370 冒険者ハンスの場合&消された魔法陣
幸せなハンスの幼少時代は、10年で終わった。
黒龍に村が襲われ、母は死んだ。
父は勇敢に戦ったが、相手が龍、しかも悪名高き黒龍では、さすがのデビル族でも無理だった…。
みなしごになった彼は、わずかに残った村人達とともに命からがら逃げた。
何日も恐ろしい森を彷徨ったが、川を下り、なんとかたどり着いたのがヴィルドだった。
冒険者の街、ヴィルドは、ハンスが何族かは気にしない。「獣人」というおおまかな枠組みでとらえ、強ければ冒険者にもなれた。
ヴィルドでは年齢をごまかして冒険者となり、他の冒険者の荷運びや、道路工事などで糊口をしのぐうち、いつしかランクも上がってDとなった。
依頼で王都にも行ったし、もっと東の、エルフの国にも行った。
それでも、やはりケルーディアのほうが暮らしやすいとわかった。
この国は獣人族の貴族もいるし、種族も多い。
自分が半分魔族だと、父が亡くなる前に教えてくれたが、魔族であることは隠せと言われていた。
敢えて言わなければ、勝手に周囲は山羊族だと思ってくれるので楽だし、冒険者登録も山羊族と書いて問題なかった。
この春、久々にヴィルドに戻ってきた。
たまたま護衛依頼があったからだ。
スタンピードに遭遇してしまったが、そのおかげでランクもBにあがった。
ハンスは当分、ヴィルドに居ようと思っている。
此処は俺の第二のふるさと。
ヴィルドが一番居心地がいい。
* * * * * *
「ねえ、シンハ。ヴィルドって、実は魔族や魔族のハーフ、それなりに居るよね。他の都市はどうなの?」
『此処よりは少ないだろうな。王都はまた別だろうがな。』
「あーやっぱり。」
『ふん。よく魔族がそれなりにいるとわかったな。』
「僕の能力があがって、鑑定しなくともはっきり解るようになったのは最近なんだ。魔力の「波動」がね。ちょっとだけ人間族や獣人族とは違う人達がいるとは思ってたんだ。でも、なんだか隠している感じもしていたし、この国は魔族にも寛容なはずだから、これまではなるべく気にしないようにしてたんだけどね。」
『ふむ。俺は匂いでわかるが、お前は「波動」か。』
「僕みたいに、魔族かどうかわかっちゃう人って、多いの?」
『…レスリーは、なんとなくわかっていた気がするが…。それ以外では聞いたことはない。』
「レスリーさんは例外だよね。世界樹の「使徒」だったわけだし。」
『まあな。いずれにせよ、本人たちが隠したいのなら、それはそれでいいだろう。人族の中でひっそり暮らしているなら、誰も傷つかぬ。』
「本当は、はっきり「自分は魔族です」と言っても、周囲の態度が変わらないのが一番いいんだけどねえ。…あ、そういえば、冒険者登録の時、「獣人」と書いても、魔族だって解っちゃうよね。あの石は結構優秀だもの。」
『カークあたりにきいてみたらどうだ?』
後日、向学のために、ということで、そのあたりのことをカークさんにさりげなく聞いてみた。
「それについては、サキ君がギルド職員になったら教えてあげますよ。」
とかわされた。
なるほど。わかっちゃうけど、きっと知らないフリをするんだな。
「あーその答えでなんとなくわかりました。もう聞きません。」
「ふふ。それが賢明ですね。世の中、何でも明らかにすればいいというものではないのです。特にそれで平和が保てるなら、それでいいじゃありませんか。」
「そうですね。ギルドが寛大で、僕も嬉しいです。」
「測定不可な人から言われると、ちょっと皮肉に聞こえますがね。」
「あははー。それも気にしないでください。」
今日もヴィルドの冒険者ギルドは、いたって平和である。
* * * * * * *
そんな平和な中で、西ザイツの森に1つだけ残した魔法陣の件で、情報が入ってきた。
見張りをお願いしていたクルックの仲間からのものだ。
黒いフードを被った男が一人、あの魔法陣を消して立ち去ったという。
小鳥たちには念のため隠微をいくつかの枝に纏わせ、そこからの見張りをお願いしていた。
そのため、黒フードの男は小鳥たちには気づかなかったらしいので、ちょっとほっとした。
あのあたりもそれなり浄化しておいたから、妖精達も飛んでいた。
だがその男が現れると、皆、怖がってさっと隠れたらしい。
あの魔法陣は周囲一帯に降らせた聖雨で無害化したから、僕が魔法陣を写した痕跡もないはずだ。
周囲が浄化されていたのを苦い顔で見渡しながら「此処もか。」とぶつぶつ言って、それから魔法陣を調べたのちに、魔法で消してテレポートで立ち去ったということだった。
きっと、僕たちに唯一見つからずに済んだらしい魔法陣さえも、聖雨で浄化されて再利用出来なくなった、という意味の「此処もか。」発言だったのだろう。
どんな奴なのかは、目撃したカッコウから直接イメージで伝えてもらったから、人相はわかった。
若くて中肉中背、金髪で目は灰色、そして鋭い目つきの男。
それなりイケメンだが、黒い靄を相当に纏っていたようで、妖精達だけでなく、小鳥たちにもそれが見えたらしい。
おそらく、こいつも邪神の関係者…最悪、別の「使徒」だろう。
邪神の脅威はひとまず去ったとはいえ、全く無くなったわけではないのだということを、実感させられた。
魔法陣が消されたのは、その数日後に冒険者ギルドによる調査が行われることになったせいもあるだろう。
案の定、ギルドの正式な調査は行われたが、僕が報告した以上の成果は得られなかったようだが。
僕が提出した魔法陣から、スタンピードの魔獣たちの多くは、余所のダンジョンや森から、テレポートで送られたものらしい、との結論を得たはずだが、そのあたりについては、公表されていない。
あくまでザイツの森の魔力だまりと未発見の古いダンジョンの複数から、「自然発生的に」スタンピードが発生したのだということになっている。そしてその元凶は古代龍のアンデッドであると。
魔獣の数が多かったのは、「古代龍が、アンデッドを含め、近隣の魔獣を操作して集めたせい」という見解が示された。
苦しい言い訳ではあるが、古代龍は未知の生命体ゆえ、どんな魔法が使えるかも誰も知らない。だからこそこんな言い訳も通るのだろう。
スタンピードが人工的に起こされたことや、「邪神」が関わった事件であることは、おそらく上層部のみが知る情報として秘されたのだと思う。
それだけ、「邪神」の存在は、この世界の人々には信じたくない凶事なのだろう。
魔法陣も消えてしまったので、小鳥たちの見張りはこれで終了とした。
協力してくれた子たちには、蜂蜜がけの干した果実や木の実をあげた。
今思うと、無垢な小鳥たちが、見つかって殺されなくて良かったと、つくづく思う。
誰かに何かを頼む事は、もっと慎重にしないといけないな。
屋敷の庭でひなたぼっこをしながらシンハをブラッシングする。
「このまま平和が続くといいな。」
ついつぶやいた僕の言葉に、シンハはぴくりと耳を動かしたが、そのまま寝たふりを続けるのだった。