459 禍々しい魔術書たち
僕はコーネリア様と図書室へと歩きながら、実は、と事情を説明する。
もちろん、念のため結界を張って。
ドリーセット侯爵令嬢と彼女のメイドが、何者かによる黒魔術の魔法陣によって、呪殺されかけていること。
108の魔法陣のうち、残り5つが、この屋敷にあると予想されること。
「そうか…。黒魔術の本…。では「禁書室」だな。」
此処では「禁書室」というんだな。
コーネリア様は、図書室内の一角にある棚の前に来ると、棚の本を3冊ほど引っ張った。
すると、目の前の棚が音もなくスライドして、隠し扉が現れた!
しかもその隠し扉を、僕の前でさっさと解錠してしまった。
え、いいんですか?
見ない振りするヒマもなかった。
目を見張っている僕に。
「ふふ。サキなら大丈夫じゃ。信じておる。」
といたずらっ子のような目をして笑った。
ありがたいことです。
「どれかわかるかえ?」
僕は、コーネリア様に、アルマンダルから聞いた3冊の特徴を話した。
すると途端に深刻な顔になった。
「おぬし。本当にその3冊を開くつもりかえ?」
「はい。必要な作業ですので。」
「…わかった。ドクロのある上下巻はここにあるはず。昔見たことがある。確か箱入りで…。」
二人で探す。
む?
一番下の隅に、箱入りの本があった。
黒い靄が、箱の隙間から出ている。
「コーネリア様。この箱では?」
「!おお!これかもしれぬ。」
「あ、僕が開けます。黒い靄が出ていますので。」
『サキ。慎重にな。』
「(うん。)」
僕は、手を結界で覆い、本もボックス状の結界の中に置いた。そして手だけ突っ込み、慎重に留め具を外し、ゆっくりと開く。
ゴォォォ!!
途端に突風が本から吹き出す。
「結界強化!浄化。」
浄化が強すぎると、書かれた魔法陣が消えてしまう恐れがあるから、弱めて浄化をすると、ようやく風が止んだ。
「む。一冊だけじゃな。」
上巻だけしか入っていない。
「では、もう一冊は剥き出しでしょうか。」
シンハが、僕の手(の結界)についたにおいを、クンクンとかいだ。
『うぐ。アンデッドの臭いだ。悪臭だが、これならすぐにわかる。…サキ!あれだ!この棚の三番目!』
おお!さすがシンハ。
こちらは下巻。風はでなかったが、黒い靄とともに、呪文が時折ちょろちょろと本の表面を這い回っていた。
僕は本に触れないように、重力魔法で浮かせたままで、
「結界。浄化。」と唱えた。
少し靄が納まった。
上巻から開く。
手には手袋代わりの結界。
口と鼻は念のため、聖なる魔素水を噴霧した、アラクネ布で覆った。
これは、コーネリア様は使えないので、僕とシンハだけ。
コーネリア様には、僕の魔素水とメルティアを含ませたハンカチで口と鼻を覆ってもらった。
その程度なら問題ないと、アカシックに教えて貰ったからだ。
人族よりは耐性があるとはいえ、魔族であっても黒魔術や黒い靄に長く触れるのは良いことではない。
1ページずつ開く。
数ページ進んだところで、陣を見つけた。
「あった!」
僕は念写してきた108のうちのひとつを取りだして照合した。
「これだ。」
すぐに念写。陣の全容がわかった。呪詛の言葉だらけの酷い陣だ。
ほかのページも念のために見る。だがこれ以上一致しそうなものはなかった。
次に下巻。
こちらはかなり後ろのページにようやく見つけた。
「これだ。」
すぐに念写。
本全体もざっと読んだが、怪しげな呪詛の言葉ばかり。
「少し浄化して封印を強めておきますね。」
「うむ。」
僕は2冊をそれぞれ浄化し、清めた紙こよりで本の留め具を縛り封印した。
「箱に一緒に入れなかったのは、きっと共鳴して呪法が強まるのを恐れたためだと思います。ですので、これらはこれまで通り、離したところで別々に保管がよろしいと思います。
「あいわかった。」
2冊をいままでの所にそれぞれ戻す。
「残りの一冊は別のところじゃ。一緒に来てたも。」
禁書室を出る時、体をクリーンした。
それから図書室も出て、屋敷の最奥へ。
うっく。これは…。
強者の気配。
いや、不在だろうに。なんという存在感!
そこはコーネリア様の父上の書斎だった。
「特に禍々しきものは、さっきの禁書室か、この奥にあるはずじゃ。」
そう言って、書斎を横切り、奥の本棚の脇の隠しボタンを押した。
すると、本棚が動き、またしても隠し扉がでてきた。
「!」
扉にはなぜか世界樹の姿が刻印されている。
そうでもしないと、きっと瘴気が漏れ出すからだろう。
『サキ。相当な禍々しさだ。扉が開いたらすぐに浄化したほうがいいぞ。』
「うん。やってみる。」
コーネリア様にそれを伝え、許可を受けると、鍵を貰って僕自身が扉を少し開いた。
そしてただちに
「浄化!」
と杖を向けた。
ピシィ!バリバリバリ!
空中で放電し、浄化が弾かれた。
それほど強い瘴気!
「イ・ハロヌ・セクエトー。謹んで浄化したまう。ただし記録したる文字や絵は、消えてはならぬ。禍々しき力のみ弱めよ。浄化。」
シュウウウ…。
空気が抜けるような音を立てて、秘密の部屋(禁書室)はある程度浄化された。
ふう。
念のため、またマスクをする。
全身を結界で覆い、シンハやコーネリア様にも同じく結界を施す。
それからようやく室内に足を踏み入れた。
コーネリア様がパチンと指を鳴らすと、部屋が明るくなった。照明は魔石を使ったシャンデリアだった。
此処は実験室も兼ねているのか、中央の大机には、ガラスのフラスコやアルコールランプなど、なぜか地球で見たのに良く似た道具が多く乗っている。
そして周囲の壁は棚がぐるりと巡っていて、唯一の明かり取りの窓以外はすべて本棚。
そして貴重そうな本や巻物、そして木箱や金属の箱で埋まっていた。
「鎖のついた黒い本は、私の記憶でも、黒い石の箱に入っていたと思う。」
此処の本はその多くが木箱や金属の箱に入っている。中には石の箱もいくつかあった。
結構あるぞ。10個くらい。
だが、さすがコーネリア様。
つかつかと歩きまわり、候補を2つに絞ってくれた。
「わらわの記憶ではこの2つのどちらかじゃ。」
どちらも、黒い黒曜石の石製。
この2つだけが、書籍名を記したタグがなかった。
腐って落ちてしまったという。
それだけ瘴気が強いのだろう。




