461 アルス・ノトリア
まずは山羊頭をおとなしくさせないと。
「お、俺の意思じゃねえ!そういう仕組みなんだ!」
と魔術書が叫ぶ。
「そうかなあ。先に教えてくれてもいいんじゃないかなあ。」
「お、俺だってできればそうしてやりてえが、そうできないよう、呪詛を受けてるんだ!」
「ほんとかなあ。まあいいや。とにかく、少し山羊頭にはおとなしくしてもらおうかな。」
僕はそう言うと、
「フローズン。」
と唱え、山羊頭を凍り付かせた。
「うへえ!ブルブル。俺まで寒いぞ。」
「手加減はしている。ページをめくらないといけないからな。」
「へっくしょん!」
「我慢しろ。」
僕は平然とページをめくる。
すると、数ページめくったところで、二つの陣を見つけた。
「あ、あった。隣のページもだ。」
案の定、この本には山羊頭を含め、3つの陣が記されていた。
本の途中にあった、その2つの陣はすんなり念写できた。
「しかし、山羊頭のやつはやっかいだな。文字が蠢いている…。これは文字だけ抜き取るか。」
「げっ!やめろ!俺が死ぬ!」
「血文字だけ抜き取るんだから、たぶん大丈夫だよ。」
と言いながら、まず山羊頭の眉間に、
「縛!」
と言って世界樹の小枝を差した。さすがに山羊頭は完全に停止し、蠢いた地文字も動きを止めた。
あとは山羊頭を核にして、糸巻のように文字を巻始める。
「ところでお前、名前はあるのか?」
僕は糸巻作業をしながら尋ねた。
「聞いて驚け。俺様はアルス・ノトリア。昔むかし、賢王といわれしソロモン王がだな」
「ソロモン王?まあいいや。名前はアルス・ノトリアね。」
説明が長くなりそうなので、僕はばっさり遮断した。
「で、どうして呪われた?」
「ナントカいう宗教に狂った魔術師が、自分の血で俺に書き込みをしやがったんだよ!」
「ふうん…。で、その魔術師は?」
「当然死んじまったな。」
なるほど。自分を生け贄にしたんだな。
「なんという宗教?」
「よくわからんが、世界樹を否定する宗教だったぜ。」
おやおや。
「そうか…。ところで、僕の知っているアルス・ノトリアという名の本は、異世界の地球というところの本だけど、14世紀頃…つまりソロモン王が居たとされる時代よりずうーっと後の時代の成立らしいよ。ソロモン王とは無関係だね。」
とアカシックさんからの知識を告げた。
「なんっ!だと!?」
ついでにもうひとつの情報も。
「それに、どうも君はこの世界で書かれた書物のようだね。そうなると、まったくもって地球という異世界のアルス・ノトリアとは無関係。名前が同じというだけだな。ある程度古い時代の、古代魔法を書いた写本、というところかな。3つの陣以外は誤記もあるようだし。」
おそらく昔の転生者が、地球の知識を元に命名した本なのだろうな。
「そ、そんな!…ソロモンとは無関係…写本…誤記もある、だと?そんなはずが…うう。」
すっかりショックを受けて意気消沈しているアルス・ノトリアに、僕は続けて提案する。
「どうする?いっそ滅ぶかい?引導渡してあげるよ。」
「いんどう…うう。か、考えさせてくれ。」
『おや。急におとなしくなったな。』
と、一部始終を僕の傍で見守っていたシンハが言った。
「(出自の怪しさにショックを受けたんだな。)」
血文字の糸巻き(?)をしていると、魔塔の「禁書庫」に置いてきたアルマンダルが念話で声を掛けてきた。
「(おう、アルジ。そっちはどうだい?目的の魔法陣は見つかったかい?)」
「(ああ、うん。ドクロの2冊セットと、アルス・ノトリアと名乗っている鎖付きの本、見つけたよ。)」
「(アルス・ノトリア…。ああ、確かにそんな名前だったかな。やはり辺境伯の図書室にあったか。)」
「(うん。知り合いなの?)」
「(まあな。俺と同じく、昔、とある魔術書好きのエルフの爺さんが、集めていた本のひとつだ。もっとも、そっちの本は俺のことは知らないと思うぜ。爺さんが亡くなる前に、あいつは悪い魔術師に盗まれたしな。)」
「(へえ、そうだったんだ。)」
きっとその魔術師が、アルス・ノトリアを呪いの書にしたんだろう。
「??ダンナ、誰かと念話してます?本とか?」
とアルス・ノトリアが小声で声をかけてきた。
「うん。どうしてわかったの?」
「ウホン。ジャの道はヘビ。相手が本なら、気配でわかるんでさあ。」
ホウ。耳か感受性が高いのか…。
「あのー。つかぬ事をお聞きしますが、もしやアルマンダルという書物に心当たりは…。」
「おや。知っているの?」
「いや、正式にご挨拶したことはないっす。ですがこのカイワイ、狭いんで、有名なんすよ。」
「ふうん。さっきの念話の相手、アルマンダルだよ。眷属にしたんだ。」
「げ!まじっすか!すっげ!…てことは…えーと。あの山羊頭をさらっと捕縛しちゃったり、アルマンダルのアニキを眷属にしちゃう貴方様はどちら様で…。」
「世界樹の関係者とだけ言っておこう。」
「ああ。なるほど…さようで…。」
さてと。
血文字の糸巻は、軽く浄化したうえで、結界を厳重にほどこし、亜空間収納へ。
山羊頭と魔法陣は蠢いていたが、生きているものではないから、すんなり亜空間収納に入った。
僕が血文字をすべて巻き取ると、アルス・ノトリアは、世界樹を讃える祝詞や、清めの儀式などが書かれた本になった。本来の姿にもどったようだ。
だがまだ黒い靄を纏っている。
「血文字が巻き終わった。清めてあげるけど。どうする?成仏する?」
「…。このまま眷属に、なんてできませんよね。」
「なりたいの?眷属。でも、偽書だと耐えられないで滅ぶかもしれないよ。」
「…そうなったら、もう地脈へは戻れない?」
「いや、そんなことはないと思うけど。」
「ではぜひ、アニキと同じく契約を。」
アニキ、ね。アルマンダルのことをよほど尊敬しているのだろう。
「わかった。でもちょっと待って。君は今、ヴィルディアス辺境伯の蔵書なんだ。勝手に契約はできない。」
「そんなあ。」
「頼んでみるから。泣くんじゃ無い。」
「うう。」
『おい、ちょっと待て。お前また変な本と契約するだと!?呪われたりしないのか?』
とシンハからダメだしを喰らった。
「だいじょーぶ。「アルマンダルのアニキ」だって大丈夫だったんだから。」
と僕が言うと、
『まったく!呪われていた眷属をアニキ呼ばわりとは。あげくにこいつもまた眷属にするだと!?俺はどうなっても知らんからな!』
ぷい!とヘソを曲げられた。
するとアルス・ノトリアが
「フェンリルのだんなぁ。俺、あんたの、いや貴方様の子分になりたいっす。」
と言い出した。
『ふん。子分か…。(コホン。)調子良いことを言って。俺やサキに災いをもたらすのではないだろうな!ガウ!』
「ひえ!だ、大丈夫っす。きっとゴシュジンサマが俺を清めてくれるっす!」
『ふむ。まあいいだろう。サキ。徹底的に清めるなら許す。』
「わかった。ありがとう。シンハ。」
ふふ。結局シンハ、自分に「子分」ができるの、まんざらでもないんだな。




