401 紹介状
下に降りると、カークさんが事務仕事をしていたので、声を掛け、かくかくしかじか、魔塔への紹介状を、というと、
「誰か特定の人物に会うのか?それならその人あてにしておいたほうがいい。」
「では、ウォルフ・ランゲルス様宛でお願いします。」
「!」
「…?なにか?」
「知り合いか?」
「あーいえ。僕は。ある方に、ランゲルス様にお会いするようにと言われたので。」
「そうか…。ウォルフ・ランゲルスは変人だ。」
「!」
「そのことは覚えておくと、なにかと驚かなくて済むだろう。」
「…。」
「だが元王宮付の魔術師長。実力はある。名字には「師」を付けろよ。」
って、自分は呼び捨てにしたくせに。
「ハーフエルフの平民だと言っているが、彼の出自は誰も知らない。今は一応引退しているが、今でも魔塔で暮らし、王宮にも顔が利く。なぜか国王陛下と教皇様が、あいつに絶大な信頼を置いているんだ。私もあいつ…こほん…あの方の講義は聴いていた。」
「なるほど。そういう方なんですね。」
教皇様がというのは納得だ。世界樹の関係者だからな。
「王宮の魔術師長を辞める時、もとは平民だからと、「フォン」を陛下に返納しようとしたらしいが、今後の事もあるからと、「名誉侯爵」となったんだ。でも今は一教授として魔塔に住んでいると聞いている。
私がよろしくと言っていたと伝えてくれ。」
「わかりました。親しかったのですね?」
「いや、腐れ縁だ。」
「そうですか…。」
詳しくは聞かないことにしよう。言ってくれなさそうだし。
「あ、ケリスさんも、お知り合いですかね。」
「ああ。…ニーナ。ケリスを呼んできてくれるか?」
「はい。」
「すみません。」
「なにー?あ、人外のサキくんじゃない。今日はどうしたの?」
「ケリスさん…。その二つ名はヤメテ。」
実は今、本当に人外なんだ。「神族」だから。
「ふふ。」
「ケリス。君もランゲルス師とは腐れ縁だろう。私が書くより、君が書いた方がいいか?サキが王都に行くんだが、ランゲルス師に会いたいそうでね。紹介状をというんだ。」
「ウォルフさんですか…。確かにあの人とは腐れ縁ですが…。」
と何故か微妙な顔つき。
「やはり副長が書いてあげてください。冒険者としてサキくんがいかに優秀か、いや、いかに人外な魔術師か、書いてあげれば、さすがにあの人も、無碍にはしないでしょ。」
なんだろ、この言い方は。なんだか不安になるなあ。
「…。わかった。じゃあ、君にも一筆添えて貰おう。それぐらいはいいだろう?」
「ええ。そのくらいなら。いいですよ。」
「お二人とも、ありがとうございます。でも…。なんだかお会いするのが心配になってきました。」
「さっき言っただろ?あいつは変人だ。解剖されないよう、気をつけろよ。」
うぐ。
「僕もそう思う。サキくん。あの人に会う時は、結界を100枚くらいにしてからのほうがいいと思う。気をつけてね。」
と冗談か本気かわからない心配そうな顔で言われた。
「…。無茶苦茶会いたくない気分になったんですけど。」
「はは。大丈夫だよ。…たぶん。」
「たぶん、な。」
たぶん、ですかぁ?
と言う訳で、センパイお二人に連名で紹介状を書いて貰った。ありがたいけど…なんだか不安。
王都に着いたら、ギルド本部長にも、ランゲルス師がどういう人なのか聞いてから行こう。うん。そうしよう。
ギルドを出ると、雲が厚く垂れ込め、今にも降り出しそうだった。
朝は晴れていたのに。
これからのことをいろいろ考えながらぽくぽく歩きはじめると、隣でシンハが言った。
『ウォルフとやらは、どうやらとんでもないヤツのようだな。さすが、「うさんくさい」世界樹が推薦してくるだけのことはある。』
僕はさすがにカチンときた。いつもなら苦笑して終わるだろうに。今日の僕はナーバスだった。
すぐに路地に入り、くるりと振り向いて、はっきりとシンハに言う。
「シンハ。世界樹様のこと、君は嫌いかもしれないけど、もう悪く言わないで。僕はあの方から生まれたんだ。僕のたった一人の親なんだよ!君に親のことをそんな風に言われると…すごく悲しい。ものすごく、悲しい。」
『…。悪かった。』
僕はがばっとシンハを抱きしめた。
涙がにじみ出る。
「シンハ。あんなこと、もう言わないで。最期まで、居てくれるんだろ?僕の傍に。」
『ああ。…悪かった。』
ぐす。
『すまん。悪かった。』
シンハがぺろぺろと、僕の涙を舐める。
僕はしばらく、ぐすぐすと、情けなく泣いた。
シンハはずっと、悪かったと言いながら、僕の涙を舐め取ってくれた。
「ごめん。泣いたりして。あーなんだか今日は、精神が不安定だ。きっと天気のせいだね。今夜は、君をいっぱいもふらせてもらおう。」
『ああ。ずっと俺をもふっていいぞ。』
「うん。ありがとね。」
夜はしっかりシンハをブラッシングして、いっぱいもふらせてもらい、僕達は仲直りした。
翌日は、朝早めに教会に行き、光らないように注意して、ささっと世界樹の像にお祈りをした。
それからレビエント枢機卿に面会した。
応接室というか、面会室のようなところで待っていると、
「おう。サキ殿。王都に行くんじゃろ?」
と言い当てられてしまった。
「はい。お耳が早いですね。」
「ふふ。わしもな。たまーに、「あのお方」のお声を聞くことがあるんじゃよ。」
「え!?そうなんですか!?」
「ほっほ。そんなに驚くことでもあるまい。わしは使徒様ではないが、一応ほれ、聖都では偉いことになっとるからの。ほっほっほ。」
確かに。枢機卿だもんね。
「えと…実は、ローハン・アウグスタ枢機卿にも「お会いするようにと言われております。」」
誰に言われたか、などは言わずともわかるだろう。
「そうか…。会えるとよいが。あいつはおそらく、聖都にいるからなあ。」
「え。そうなんですか?」
「うむ。特に今は、教皇様がご高齢じゃから、秘書長のローハンを手放さなくてのう。なにかやんごとなき行事の時だけ、ローハンが教皇代理で王都に来るという感じじゃな。」
「そうなんですね。」
聖都にいけということだろうか…。あとで世界樹様に聞いてみようかな。
「とにかく、機会があればすんなり会えるよう、紹介状を書いてあげよう。」
「!ありがとうございます!」
昼食を懐かしい「海猫亭」で食べた。
マーサさんにも、ちょっと遠出するので、と挨拶。
「冒険者だから、旅は付きものだけど。怪我なんかするんじゃないよ。」
そして
「あんたのことだから、きっと途中で料理もするだろうからね。」
と言って、旅に定番の干し肉と秘伝の合わせ調味料をくれた。
「干し肉はスープの出汁取り用にでも使いな。」
とのことだった。ありがたや。




