388 ステーキパーティー(料理長はサキ)
「シルル!?どうやって此処へ。」
「ぷんぷん。ゴシュジンさま酷いデス。シルルにお留守番させて、図書室から消えちゃうなんて。音信ふちゅーで、あせったでしゅ。」
「ごめんごめん。夕飯までには戻ろうと思っていたからさ。ちょっと来てみただけだよ。それより、どうやって此処へ来たんだい?」
「図書室の中にあった扉からでしゅよ。」
え、でもあれはほどなく消えちゃったはずだよね。
「集落の近くに扉が出現しまして、こちらの妖精様がいらっしゃいました。事情を聞きますと、サキ様の眷属とおっしゃったので、此処へお連れしました。」
「そうなんですね。ありがとうございます。で、その扉は、消えました?それともまだありますか?」
「消えました。でも、きっと明日にはまた現れるでしょう。」
と、キリングスさんは全然普通のことのように落ち着いている。
「世界樹様に呼ばれたのですから、きちんと世界樹様がお返しくださいますよ。」
じゃあ、安心して此処に滞在できるな。
「おなかがすいたでしょう?皆もサキ様たちがお戻りになるのを待っておりました。さあ、さっそく宴を催しましょう!」
キリングスさんの言葉に、シンハはぱたぱたと尻尾を振った。スーリアも元気にホバリング。
もうさっきからいい匂いがしているからな。
「判りました。ではお言葉に甘えて、ごちそうになります。」
「シルルがお給仕しましゅ。」
「シルル様も今日はお客様ですから。席についてお待ちください。」
「じゃあ、シルル。そうさせてもらおうか。」
「はいでしゅ!」
晩餐会メンバーは評議会の方々4名とキリングスさん。それにミーシュさんとフロースさん。そしてわれわれだった。
今日はステーキパーティーらしい。
評議会メンバーは見た目みなさんお若い。
肉パーティーだからな。それでご老体がいないのだろうな。
さまざまな肉が出るという。
たっぷりの野菜サラダは新鮮で美味しい。
ハイエルフは野草や果物を中心に食べており、肉はあまり食べないそうだ。
肉は宴などの時に食べることが多いらしい。
目の前で焼かれたステーキはホルストックの塩焼き。ところが、火力が強すぎで表面は焦げ焦げだ。この表面を削って中を食べるという。
えー。
ここのエルフたちはあまり肉を食べないらしく、調理法が上手ではない。
焦げ臭くて、食べられない。
シルルも微妙な顔をしている。
塩はおいしい塩なんだよ。素材もいいし、塩もいいから、それなりにかなり美味いはずなんだけど…。
血抜きはかろうじてしているようだが、肉は硬い。たぶん叩かなかったし、酒もくぐしていない。残念だ。なにより焦げ臭すぎる。
なるほど。ジュノ様が言っていた意味はこれか。
キリングスさんは建築とエルフの魔法についてはアカシックレコードに接触できるが、食には触れられないから、美味い飯はおあづけか…などと考えてしまった。
シンハたちにも焦げ焦げ肉が出てきたので、僕が表面を削ってから食べさせた。
「あの、いつもこれくらい表面はしっかり焼くのですか?」
とキリングスさんに尋ねると、
「そういうことが多いですね。」
という。いたって平気らしい。
えー。それは素材を殺してませんか?
僕は次のステーキ用の肉を見た。
なるほど。今度はワイバーンか。
塩がたっぷり振ってある。
だがそれだけだ。
ハーブはあとであえるのか?
でも周囲にはないようだし…。
これも表面を焦がすつもりだったのか尋ねると、そうだという。
なんと勿体ない!
「えーと。次の肉はぜひ僕に焼かせてください。ワイバーン肉は、シンハも好物なので、シンハ好みに焼きたいのです。」
「そうですか。どうぞどうぞ。」
とキリングスさんが許可してくれた。
ではさっそく。
僕は皿に重ねてある肉の鮮度や塩がどこまで浸透してしまっているかなどを瞬時に鑑定する。
今回は、塩は表面にかかっていただけで、中まで浸透していないのがラッキーだった。
酒をどばどばとかけて塩を洗い流す。
「お。」
「おや。」
複数の声。
酒を一旦捨てて、それから肉にフォークをぐさぐさと刺す。
ナナメにキリコミも入れる。
そうしておいてから、ローズマリー、クローブなどなどのハーブを振る。そして肉を叩き、ハーブを染みこませる。
フライパンに油を軽く敷いて、ニンニクの薄切りを炒める。
ああ、いい香り。
それからようやく肉投入。
両側に焼き目がつくようにして、再び酒をぶっかけてフランベ。
ぼうっと一瞬炎に包まれる。
「おお。」
それから最後に軽く必殺の手作りハチミツ醤油をさらっとフライパンの縁に廻しがけして、香ばしい醤油の匂いをさせたあと、ようやくフィニッシュ!
「おお!」
何故か拍手が出た。
皆に1枚ずつ(スーリアには半分)、皿に盛り付け、給仕役の係の人たちに配ってもらう。
「どうぞ。召し上がれ。」
「!美味い!甘みもある!すごい!やわらかい!なんだこの肉はっ!」
「!もう言葉が出ません!なんですかっこれは!」
いやいや、ワイバーンですから。
「溶けました!とろけましたよ!」
「気に入ってくれてうれしいです。シルル、どう?」
「はい。いつものゴシュジンさまのお味でしゅ。やわらかくて、うまうまでしゅー。」
片手をほっぺにあてて、幸せポーズ。
スーリアも、キュピイイ!と羽根をばたつかせて喜んだ。
「ふふ。気に入ってもらえて良かった。」
もう一枚をシェフに。
「私に?…おお…むぐ。!これはっ!美味い!美味すぎる!なんです?何を使ったのです?」
「酒をかけたのがポイントのひとつ。肉を叩くのもポイント。あとはごく普通のハーブと、ニンニクと。それから隠し味で僕の必殺調味料のハチミツ入りの醤油、ですね。」
「ショーユというものか。すごいな。これは。焼き肉に合う!しかもニンニクと醤油の組み合わせは最強だ。」
「はい!僕もそう思います。これは東の国で作られた調味料ですが、今、わが家では量産体制です。絶対僕には必要な調味料なので。」
僕もつい熱っぽく語ってしまう。
「すばらしい!あとでぜひ、詳しくご教示ください。」
「簡単ですよ。さっきお見せしたとおりですから。」
「いや、それにしても…。ワイバーンは確かに上質な肉ですが、こんなに美味くなるとは。驚きました。」
僕のほうが驚きです。知らないなんて。