04 新しい朝 1
ピチチチチ…。
ん…。
小鳥のさえずりで「僕」は急激に覚醒した。
目をこすり、目をあけると、見覚えのない洞窟の天井や周囲の岩肌が見えた。
ああそうか。
此処はシンハのねぐらで…。
僕は眠ってしまったんだ。
寝ていたのは岩の上だが、つるっとしていたせいか、それともシンハにすっかり寄りかかっていたからか、あまり体は痛くなかった。
もしかすると、この体は意外に頑丈なのかもしれない。
シンハは…いない。
きっと朝の食事にでも行ったのだろう。
そういえば、あいつは何を食べているんだろう。
ねぐらには何も食べ物の形跡はなかった。
此処はどうやら寝るためだけの場所らしい。
獣は自分の巣は綺麗にしておくというから、此処には獲物は持ち込まない主義なのだろう、と勝手に思った。
あの図体だから、きっととんでもない量の肉を食べるに違いない。
それにしては、目がおだやかだったな。
光彩は金色に光っていたけど。
まるで飼い猫とか飼い犬みたいな。
ノラではない感じだった。
違うのかな。
それに、肉食獣だろうに、臭わない。獣臭くないのだ。
なにより人間の僕を食べようとしない。
考えてみれば、ますます不思議だった。
さらに不思議なのは、自分自身。
いったい、自分は何者なのか、まったく思い出せない。
「(お腹すいたな。)」
どんなに深刻な状況でも、楽しい時でも、人間生きていれば腹は減るものだ。
僕は起き上がり、洞窟内を見渡す。
食べ物はやはりないようだ。
洞窟の入り口へ移動する。
洞窟前は適度な広さの広場になっていて、小さな青い花が一面に咲いて、昨夜の雨に濡れて輝いていた。それでもどうやら昨日の雨は少しの時間だったようで、地面がぐっしょりとなるほどでもない。青い花畑からは幽かによい香りがしている。
森は花の広場より少し低くなっていて、朝日が木々の葉を通って地面に降り注ぎ、あちこち明るい緑色に照らしている。森からは心地よい風が渡ってきて、僕の髪や頬を撫でていく。なんと爽やかな森の朝なのだろう。
ぼくは大きく伸びをした。
「ふあーあ。」
思わずあくびもでる。
「シンハ。」
つけたばかりの名前を、呼んでみる。
だが周囲にシンハの気配はなかった。
少し遠くでチチッと小鳥が啼くだけ。
さやさやと、風が森を渡っていくだけ。
森の、湿った土や濃い緑のにおいを、風が運んでくる。
ああ、森のにおいだ。
静かな森のさわやかな朝だった。
それにしても…。
あの獣は不思議なやつだ。
そして自分はあいつの持つなにかを感じた。
魔力?というものだろうか。
生命力のようななにか。
森の木々からも感じる。目の前の広場を埋め尽くす草からも感じる。
特に植物は「それ」の多い少ないがあるようで、目の前の草たちはかなり「それ」が多いと感じる。
それから風や、空気からも。
「それ」が漂っているのが感じ取れる。
それは決して嫌な心地のものではなく、むしろ適度に濃度があるからこそ心地よい…。
きっとそれは「魔素」なのだと、何故か僕は理解した。
どうしてそんなことを知っているのかも、自分は判らない。
ただ、「魔素」を集めれば魔力になる。
魔力は体の中も巡っていて、それをうまく取り出せれば、きっと魔法になる。
そう僕は何故か理解した。
そして空気に漂っている魔素をうまく使えば、自分の魔力が導火線になって、効率よく魔法が使えるはずだ、と。
だから、僕は自分の中で循環しているなにかに呼びかけ、指先に集め…それからすっと右手をあげて、しっかりイメージしながら唱えてみた。
「ウォータ」
するとぴゅーっと水が勢いよく自分の指先から出た。
まるで自分の魔力が周囲の魔素を集め、その魔素が周囲の水滴を集めてきて、水を指から出したかのようだった。
「おお!」
自分でやったことに驚く。
調子に乗ってもうひとつ試す。
「ファイア」
同じく周囲の魔素が集まって、炎が指から出た。
水は大気中にたくさんあるから、水滴が魔力で集まったというならわかる。
だが火は?
これはきっと火の成分…火の精霊とか?も漂っていて、それが魔力で集まったとしか解釈できない。
指先から出た炎は、ちゃんと普通に熱い炎だが、自分の指先はあったかい程度。
よく見ると、魔法の炎は自分の指先から数ミリ離れたところで炎を形成しているようだ。自分の指からガスが出て、それに引火している感じ。
それではどれくらいまで威力をあげられるのだろう。
僕は指先を天に向け、ちょっと流す魔力を強めた。
「火炎放射器!」
ゴオッっととんでもない火力の青白い炎が、ストレートに空へと数メートルあがった。
「おおっ!やばっ!」
僕はあわてて手を振って魔法を解除した。
すぐに炎は消えた。
「やっばー。あぶねー。なにこれ。葉っぱについたら火事になるとこだった。やばいやばい。…あれ。『火炎放射器』ってなんだ?」
なんだろう。
なにげにつぶやいていた。
そんなもの見たこともないし、ただ、聞いたことはある。
ぶおーっと火が出る銃みたいな…『銃』?なにそれ。
「僕、なんでそんなもん、知ってんの?」
んー。
少し考えてみたけれど、まるで過去が思い出せない。
「あーっもうやめやめっ!お腹すいたし。なんか木の実でも探そう。」
と思っていた時、近くの茂みがガサガサっと鳴った。
僕はどきっとして、腰の短剣をさっと抜いて構えた。
短剣なんか使ったことないはずなのに。
体はすぐに戦闘体勢がとれていた。
それすら不思議。
だがそれを熟考している暇はない。
此処は未知の森。
何が出てくるか判らない…。
と。
現れたのは白い獣の足。
シンハだった。
とたんに僕はほおーっと緊張をといた。
「ふうー。なんだ。シンハか。脅かさないでよ。」
短剣を腰に戻したが、少し緊張が戻った。
シンハの口が血だらけだったからだ。
「ああ、食事してきたのか。」
そういえば、こいつは獣だったな、とあらためて思う。
シンハは舌でべろりと口の周りを拭って綺麗にすると、今度は猫のように舐めた手で顔を拭いた。
そして尻尾を振って、くるっと背中を見せると、また「ついてこい」というように僕を振り返った。
「何?ついてこいって?判った。いくよ。」