407 閑話 スーリア、初めての…
2つめの閑話。
世界樹に会って、森へも行ったあとの、サキたちのひとコマ。
きゅぴ、きゅぴ、きゅぴ
スーリアの声が聞こえたので、僕は調薬の手を休め、庭を見た。
何か歌を歌いながら、スーリアが庭をよちよち歩いている。
きゅ?
歌が止んだと思ったら、小首をかしげて、じっと地面を見ている。
蟻の行列を見つけたらしい。
うちのお嬢様は、かわいい。
蟻の行列を見つけても、攻撃もせず、じいっと見ている。
龍っぽくはないな。
雌だからだろうか。
性格はおとなしいし、おっとりしている感じ。
龍に見られている蟻とすれば、気が気ではないだろう。
きっと、急いで巣穴に戻る途中だろう。
ちなみにシンハは庭に続くテラスでひなたぼっこ。
うとうとしながら、スーリアをみてくれている。
ふと、スーリアが顔を上げ、こちらを見た。
僕が見ていると知ると、途端に蟻への興味は失せて
『ママ。』
と念話で言って羽ばたき、翼を広げて低空飛行。
『扉は閉まっている。突っ込むなよ。』
とシンハが顔を上げてスーリアに言った。
『パパ。』
扉があるので僕のところまで来ることはあきらめたのか、シンハの背中にくるりと回って上手に降り立った。
スーリアはシンハのことをパパ、僕のことをママ、と呼ぶようになった。
シンハはパパでいいが、僕をママと呼ぶことはどうなの?と思わないわけでもないが、僕はあまり気にしてはいない。
むしろ、僕やシンハを保護者としてみてくれていることのほうが嬉しい。
スーリアにはまだ親が必要なのだ。
パパであるシンハの背中に上手に降りると、もみもみするかのように数歩足踏みし、居心地がいいところを見つけて座る。そして自分の毛繕いをしたり、ついでにシンハの毛繕いもしたりをし始めた。
かわいい。とにかく、仕草がかわいい。
あー僕もスーリアにフミフミしてもらいたい!
見ているだけでは我慢仕切れなくなった僕は、ささっとポーション作りを終了させて、テラスに出た。
「スーリアー。シンハー。」
二匹まとめて抱きつく!モフモフを堪能し、スーリアの産毛も撫で、シンハの長毛とスーリアの短毛の間に顔を埋め、シャンプーのいい香りがする二匹を堪能する。スーハー。
『お前は…時々、妙な殺気さえ感じるぞ。その愛情表現、やめい。』
「やだ。僕の特権だい!」
むぎゅうと二匹まとめて抱きしめる。
「ねー、スーリアー。」
きゅぴい!
「ほら、スーリアだって喜んでる。シンハだってシッポが揺れてるじゃんか。」
『う、うるさい!こ、これはクセだ!条件反射とかいうものだ!』
「とか言っちゃって。ハグ、好きなくせに。」
と言いながら、僕は生きたぬいぐるみ感を存分に堪能する。
『こほん。薬はできたのか?』
シンハが聞いた。たぶん僕の気を別の事に向けようとしたんだろう。
「うん。ばっちり。」
『ではいつでも旅立てるというわけだな。』
「まあねー。あ、でも、その前にコーネリア様に持っていくエキスを瓶詰めしなくちゃ。」
『ふむ。今後はどうするんだ?』
「今回は多めに納品する。一応、王都で落ち着いたら、コーネリア様に手紙で許可を取ってから、結界内へのテレポートを試してみようと思っているよ。ささっと来れるなら、問題なし。我が家とか辺境伯邸とかにテレポートさせてもらえば、いつでも納品に来れる。」
『…。コーネリアのところはいいとしても、ギルドとかには顔をだせんだろう。』
「うん…。さすがにそれは。できないね。」
片道12日もかかる王都だ。
僕をたびたび町中で見かけていたら、絶対おかしいと思われる。
スタンピードのこともあり、ヴィルドの結界は強くなっている。
コーネリア様にお許しをいただければ、結界内にテレポートさせてもらえるとは思うけれど、たぶん魔術師長まで話を通してもらっておかないと、騒ぎなるだろう。
ちょっとユリアに会いたいからと、気楽にテレポートしてくるわけにはいかないのだ。
『罪作りな奴め。』
「…」
僕は無言でシンハとスーリアのブラッシングを始めた。
シンハはそれ以上、何も言わない。
スーリアは僕がブラッシングを始めると、もううとうとし始めた。
ほんとに良く寝る眠り姫だ。
長く卵の中で仮死状態だったからだろう。
最近はスーリアに、魔力を循環させることを教えている。
そのせいか、魔力の巡りもずいぶん安定してきた。
ケプ。
うん?なんだ?げっぷをしたのか?何も食べていないけど。
それにしては魔力が揺らめいた??…
「今、スーリア、げっぷしたよね。」
『いや、どうも魔力を吐き出している気がするぞ。龍のブレスの極小版、だな。』
「そなの!?いつから!?」
『世界樹のところから帰ってきてからだな。』
「えー!知らなかった。初ブレス、立ち会いそこねた!」
『そうがっかりするな。まだブレスにもなっていないものだ。練習中というところだな。』
「そうかあ。」
と言っていると、スーリアが目をあげ、僕を見る。なあに?という感じ。
きゅい?
「ねえ、スーリア。今、ブレスしたの?」
きゅい??
スーリア自身はよくわかっていない、という感じで、小首をかしげている。
「魔力をお口から吐き出すのを、龍の場合はブレスっていうんだ。スーリアなら水の玉とか、氷とかかな?」
きゅい!
やってみる!と言っている。
すると
バチバチ!ボフン!
「えっ!電撃ブレス!?確か、スーリアは水か風だったよね。怪我はない?お口、痛くならなかった!?スーリア、あーんして!」
僕は心配して、スーリアにあーんをさせる。
あーんと口を開けながら、
『いたく、ないよ。』
と念話で伝えてきた。うん。口のまわりも口内も、火傷はしていないようだ。
「あー、びっくりした。」
『もっと、できるよ。』
口をくわっと開けると、今度は水玉が勢いよくぽんと飛び出し、近くの樹木の幹にピシャン!と当たった。
「わぉ!スゴイぞ!あ、でも、急にブレスしたら疲れちゃうだろ?大丈夫?」
『だいじょぶ。ママからもらえるから。』
「あー、魔力ね。うん。でも、ブレスは練習して少しずつね。体がびっくりしちゃうから。いいね。」
『はーい。』
「うん。スーリア、良い子!ブレスも、よくできました。」
もふもふと、いっぱい撫でてあげる。
きゅいっぴ!
スーリアはゴキゲンだ。
ミルクとスーリア専用のクッキーをあげると、人間の子供のように座って、後ろ足を前に投げ出し、上手に両手でクッキーを持って、パリポリと食べる。
シンハが両手で持って食べているのを見て、真似するようになったのだ。
人間座りは、しっぽでバランスを取るようで、すぐに上手にできていた。
その食べるしぐさがまたかわいい。
「ふふ。龍って、こんな座り方、するかなあ。」
『どこかで人間の子供でも見て覚えたんだろう。』
「クッキーを両手で持つのは、シンハを見て覚えたんだと思うよ。」
『ふん。知らんな。』
そう言いながらも、しっぽが揺れている。
たぶん、自分がスーリアに影響を与えていた、ということが気に入ったのだろう。
まったく。ツンデレなんだから。
コンコン、とノックの音。
「どうぞー。」
もちろん、ノックの主はシルル。
「お昼ができましたでしゅ。」
「ありがとー。ね、シルル。今、スーリアがブレスを見せてくれたんだよ!」
「まあ!できるようになったでしゅか!?おめでと!スーリア。」
『ネネ。』
スーリアはクッキーを急いで口の中に全部入れると、シルルお姉ちゃんのところにパタパタスイーッと飛んで行き、上手にシルルの腕に飛び込んで、そのまま抱っこされた。
それから皆で食堂に移動し、僕達はささやかなお祝いランチをした。
デザートに、亜空間収納からデコレーションケーキを出して蝋燭を立て、スーリアが風ブレスの極小版で器用に吹き消した。
ほんと、初めてとは思えない器用さだった!
僕やシルルは拍手をし、シンハはスーリアを舐めてあげていた。
王都に行っても、こんなのどかな日がいっぱいあるといいな。
この風景も、ちゃんと念写で撮っておこうっと。




