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白金(しろがね)の魔術師 もふもふ神獣との異世界旅  作者: そぼろごはん
第六章 世界樹編
402/530

402 辺境伯邸

午後から、辺境伯邸を訪れた。

お借りしていた魔術書を返しに、という名目だ。それとエキスの納品。

もちろん、王都行きのこともお話する。


「王都には、もしかすると少し長期の滞在になるかもしれません。なので、エキスを多めにお持ちしました。」

「そうか…。配慮、痛み入る。トマス。」

「はい。…サキ様、ありがとうございます。お帰りにお代金を。」

「ありがとうございます。それから…」

と言って、購入していただくカートンとは別に、ワイン瓶のエキスを5本、3本と2本にわけてテーブルに出しながら話す。

「こちらはお代はいりません。あとこちらも。プレゼントです。」

「む、これはワイバーンではないか!3本も!きちんと払うぞ。こちらは……!サキ!こ、こ、これは!」

「はい。龍のエキスですね。」


「「リュウ!?」」

トマスさんとミネルヴァさんがハモった。

「価格表にはないので。プレゼントです。たまたま獲れました。」

「たまたま、で龍かえ…。サキ…。其方は…なんというか…ああ。気を失いそうだ。」

「今回は、少し長く留守にすると思いますので。その間、ご不自由をおかけするかもと思いまして。これらはその迷惑料みたいなものです。」

「…気遣い、痛み入る…。それにしても…龍とは。」

とまだ衝撃から立ち直れていないようだ。


2分くらいも沈黙してから、

「ダンジョンかえ?」

とようやく尋ねられた。王都行きの理由だ。

「はい。それもありますが。」

「?」


僕はコーネリア様にだけは、伝えておこうと決めていた。

「王都よりもっと遠くにも行くかもしれません。」

コーネリア様は眉をひそめた。

「何処へ行こうというのじゃ?」


「…。コーネリア様にだけは、本当の行き先を申し上げておきます。ゴウルです。」

「!なんと!?」

「少し、浄化が必要だとわかりましたので。」

「危険じゃ。あそこはまだ…いいや。もう、決めたのじゃな。」

「はい。」

「………。戻ってくるのじゃな。」


僕はすぐには答えられなかった。

「………。シンハが一緒ですから。きっと大丈夫です。戻ってきます。」

なるべく普通の口調で、僕は言った。


「…。誰に、行けと言われたのじゃ?」

「!…」

「其方が一人で、勝手に決めたなどと言っても信じぬぞ。誰がそなたに、そんな過酷なことを強いたのじゃ!」

僕を睨みながらそう言った。僕にそう命じた者に対する怒りだろう。僕に、ではなく。


僕は直接の回答を口にせず、なるべく静かに言った。

「…僕が、最終的に決めました。シンハには、かなり反対されましたけど。ね。」

くうん。

シンハが不満そうに唸った。

「でも一緒に行ってくれるんだもんねー。シンハ。」

…ばう。

シンハが僕の膝に顎を乗せる。

仲直りしたけど。まだちょっと不満そう。拗ねてる。

僕は苦笑しつつシンハを撫でた。


「…。ゴウルに「何者が封じられておるのか」、わらわも噂で聞いたことがある。誰も確かめたことはない。確かめる前に、たどり着けていないからじゃ。」

「…」

「行かねばならぬのか?どうしても。サキ。其方が行かねば、ならぬのかえ?」

僕はこくりと頷き、微笑んだ。

コーネリア様はわかっているのだ。僕が、「誰に」会いに行くのか。


「そう…か…。もう決めたのじゃな。ならば、何も言うまい。」

「…」

「餞別じゃ。トマス。」

コーネリア様はなにかをさらさらと紙に書き付けると、執事長にそれを渡し、

「父上の書斎から、これを持って来よ。おそらく、入って右奥の、扉付きの書棚に入っている。」

と言って、机の引き出しからカギを渡し、送り出した。


執事長が戻るまで、コーネリア様が昔話をしてくれた。

「昔、ゴウルに立ち寄ったことがある。その頃は、まともな国での。普通に、世界樹を信奉する、平和な人族の国であったよ。」

「…」

かなり昔の事のようだ。


「大きな湖があって、その中央の島には、異界への入り口があると聞いての。夕暮れ時だけ、その異界への道が開くと。

それで夕暮れ時に、湖の畔まで行ってみた。すると、確かに、島の少し上空に、違う景色が、陽炎のように見えた。

向こう側には行きたくなかったから、わらわは見ただけだが。一緒に行った人族には、なぜか見えなかったようじゃ。」


「コーネリア様が見た景色は、どのようなものだったのですか?」

「のどかな景色じゃったよ。向こう側は昼間らしく、草原が広がっていて、湖もあって、天気も良かった…。そして美しい城が見えた。」

「お城、ですか。」

「うむ。なんとも美しい、白亜の城じゃった…。この城の尖塔は、その城の様子を模して、改修したのじゃ。夢を、忘れたくなかったからの。」

「…」

「今はもう、その湖も、火山の噴火で消えたという。おとぎ話じゃな。」


エルガー執事長が戻った。

手には古い本。魔術書に違いない。

「サキ。ゴウルで、「誰と戦うつもりなのか」は聞かぬ。だが、きっとこれが役に立つ。そなたなら、役立ててくれると信じている。そなたに与えよう。返却は不要じゃ。」

「…。ありがたくお預かりいたします。ですが、返却には必ず参ります。」

「…。そうか…。相変わらず律儀じゃの。好きにするがよい。」

「はい。…今日はお時間をいただき、ありがとうございました。では、これにて失礼いたします。」

僕は魔術書を持ち、立ち上がってソファーから離れた。

そして、右手を胸に当て、丁寧に礼儀にかなったお辞儀した。


ふと。

衣擦れの音がして、コーネリア様が近づいてきたかと思うと、僕の右手に触れた。

「!」

その手は、震えていた。

驚いて少しだけ顔を上げると、コーネリア様の半泣きの顔が目に入った。

「必ず、必ず、生きて。生きて帰って参れ。よいな。」

その声は、涙に揺れていた。

「は。」


僕は目を伏せ、顔をあげずに、その手をとり、恭しく手の甲にキスをした。

それからその手を離し、顔を上げないままで少し後ずさりして一礼。踵を返すと、そのまま退出した。

すべては貴族の作法どおり。

だが、退出する時顔を上げなかったのは、コーネリア様の泣き顔を、それ以上見たくなかったから。

そして、僕も、泣き笑いになりそうだったから。


『罪作りな奴め。気丈な彼女まで泣かせおって。』

「うるさい。ぐしゅ。」


廊下を歩きながら、魔術書をポーチに吸い込ませる。

亜空間収納に入れると、その書物のタイトルがわかった。

『神及びその「使徒」との戦闘において、覚悟すべき黒魔術、および防御と攻略法について』。

長いタイトルだ。中身は古語で書かれているようで、かなり難解そうだ。

「神」となっているが、「黒魔術」とあるから、明らかに神とは「邪神」のことだ。

まさにこれからの僕に必要な書物だ。

つまり、コーネリア様は、王都およびゴウル行きの理由を、すべて理解した上で、この書物を選んでくださったということだ。

しかも手書きの本。


何故お父上の蔵書にこのようなものがあるのか。

かつて邪神に関する研究をしていたのか、それとも、邪神の使徒と戦うことがあったのか…。

もし僕が無事に帰還できたら、その時にでも聞かせていただこうと思う。


玄関で、僕達に追いついたエルガー執事長は、先程のエキスの代金を支払ってくれた。

革袋がずっしりだったので、おそらく過分にはいっていたと思う。

丁寧にお礼を言うと

「…必ず、お戻りになってくださいね。」

と念を押された。


「コーネリア様を、これ以上、悲しませないでくださいませ。」

「はい、必ず、戻ります。」

僕は真面目に答えた。

「お借りした魔術書も、お返ししないといけませんので。」

となるべく穏やかに、笑顔で言った。

「では。失礼いたします。」

「どうかお気を付けて。」

僕は丁寧にお辞儀をし、辺境伯邸を辞した。


*  *  *  *  *  *  *  *


サキは、門のところで振り返り、まだ執事長がいるとわかると、再度丁寧に礼を返した。

執事長は思う。

「(本当に。何故あんな良い方が…。いや、良いお方だからこそ、世界樹様はお選びになったのでしょうけれど…。どうか、どうか、ご無事で…。世界樹様。サキ様とシンハ様を、お守りください。そして、五体満足で必ず此処に、コーネリア様のもとに、お戻しください…。)」

エルガー執事長は、あまり熱心な信者ではないが、この時ばかりは片膝をついて右手を胸に当て、世界樹に本気で祈るのだった。


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