460 鎖の魔導書
「では、開けます。開けたら、またすぐに浄化します。」
僕はそのうちのひとつを、結界ボックスの中でゆっくりと開けながら祈った。
真っ黒な靄に包まれているので、本の表紙もよく見えない。
「イ・ハロヌ・セクエトー。謹んで浄化したまう。ただし記録したる文字や絵は、消えてはならぬ。禍々しき力のみ弱めよ。浄化。」
祈りの最中、ずっと本はガタガタと小刻みに震えてはいたものの、どうにか黒い靄の暴走は抑えられ、やがておとなしくなった。
しかしこの本は、青い表紙で、鎖も巡っていない。どうやら違う本のようだ。
でもせっかくなので、念のため中身を見る。
これは生け贄の血でかかれた、魔女の歴史書だった。
陣もいくつか書いてあったが、写本らしく、呪文が間違っているところが多い。残念ながら該当する魔法陣はなし。
血で書かれ怨念が留まっていたので、石の箱に入れ、ここの禁書室に納められたのだろう。
今はおとなしくなったが、これはできれば本ごと昇天させてあげたい気がした。
書かれた血文字の一つ一つから、怨念と共に、嘆き悲しむ感情が伝わってきたからだ。
本を昇天させてあげたい旨をコーネリア様に伝えると、
「そうか。ではそのようにしよう。滅してくれるか?」
「よろしいのですか?おそらく本も滅びますよ。」
「よい。此処も含め、本のことはわらわに任されている。頼む。」
「わかりました。では完全に浄化します。」
そう言って、僕は杖を横に構え、唱えた。
「イ・ハロヌ・セクエトー。長く本に留まりし霊よ。すでにそなたは眠るべし。恨みを捨て、悲しみを忘れ、世界樹のもとへと旅立て。汝の過去のすべては、地脈が必ず清めたもう。良きものは良きままに。悪しきものは地脈が流し去ってくれよう。
イ・ハロヌ・セクエトー。ヒーリーヤ・ラ・プントス。浄化。」
黒い怨念は、次第にきれいになり、どす黒い血で書かれた文字は次第に紙から離れ、透明になって天へと昇っていった…。あとには、文字のない古書だけ。その古書も、命を終えたと言わんばかりに、ぼろぼろっと風化し、灰となり、消えた。
「…神秘的じゃな。サキよ。ありがとう。本にかわって礼を言う。」
「いえ。」
コーネリア様には見えなかったようだが、文字が昇華する時、エルフの女性の魂が、笑顔で
「アリガトウ。」
と感謝して消えていった。血をとられ殺されたエルフの霊だった…。
さて。残るはもう一つの石の箱。
こちらがいよいよ本命だろうか。
「イ・ハロヌ・セクエトー。謹んで浄化したまう。ただし記録したる文字や絵は、消えてはならぬ。禍々しき力のみ弱めよ。浄化。」
石蓋を開ける時、同じように石の箱ごと結界ボックスに入れ、呪文を唱え、黒い靄を押さえながら開けた。
だが開けた途端、本はなんと僕の結界ボックスを突き破り、黒い靄を纏ったまま勝手に宙に浮き、鎖をジャラジャラ言わせながら、猛スピードで飛び回り、高笑いさえした!
「ぐはははは!!愚か者め!我の封印を解くとは!感謝するぞ!」
どうやら相当強い呪い持ちのようだ。
そのままにするものか!
「縛!!」
僕は強く念じ、杖を向けると、本はびりびりと震え、抵抗したが、僕のほうが、力はまさったようだ。
「む!離せ!わっぱ!貴様!呪い殺してやる!」
「はいはい。お口チャックね。無言の刑!」
「むぐ!むぐぐ!」
「イ・ハロヌ・セクエトー。清めたまえ。」
「むぐ!むぐむぐう!!!」
かなり苦しそうだ。
「コーネリア様、こいつはかなり魔力も強く危険ですので、これからの作業は僕とシンハも入った結界の中で行います。音も遮断しますので、ご承知置きください。」
「サキは大丈夫なのかえ?」
「もちろんです。」
「あいわかった。」
ということで、部屋の中央にあるソファに座ったコーネリア様を別の結界で包んだ。
そして呪われた鎖付きの本と僕とシンハとを同じ結界の中に置き、窓辺のテーブルで作業を続ける。
こいつが何かしようとしても、僕とシンハならどうにかできるだろうし、この本がどんな呪詛の言葉を吐いたとしても、彼女には聞こえない。その方がいいだろうと判断した。
「おとなしく中身を見せるなら、呪縛を緩めてやる。どうする?」
「むうう。むぐう。」
降参のようだ。本が涙目ってこと、あるんだ。
僕は浮いている本を机に重力魔法で置いた。
そして、重力魔法で机に貼り付ける感じにした。
「無言の刑」は解除する。
「うう。わ、わかった。手荒なことはしないでくれ。これでも年寄りなんだ。」
「抵抗しないなら少し緩める。」
「しないしない。」
「嘘をついたら、本の真ん中に、鉄の管を通すからな!」
「し、しないってばぁ!」
「重力弛緩。」
「ふう。」
「さて。君には何が書かれているかな。」
結界の中で、今度は手も使わずに、鎖をゆっくり中空に浮かせながらはずしていく。知恵の輪のような鍵だった。
「俺の鎖の鍵を一発で開けるなんざ、お前さん、タダモノじゃねえな。」
「まあね。」
重厚な表紙を開き、中扉を見ようとした途端、
山羊頭と血文字が本から飛び出し、噛みつこうと襲ってきた!
普通に表題の文字が並んでいたらしい中扉には、逆さ山羊頭と魔法陣がどす黒い血で描かれていた。しかもそれらの血文字は気味悪くウニュウニョと蠢いているのだった。
「おっと。」
すぐに結界の盾で防ぎ、かつ本をさらに結界ボックスで囲って縛った。
山羊頭も文字も、結界に阻まれて何処にも逃げられず、山羊頭が歯をがちがち鳴らし、結界ボックスにがつんがつんぶつかってくる。
ガウ!!
シンハが応戦しようとしたが、僕はそれを押し留めた。
ガウガウ!
シンハが吠えながら、少し体を大きくしてさらに威嚇した。
『サキ!俺が噛み千切ってやる!』
「だめだよ。中味を読まないといけないんだから。どうどう。」
ガルル。ウウー!
まだシンハは威嚇している。
また変な本が出てきましたね。




