382 呼ばれたわけと、世界樹からの提案
「邪神の使徒が現れたからね。君たちに状況の説明と…早く誤解を解いておきたく思ったのだよ。」
「誤解…?」
「シンハは、僕が君を、レスリーやウルのように邪神を封印したり、討伐したりさせるために、この世界に呼び、さらにさまざまなスキルが生まれるよう、操作したのではないかと疑っているようだ。でも、それは、正しくない。」
「…」
「君に以前話したと思うけれど、君をこの世界に呼び寄せたのは、前世で君は本当によく頑張っていたからね。そのご褒美としてだった。邪神と戦わせるためじゃない。
もし邪神が半覚醒していなかったとしても、サキにはそれなりの「チート」を付与していたよ。
そして、その程度の「チート」をつけるぐらいは神の権限として、当然認められていることだ。」
「ありがとうございます。」
世界樹様は優雅にお茶を飲み、言葉を続けた。
「確かに、僕は邪神の使徒の気配を感じたから、君が生まれる時、普通の転生者より余計に、多くのスキルを与えたし、魔力量がさらに延びるよう、関与したことは認めよう。それは万が一の時にも、君を邪神から守るためだ。
でもね、君が努力しなかったら、それらのスキルの芽は消えていただろう。
今得ているたくさんのスキルや、莫大な魔力量は、すべて、君が努力した成果だ。僕が無理に引き上げたわけでも、付与したわけでもない。まずはそれを伝えたかったんだ。」
「そうなのですね。」
「うん。特に君は、僕が予想したよりはるかに多くの魔法を作り出したり、廃れた魔法に気づいて復活させたりしてくれた。
剣技もそうだ。僕はデュラハンのところで修行するよう、仕向けたわけでもないからね。君がここまで魔力やスキルを成長させたのは、これまで君自身が一生懸命考えて、努力してきた成果だ。そのことを、誇っていい。」
「ありがとうございます。少し、心が軽くなりました。」
スーリアはおやつを食べて眠くなったのか、僕に甘えてきた。頭を撫でて、それから魔力の中に入れてやると、すぐに眠ってしまった。
「それから、今後起こりうるであろうこと…あくまで予測だが、それを伝えておこう。シンハも、よく聞いて欲しい。」
『…』
「おそらく、今後も邪神の使徒は現れ、君たちと対立することになるだろう。君たちならどんな危機にも、旨く対応し、困難に打ち勝ってくれると信じている。だが、もし邪神そのものが現れたら、その時は。今度こそ私自身が対応する。」
「…」
「レスリーたちに封印を依頼した頃は、世界中のあちこちで黒い靄が発生していた。魔族と人族の戦争や、黒魔術の流行、疫病の蔓延…。どこにでも黒い靄が発生する要因はあった。だから、私は疲弊し、反対に「あの子」の力は強まっていた。」
『…』
「レスリーやウルは、はじめから私の使徒として生まれた。それは確かに、私が強く望んだことだったからだ。そして、彼らは見事に私の願いを叶えてくれた。」
「それが邪神の再封印、だったのですね。」
「それだけではない。それより前に、彼らは世界中を旅している。各地の浄化と、各国の政権の安定を依頼したのだ。そして彼らはいつも、見事に依頼をこなしてくれたよ。」
周囲はのどかな風景だが、世界樹様の話は、深刻なものだ。
「次に「あの子」が現れたら、封印ではなく、永遠に葬る。私自身の手で。そう決めている。」
『だが、世界樹自身が下界で動くことは、世界の理に反することだろう。違うのか?』
と急にシンハが会話に入った。
「その通りだ。だからサキ。ひとつお願いがある。」
「なんでしょう。」
「「あの子」がきみたちの前に現れたら、その時私は、君に憑依する。そのことを許して欲しいのだ。」
憑依!?
すると、とたんにシンハがお座りの姿勢を止め、ぶわっと毛を膨らませて言った。
『憑依だと!?それはサキにとって、とてつもなく負担になる行為ではないのか!?神が人に宿る。取って代わるということだろう!?ダメだ!そんなこと、許せる訳がない!ガウ!』
「シンハ。落ち着いて。」
僕は世界樹様にくってかかるシンハの手綱を引き、なで回して落ち着かせようとした。
『だめだ。サキ、断れ!そんな提案、受け入れられる訳がなかろう!』
ガウガウと、シンハが吠えながら抗議する。
「わかったわかったから。シンハ。落ち着いて。頼むから。」
僕はひたすらシンハをなで回し、ぎゅっと抱きしめた。しばらくそうして、ようやくシンハは少し落ち着いてくれた。だがまだ低く、ウー、ウーっと不満げに殺気立って唸っている。
「世界樹様。憑依したのち、僕はどうなるのですか?」
「憑依中も意識はあるよ。ただし表には出てこないから、夢を見ているみたいな感じになる。
そして私が君の体を使い、私のできる限りの浄化や聖炎で「あの子」に引導を渡す。「あの子」は邪なる存在であっても神は神だ。神というものは、地脈で清めきることもできぬのだ。だから、存在を抹消するほかない。」
「…。」
「もちろん、事が成就したのちは、君の体も、精神も、魂も、もちろん記憶も、傷一つない状態で、君にお返しする。世界樹として、約束する。」
「…わかりました。そういうことなら、憑依の件、同意いたします。」
『サキ!』
「ありがとう。」
と世界樹様。
「シンハ、大丈夫だよ。もし世界樹様が僕に憑依しても、シンハはずっと、僕の傍に居てくれるんだろう?」
『当たり前だ!』
「うん。なら、いい。すごく安心できる。ありがとう。シンハ。」
『良くない!俺は認めんぞ!そんなこと!そんな危険なこと!ガウ!』
「ふふ。大丈夫、大丈夫。シンハが居れば、百人力、いや、百万人リキ!」
『お前はどうしてそう肝心な時に「軽い」んだ!まったく!憑依だぞ!乗っ取られるんだぞ!こいつに!』
「あ、また「こいつ」なんて。不敬だぞ。」
『ふけいもごけいもあるか!まったくもう!お前はっ!ガルル!』
とシンハが僕の手にかみつく。甘噛みだけど。
「あ、いたっ痛いなあ。嚙むんじゃない。手がなくなるだろう。」
「シンハ。約束する。サキは五体満足で、必ず君にお返しする。そう怒らないでほしいな。」
と世界樹様。
『俺は信じない。お前の言葉など、信じるものかっ!』
「あ、またそんな不敬なことを。じゃ、シンハ、その時はいっそのこと、お留守番してる?」
『なっ!ありえん!ガルル!!』
「あはは。だよねー。」
『だから、なんでお前はそう軽いんだ!』
「ふふ。ありがとう。僕の分も怒ってくれて。シンハだーいすき!チュ!」
『馬鹿!やめろ!ふざけるんじゃない!』
「ふふ。すみません。シンハがうるさくて。」