ノトリアは、コーネリアに深々とお辞儀…はできないが、本を前方に倒して、お辞儀の態度を見せながら言った。
「しゃべる本か。面白いものよの。」
とコーネリア様は上機嫌で言った。
「こほん。ではさっそく契約をしてみます。アルス・ノトリア。もしダメでもちゃんと地脈まで送るからね。」
「うう。ありがとうごぜえやす。」
というわけで、気を取り直して。
「イ・ハロヌ・セクエトー。汝、アルス・ノトリア。魂を清め、慎みを持って、サキ・エル・ユグディオの眷属となるを誓うか。」
「誓います。」
少し強めの契約をしてみた。
隷属に近い。これはアルマンダルのアニキも同じだ。
すると、本がほわわんと光り、黒い靄は消え、もとの本文の文字は、すべて銀色の文字に変わった。ところどころ鈍い色なのは、そこが怪しげな部分。スペルミスとか言い回しがちがうとか。しかもそれらはやがて、すべて正しいスペルや言い回しに変化した!
「うほほー。きもちええわー。」
妙な声出すな。
「なんか、何百年ぶりかで風呂に入った感じ?いや、実際入ったことはねえけどさ。
ほっほーい。サキ様、シンハ様、末永くよろしくお願いいたしまする。」
「急にかしこまっちゃったよ。」
そんな。本に三つ指つかれてお辞儀されても…。
「こほん。じゃあ、アルス、と呼ぶね。これからよろしく。」
「ははー!」
と土下座。
誰?こいつに武士道教えたの。
「まったくサキは…。やはり見ていて飽きないのう。」
玄関まで見送ってくれたコーネリア様に、苦笑された。
「夜分遅くすみませんでした。しかも貴重書までいただいたことになってしまって。」
「いや。気にするな。むしろ禁書庫を清めてもらってありがたい。」
事のついでにお清めをしてきたからね。
「ではこれにて。王都に戻ります。」
「ふふ。軽く言うのじゃな。」
「あは。恐い師匠が待っているので。」
「師匠?」
「はい。あ、僕、魔塔に入りました。ウォルフ・ランゲルス師に弟子入りを許されまして。」
「なに!あの変人ウォルフかえ!?そうか…。まあ、魔術師としては超一流だからのう。ふむ。そうか。ウォルフのう。」
感心半分、驚き半分というところか。
「あいつが弟子を取ったのは、初めてかも知れぬ。」
「え、やはりそうなんですか。」
「うむ。なに、其方なら大丈夫であろ。しっかり頑張るのじゃぞ。」
「はい。」
「ふう。せっかくはるばる遠くから来たのじゃ。本当は食事でもと言いたいところだが…。この時間ではな。それに、恐い師匠が待っておるなら仕方ないな。」
「すみません…。」
ほんと、こんな時間に来る僕が良くない。
「ところで、王都にはいつ頃来られる予定ですか?」
「うむ。早ければそなたの王宮でのSクラス授与式。さもなくば、アラクネ布の件で秋のはじめのどちらかじゃの。」
あ、忘れてた。王宮での授与式があるんだった。
ただ、今は余所の国から王宮に使節が来ているとかで、王様たちは忙しい。王宮での授与式は日付未定とギルドから言われている。
そして夏は、王族も含め貴族は避暑の季節で、王都を留守にしがちなのだ。
「ではいずれ数ヶ月以内に、王都でお会いできますね。」
「うむ!その時は少しわらわと会えるよう時間を作ってたも。」
「もちろんです!楽しみにしております!」
なんか、デートの約束みたいで、ちょっとワクワクする。
コーネリア様もまんざらではないようで、珍しく少女のようにはにかんだ。
なんとなく、雰囲気がいい感じだけど、ほんと、もう帰らないと。
「では。そろそろ王都に戻ります。向こうでお会いできるのを楽しみに待っております。」
「うむ!」
「あ、おみやげとアルスの件の御礼、執務室に置いておきました。どちらも「楽しんで」くださいね。それでは!」
そう言って、僕は玄関を出ると、そこからささっとテレポートで王都近郊まで戻った。
ちなみに執務室に置いてきた「おみやげ」というのは、ワイバーンのエキスを3本ほど。そして御礼は、森産のピンクと透明のダイヤで作ったネックレスです。てへ。
遊びで作ったんだけど、豪華すぎて誰に贈ろうか迷ってたんだよね。
というか、3女王の誰かか、もしくはコーネリア様しか考えられないんだけどさ。
ユリアでは豪華すぎると絶対拒否されるシロモノだろうし。
コーネリア様なら、きっと身につける機会も多いだろう。あれなら何処に身につけていっても、辺境伯として遜色ないものだ。うん。
ネックレスはベルベット貼りの立派な箱に入れ、僕達が行くといつも通される執務室兼応接室に、エキス瓶とともにテレポートさせておきました。
「まったく。サキは。わらわに一言の感謝の言葉も言わせぬままに、テレポートしてしまった…。まるでつむじ風のようじゃの。」
コーネリアの独り言を、心地良い夜風が彼方へ運んでいった。
「ふわあーあ。師匠には手紙で3つの陣ゲットを知らせておこう。とにかく眠いや。部屋に帰って寝よう。」
『そうだな。もう俺も今は何も言いたくない。だが起きたらいろいろと説教だ。覚悟しろ。』
「えーそんなあ。いろいろって何の件?」
『うるさい。早く帰るぞ。このトウヘンボク。』
「ひどいなあ。ぶつぶつ。」
とにかく皆でテレポートして急ぎ魔塔へ帰った。




