43 石炭の丘
梅雨はどうやら明けたらしく、じりじりと暑い日が混じるようになり、異世界ゼミも鳴き始めた。
こちらの世界でもセミはミーンミーンとかジージーとか、ほぼ地球と同じようだ。
日照時間も夏は長く、冬は短いというから、地軸が少し傾いていて、緯度経度もどうも日本に似ているような気がする。
東京育ちの僕には、少し寒い感じがする。あるいは標高が全体に高いのだろうか。
気候もなんとなく軽井沢っぽい。
「シンハ、石が赤いとか、川が赤くて錆くさいとか、そういうところ、ある?」
と訊ねると、
『赤い山がある。その山から流れているのが赤い川だ。』
「あ、やっぱりあるんだ。そこは遠いの?」
『遠いというほどでもない。ここから俺の足で3日程度だ。行ってみたいのか?』
「うん!そろそろ本気で鍛冶仕事もしたいからね。」
『鍛冶?これから暑い季節だというのに、鍛冶をしようというのか。まったくお前は。』
とシンハが呆れている。
「いや、今から道具をいろいろ作っておかないと。秋は刈り入れと狩猟の季節だろ。その前に道具が欲しいじゃんか。お菓子作りに金型だって欲しいし。」
『魔法で作れるだろう。土で焼いてもお前が作ったのならなんでも十分金属の代わりになるほどの堅さだ。斧もエルダートレントで金属より切れるではないか。』
「あれは特別だよ。何度も使えるものじゃないしね。まあ、特殊な焼き物のセラミック包丁ってのも前世にはあったけどさ。…とにかくそろそろ、ちゃんとした金属の剣とか、武器が欲しい。包丁代わりの短刀だけじゃ、これからは戦いにくいしね。」
『…』
なぜかシンハは不機嫌になった。何故だ?
「あーでも、その前に、やっぱりハサミとか包丁とか。ノコギリとか、カナヅチとかクギとか、やかんとかスコップとか鍬とか!作りたいなあ。魔法でばっかり仕事してたけど、本当はそういうもので人間は作業するものだからさ。ということで、赤い山に行こう!」
『…。まあ、どうしてもというなら、連れて行ってやらんこともない。』
シンハは答えた。なんとなく歯切れが悪い。
僕はこのとき、何故シンハが急に不機嫌になったのか、わからなかった。あとで聞いた話では、僕がいよいよこの森を出て行く準備を始めたと思ったらしい。
「赤い山」に行くついでに、石炭も欲しいのでそれも相談すると、行く途中に少し寄り道になるが、黒い地層が見える崖があるというので、まずはそこに向かうことにした。
これまでも何度か遠出して野宿したが、作ったテントはワイバーンの革とアラクネ布製。
それに梅雨時に開発したスライムゴム溶液を塗布したので、防水はばっちりだ。軽量化のためゴムはごく薄く引いただけだが、全く問題なかった。これまでは雨の時、結界で防水していたが、今後は魔力の節約になる。
道具がちょっと新しくなるだけで気分もあがる。
シンハに乗って走る。乗ってばかりではシンハの負担も大きいから、僕も時々走る。
「黒い地層の丘」は森で一泊した翌日に到着。
「よし、行くぞ。」
僕は気合いを入れて魔法を練った。
結界はするが、一応安全を考えて、丘の手前の草原真ん中くらいから狙う。
ちょっと遠いから少し威力を上げてみるか。
「ストーンバレット!からの…ファイヤーボンバー!!」
ファイヤーボンバーはファイヤーエクスプロージョンより小さな爆発魔法。ストーンバレットで亀裂を入れておけば効き目もいいだろう。
ところが
ドガガァァァン!!!
「うわっ!!」
咄嗟にシンハとともに退避。
轟音がして丘全体が崩れた。
跳ねた石つぶてがバシバシ自分の結界に当たる。
たくさんの鳥がギャギャピィピィと鳴いて飛び立った。
「あれれ!?」
『この馬鹿者!あれほど無駄に自然破壊はするなと言ったではないか!』
「ええー、だからエクスプロージョンじゃなくてボンバーにしたのにぃ」
『したのにぃじゃないっ!見ろ!丘が一つ消え失せたぞ!』
「うう…。何か大物でも棲んでた?もしそうなら」
『はあー、そんなことはどうでもいい。せっかくだから飛び出してきた獲物を狩るぞ。』
「へえい。」
それから、僕とシンハは草原に飛び出してきた魔猪、魔熊、魔鹿、魔兎、魔鶏などの魔獣と、普通の獣の鹿、バッファローなどを狩りまくった。
「はあー当分狩りは必要ないくらい狩ったよね。」
『まあな。ワイバーンが居なかったのは残念だが。』
とさすがシンハはぶれないグルメだ。
とか思っていると、
ドシィィン、ドシィィンと何かの足音が聞こえてきた。
「うん?またエルダートレントかな。」
『いや、違うな。これは…まさか!』
と言っていると、その相手が崩れた丘に姿を現した。
「!?もしかしてあれ、ゴーレム!?」
それは真っ黒な石でできたゴーレムだった!
「真っ黒ってことは石炭かな?」
そう思って鑑定すると
「コークスゴーレム。身体がコークスで出来ている。そのため石炭より高温で燃える。ゴーレムになると密度も上がるので、硬く重く燃えにくい。粉砕できれば良質の燃料となるが、高温に耐えられる炉が必要。」
だそうだ。コークスはたしか自然には得られなかったのでは?それが簡単に手に入れば、高温で作る刀剣製作も夢ではない!
「ふわあ!シンハ、あれコークスだって!」
『それはなんだ?』
「石炭からできる燃料なんだけど、鉄の加工にはとっても有用なんだ。でも高温で燃えるから逆に火が付きにくい。つまり、石炭製のゴーレムより手強いってことだよ。」
GUOOOOOOO!!!
「でも、是非欲しい!倒そう!」
『わかった。…だがどうする?』
ドシィィン!ドシィィン!
「燃えにくいなら凍らせちゃおう!」
『なるほど。では俺は風を起こそう。』
「うん!いくよ!アイスジャベリン!」
ガオォォォン!!!
シンハが雄叫びをあげて僕の魔法に合わせて風を送る。
氷でできた槍、巨大なアイスジャベリンがコークスゴーレム目指してミサイルの如く突き進む。
ドガガァァァン!!!
凄い音がして土煙があがる。
『やったか!』
あ、それフラグ。
案の定、ゴーレムの胸には的確に命中したが、亀裂が入っただけだ。
「まだだ!硬いなあ。」
もう一発と思って準備しようとすると
GUAAAAAAA!!
すごい殺気を放って、ドスンドスンと地響きを立てて走ってきやがった。
図体の割に俊敏だ。
「うわっ、走ってきた!」
『なんとかしろ!』
「乗っけて!」
『承知!』
シンハは走りながら大きく変身し、僕の襟首を捕まえると放り投げ、僕を背に乗せてスピードをあげた。
草原をゴーレムと僕らとの鬼ごっこだ。
僕は振り返りざまに
「アイスジャベリン!」
と再度氷の槍を投擲。
だがそれは両手でガードされ、急所には届かなかった。
さらに奴は速度を上げ、石、いやコークスをガンガン投げてきた。
「うわ!結界!いや、亜空間収納!!」
もったいないから投げられたコークスを、亜空間収納に直接収納。丸儲けだ。いいのか?それで。
僕がひょいひょいと攻撃手段であるコークス弾を空中で消すものだから、ゴーレムは怒り心頭で追いかけてくる。
GUOOOOOOO!!!
『氷の槍、もう一発入れるか!?』
「いや、まず足止めだ!」
と僕は特製ドリンクの「エリクサー」を飲み干し、魔力をマンタンにすると奴の足元に向けて
「フローズン!」
と唱えた。
ゴーレムの足が凍り始め、ギギッとなって転んだ。
「よし、メガフローズン!」
今度はゴーレム全体を凍らせにかかる。
だがゴーレムは火魔法が使えるようで、自らの体を燃やしはじめ、メガフローズンをあっさり溶かした。
「えー火魔法!?反則だろそれ!」
と無駄に抗議する。
鑑定さん、重要なことなのに鑑定モレだよ、と思ったらほわんとウインドウが現れて
「補足:変異体と思われる。火魔法を使える特殊個体である。」
だって。遅いよ、もう!
そして奴はまた走りながら今度は火のついたコークスを何個も発射してきた。
さすがに火の着いたまま収納はしたくない。やろうと思えばできるだろうし、収納している他のものに燃え移るとは思えないが、本能的に拒否した。結界で避ける。
ガガガガ!!と結界にぶち当たり、2枚が壊れて消えた。
「うわっ!シンハ避けて!」
『舌嚙むぞ!』
シンハは速度をあげて右に左に避けつつ走る。
GUGAAA!!
怒り狂ったゴーレムが、今度はどうやら炎のブレスを吐こうとしたようだ。
奴の胸元や喉が赤くなり始める。
僕はダメ元で
「アイスジャベリンエレクトラ!!」
今度は雷属性を帯びたアイスジャベリンを咄嗟に思いついて発射した!
バチバチバチ!!と火花を散らした氷の槍が、一直線に奴の胸に!
途端
ドガガァァァン!!!!
と轟音を立てて、コークスゴーレムは爆発した。
案の定、急激な衝撃と温度差で爆発したのだ。
雷属性は、ゴーレムの体が電気を通さない可能性が高いことを承知の上で使用した。アイスジャベリンに振動を与えるために使ったのだ。
「消火!ウォーターシャワー!」
程なくゴーレムと、草原に放たれた火の着いたコークス弾は、白煙をあげて鎮火した。
「ふう。びっくりした。でもなんとか倒したね。」
『元はと言えばお前が丘を崩したからだぞ。…だがよくやった。』
「うう。ありがと。反省します。」
ぽすっとシンハの上で上体を倒し、しがみつく。もふもふを堪能したら、だいぶ心理的に楽になった。
大量の石炭と貴重なコークスがタダで手に入ったから、まあ良しとしよう。
僕はシンハにうずくまりながら、そんなふうに前向きに自分を評価した。
回収したゴーレムの魔石は、割れて飛び散っていたけれど、破片を全部回収した。
コークスの中でも特に上質らしかった。
予想外の狩りと戦闘を終えて、僕たちはまた旅を続けた。
途中での食事がとても豪華になったのは言うまでもない。
シンハにはいろいろな肉を焼いて、この際たっぷりゴマをすっておいた。