384 邪神のこと、これからのこと
「火山の噴火はあの黒い靄が原因。あれはこの世にある怒りや嫉妬など、負の感情が凝縮したもの。普段は見えないし、感じることもない。ささいな怨念だ。
そしてこれまで僕が光の雨で浄化してきた。
でもゴウルは浄化しきれないほど、黒い靄があちこちで発生していたんだ。そのために、こうした天変地異だけでなく、奇病が流行ったり、突然変異の魔獣が増えたりした。
特に靄が酷くなるのは強姦や殺人といった悪行。そして『呪い』。」
「呪い?」
「そう。誰かを呪う。呪詛をかける。酷いものだと生け贄を捧げたりもする…。そういう黒魔術を行うと、黒い靄は増えやすい。」
「そうなんですね。」
「「あの子」も邪神といえど神だ。この世界に直接関与しようとしても、できないシステムだ。
だから、使徒を養成し、それに指示して悪事を行ないはじめた。
毒針持ちの魔狼から始まった「突然変異体」の発現、そして今回のスタンピード。
いずれも、君が予想したように、殺人鬼の研究者トア・ゲーゼマンが起こしたもの。そいつが邪神の使徒だった。」
「…」
「帝国の資金も投入されている。それも君たちが予想したとおりだ。」
「…」
「だが、君たちがトアを滅してくれた。
今回のスタンピードは規模が大きすぎる。トアごときが、自分の魔力だけでどうこうできる規模ではなかった。
ではその魔力はどこからきたか。もちろん、邪神から借りたのだ。」
「…」
「神による魔力供給は、この世界において神が関与できるぎりぎりのラインだ。
そして、神にもデメリットがある。それは、神としての力がしばらくの間、弱まるということだ。」
「あの…神にはエリクサーは効かないんですか?あるいはほかの、何かとか。」
「そうだな、君の作るエリクサーなら、百本飲めば神にも効くだろうけど。他のエリクサーなら一万本は必要だろうね。
でも「あの子」がすぐに自力を上げたいなら、どこかの町を生け贄にして、魔力回復を狙うだろう。」
「…」
「だが、今そういう現象は起きていない。もっとも、それはさすがに私が、絶対起こさせないけどね。」
「では今、邪神様は、おとなしく眠っている、ということですか。」
「おそらくね。」
ちょっと意外かも。
「意外かい?」
「ええ。自力の衰えを、一番気にするような気がして。」
「ふふ。言っただろう?神というものは、人間とは異なる時間を生きているからね。実はのんびりしているのだよ。」
そういうものなのか。
「「あの子」の性格なら、無駄に自力を上げたり、わざわざそのために黒魔術をさせたりはしないだろう。そんな無駄に目立つことをするよりは、むしろ…次の使徒として、君を選ぶような気がする。」
「え!?」
「だって、そのほうが『面白い。』きっと「あの子」はそう考える。」
「…」
面白いって…。
「うん。だから、君に注意してねと言いたかったんだよ。」
「…。」
なんか、雪で道が滑るから、注意してね、的な。簡単な注意喚起に聞こえるけど、今、とんでもないことを言われた気がするんですけど!
「ふふ。相変わらず、サキは面白いことを考えるなあ。」
「う、勝手に僕の思考を読まないでください。」
「ふふ。すまないね。
…邪神の名は…もう、君は知っているね。」
「はい。」
「ティネル。僕はティノと呼んでいた…。僕の、弟みたいなものなんだよ。」
「…」
「あいつはね、僕の…弟というか、子供というか。僕が作り出してしまった者なんだ。」
「…」
「ああ、契約神とか他の神は、例えるなら僕の髪の毛1本ずつから作り出したようなものだから、ティノとは全く違うよ。…僕はティノを、双子に近いくらい僕に似せてつくってしまったんだ。
…世界樹を長くやっていると、寂しくてね。つい、自分の「かたわれ」を作り出してしまった。
最初は楽しかったよ。二人で一緒に仕事をして。
僕は基本的に此処から動けないから、「あの子」に黒い靄退治に行ってもらったりしてね。
最初、「あの子」は『神』じゃなくて『神族』だったから。自由に動けたんだ。
そして、次第に黒い靄に取り込まれていったらしい。」
「…」
「僕は気づくのが遅れた。「あの子」を信用しすぎた。
その頃、彼はすでに神となっていた。
僕は地脈の管理を任せた。それがますます、黒い靄を取り込むこととなった…。
僕の知らないところで、悪事を行なうようになった。
最初はささいなもの。宝物を隠したり、動物にちょっかいを出したりとか。
そのうちに、僕の知らないところで悪い魔族とつながりを持つようになって、生き物を平気で殺すようになった。しかも残虐な方法で。
そうなると、もうあっという間で…。」
「…」
「魔族が増長し、人族との戦争が酷くなったのも、あいつが焚きつけたからだ。
…戦でたくさんの生き物が死んだ。死んだ者の魔力をあいつは奪い、ますます肥大化した…。
僕が「あの子」を生み出さなければ、大勢が死ぬことはなかった…。」
「貴方のせいではないです。」
「うん?」
「と、僕は思います。」
僕は顔をあげた世界樹にそう言った。きっぱりと。
「自我を持った時点で、貴方の弟さん?ティネルは独立した存在です。悪神になろうが、善神であろうが、それは自己責任。貴方の責任ではないです。
だって、地上に生きる者たちは皆そうでしょう?
たとえば黒龍は、悪い龍になったけど、それは貴方の責任ではないでしょう?神様だって同じだと、僕は思います。」
「…。ありがとう。息子の言葉に救われるとは思わなかった。…そうだね。運命というどうしようもないこと以外は、生きている者自身の責任だね。そうだった。」
世界樹は穏やかに微笑み、それからまた言葉を続けた。
「それでも、奴は神だ。どんなに君たちが強くなろうとも、君たちに解決させるわけにはいかない。
神の問題は、神が片付けねばならぬ。」
そこまでおっしゃるなら、僕ごときが何も言えるはずもない。
「憑依は、いつでも大丈夫です。どうぞよろしくお願いいたします。」
僕は深くお辞儀した。
僕たちは、のどかな庭園にいた。
世界樹様と散策する。シンハも。もう反論しなかった。
「王都では、魔塔でよく学んで、図書館でも学んで。
そのついでに、王都やその周辺の浄化もお願いできるといいかな。
そして時々は、森でも修行を。シンハと森を見回りたいとも思っているだろう?」
「はい!そうですね。戦闘訓練にはやはり「はじまりの森」がいいですね。」
「うん。浄化の規模は小さくていいんだ。スタンピードの時のような大きさは必要ないよ。ちょこちょこ手伝ってもらえるとありがたいけど、でも、本当にいいのかい?」
「もちろん!」
「ありがとう。では浄化を。ほんと、出来る範囲でいいからね。聖雨を降らせることができる人、少ないんだよね。」
「やはり、そうなんですか?」
「うん。サキは自覚ないけど、聖雨はね、聖者とか聖女、聖騎士団団長、教皇くらいしかできないものなんだよ。しかもあんな大規模に降らせてぴんぴんしている子、列聖された聖者の中でもダントツじゃないかなあ。さすが僕の息子だ。あはは。」
「うう。そ、ソウナンデスカ!?」
今更ながら、自分の非常識さを実感させられた。