376 開かれた異空間
「ちょっと覗いてみる?」
『はー。まったく。どんな危険があるかも判らないのに。』
「えー。でもさあ、世界樹の本で開いた通路なんだから、そんなにやばいとは思えないんだけど。」
『お前はどうも危機感が薄いな。この通路に入ったら、こちら側に戻ってこれなくなるかもしれないんだぞ。』
「ああ。うん。そうだねえ。でも…大丈夫でしょ!なんか、そんな気がする。」
僕にはなんとなく、確信があった。もしかしたら、この光景は…いや、きっと…。
だって、なにより吹いている風や空気、日の光が、とても穏やかだ。
『…まあいいだろう。行くぞ。』
「あっとその前に。『シルル、シルル。応答せよ。』」
と僕はシルルに通信魔法で念話を送った。
「ゴシュジンさま?どうしました?」
「うん。これからちょっと『図書室』を探検してくるから。なるべく夕御飯までには帰りたいけど、駄目かもしれない。保存できるシチューでも作っておいて。ああ、時間までに帰らなかったら、悪いけど先に食べていてね。」
「え?『図書室』で探検??そんなにお時間がかかるのでしゅか?」
「ああ。うん。まあ、ちょっと予想外の広さがあったものだから。とにかく心配しないで。シンハと行ってくるから。あ、スーリアも一緒。また連絡する。じゃあね。」
「ああ、ゴシュジンさま?もしもーし。」
だが僕とシンハが扉の向こうに一歩進むと、もう念話は雑音が入り、すぐに途切れてしまった。
『違う空間に入ったのだな。』
「うん。ダンジョンと同じ、だよね。」
『まあそういうことだ。』
普通は、ダンジョンでも外の眷属と通信できる事が多いけどね。
空はいい天気。
ぴちゅちゅ…と小鳥が啼いて、蝶が飛び、ブウンと蜜蜂も飛んでいた。
そして、なだらかな大地は草原。その草原を少し歩き始める。
すると、扉ごしには見えていなかった風景が、霧か雲が晴れるかのように、次第に周囲がはっきりしてきた。そして、草原の先に、こんもりとした森が見えた。
そしてなによりも異様なのは、他の木々とはまったく違った大きさの、巨大な大樹!
それがこんもりとした森の中央にある。他の木々から突き出して天へと枝を広げており、その上は雲に隠れていて頂が見えない。
その大樹を見たとたん、僕はとたんに懐かしいなんとも言えない気持ちになった。
「もしかして。」
『あれが…。』
「やっぱり。世界樹だね。」
大樹からは何かが降っている。
花粉だろうか。
いや、光っている。光の粒だ。
光の粒が、雲間からゆっくりと降り注いでいる。
光の精霊かと思ったがどうも違う。
その光の粒は、世界樹から広がってゆっくりと落ちていき、自分たちのいる草原の上にも降り注いでいた。
ふと、目の前をかすめた光の粒を掌に受け取ってみる。
花粉のようなものが、光を帯びていて、それがやがて春の雪のようにすうっと消えた。
僕はこの光を知っている。
生物が死ぬと発する光の粒。
天へと昇る、魂のかけら?…。
だが、それとは少し違う。
それを受け続けている僕は、癒され、魔力も体力も上がってきたような気がする。
メニュー画面を出してゲージをみると、気のせいではなく、ごく微量ずつだが、魔力も体力も上昇中だった。しかも満タンにならず、少しずつだが魔力と体力の総量まで上がっているようだ。
「うわー。此処にいたら、きっと世界最強になれるよ。」
『そうかもしれんな。』
「シンハは、大丈夫?光の粒を受けて、痛いところとか、ない?」
『ないな。むしろ力がみなぎってくる。』
「あー。やっぱり。」
「この光の粒は、アレか?死んだら見える、魂の」
『どうだろう。ちょっと違う気がする。それより、生命力の粒、とでもいうのかな。浴びていると、力がみなぎってくる。』
「…魂のかけらではないのか?」
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。いずれにせよ、光の粒にあたれば、疲れも取れるし、いいことづくめだ。そこが地脈の光とは違う。」
『まったくだ。あれはじっと見てはいけない光だ。だがこれは違う。ずっと見ていてもいいし、食べてもいい。体に取り込めば、健康が維持され、気力が漲ってくる。そんな感じがするな。』
「そうだね。なんだか僕には、懐かしいよ。」
『まあ、お前は世界樹の子供、だろうからな。』
「そうか。まあ、そうかもしれないね。」
僕とシンハはしばし野原で世界樹から降り注いでくる光の粒のシャワーを、心地よく浴びながら世界樹へむかって歩く。
「妖精たちも、いっぱい。」
よく目をこらすと、光の妖精や風の妖精なども、キャッキャウフフと楽しげに飛んでいる。
スーリアが、我慢できずに妖精たちと飛び始めた。
キュッピイ!キュピ!
楽しそう。
ほわんとして、良い感じ。
んーなんか、いいな。のどかで。
ひなたぼっこしたい。お昼寝したい…。
『おい。顔がゆるんでるぞ。』
「えーだってぇ。なんか、いいじゃん。こういう感じ。」
『まったく。緩みすぎだ。』
「だいじょぶ、索敵はしてるから。あは。スーリア、楽しそう。」
と、そこへ。
「ん?」
僕とシンハが、索敵に引っかかった何かがいる方向を見ると、
「○×△◇○!」
何か叫びながら森からこちらに走ってくる二人のエルフ?の姿があった。
「×△!○◇○×!」
どうもシンハを見て驚いているような。いや、僕のこともかな?
「ねえ、シンハ、世界樹を守るエルフがいるって言ってたよね。ハイエルフの一部だよね?」
「ああ。」
「知り合い、いる?」
『いや。あやつらは知らぬな。』
「でも、なんだかシンハに驚いているみたいだけど。」
『いや、俺にはお前に驚いているようにみえるぞ。』
そうこうしているうちにも、ハイエルフたちはおそるおそる近づいてくる。
案の定、数メルの所まで来て、僕と目が合うと、心の中で「リィン!」となった。それも2回。どちらもハイエルフということだろう。
「○×△◇○?」
どうやら
「世界樹様にゆかりの方と神獣様たちでしょうか。」
と尋ねているようだ。
何故わかるかといえば、それは僕がチートとして神様から授かった言語能力だ。どんな言語も脳内で理解できる能力。
古代ハイエルフ語だ。あのデュラハン師匠が話していた言語だ。
「シンハが神獣というのはいいけど、どうして僕が世界樹にゆかりのある者だってわかるのかなあ。」
武器を手にしたまま二人がそろりと近づいてきたので、ガルル!とわざとシンハが唸った。するとハイエルフたちはとたんにおそれおののき、武器を投げ出し、膝をついて祈るポーズをした。
「シンハー。もうちょっと友好的になれないの?可哀相だよ。」
僕はなだめるようにシンハを撫でる。そして祈るハイエルフたちになんとか伝えてみる。
「えーと。はじめまして。こちらの神獣はフェンリルのシンハ。それと、スーリア。どちらも僕の眷属です。僕はサキ・ユグディリアと言います。たしかに僕は世界樹にゆかりのものです。僕の言葉、解りますか?」
僕がデュラハン師匠から学んだ(?)「古代ハイエルフ語」を駆使して、そう伝えてみた。
すると驚いたようにそのうちのひとりが答えた。若く見えるが落ち着いた感じのするイケメン青年だ。
「失礼しました。神獣様を眷属となさるとは。いったい貴方様は、何処の集落のハイエルフなのでしょうか。」
「あー。何処かはわかりません。僕がハイエルフらしいというのも、最近知りました。」
「そうなのですか。」




