364 使徒断罪
僕は、半分ケンタウロス、半分は目がたくさんある黒いスライムのようなそいつに、用心しながら近づく。もちろん、結界は10枚。
「お前のあるじは何者だ?」
すると半分のケンタウロスが苦しみながらもにやにやした。
「ふふ。教えると思うのか?お前のような未熟者に、「あの方」の名前を教える訳がないだろう。」
「…」
「もっとも、たかが人間には話したところで聞き取れもせんだろうよ。」
「さてそれはどうかな。試してみろよ。」
僕はわざと古語で言った。
「ほう。珍しく古語が使えるか。ならば試そう。御名は$&◇#様。」
僕には聞こえた。
「$&◇#、か。」
「む!何故聞き取れる!?何故だ!」
「さあね。僕にも解らないけど、はっきり聞こえたよ。$&◇#と。」
「ぐっ。危険だ。やはり貴様は危険過ぎる。死ねっ!!」
奴は半身が溶けたにもかかわらず、軽々と跳躍し、僕に斬りかかった!
その刃は禍々しい黒い靄に覆われている。
だが。
「出でませ聖剣!浄化!」
「レジスト!」
ブヒュ!
「ギャッ!」
ドサッ!
今度は結界に邪魔されずに腕を切り落とせた。奴のレジストが効かなかったのだ。
「腕が!腕がぁぁ!!」
亜空間収納から取りだした聖剣に、魔力を籠めながら斬ると、しっかり斬れた。
返す刃で直ちに残っている左右前足。
ガッ!バキッ!
「ギャ!」
前足を切られてどうっと倒れる魔人。
「な、何故だ。レジストが効かない!?グフゥ!!」
すぐにシンハが首元に牙を立てた。
「聖剣に付帯された浄化は、魔法ではなく聖剣がもともと持っているスキルと言うべきもの。いくらレジストしても、魔法ではないから、お前程度に無効化はできないということだろうな。」
ガルルル…
シンハが首元から離れない。
シンハをつかもうとする奴の溶けかけた左手も、僕が斬り飛ばす。
『サキ!浄化だ!』
かみついたままのシンハから念話が飛ぶ。
僕はぱっと飛び退って、さっと剣を杖に持ち替え、杖を横にして構える。
「イ・ハロヌ・セクエトー…禍々しき黒い靄を纏いし者よ。魂まで清められよ。浄化!」
ふわああっと心地良い風が吹いて、黒魔術の魔法陣は消え去り、光る浄化の陣に上書きされた。
GYAAAAAAAAAA!
苦悶の声が、周囲に響く。
ばたばたと苦しがってもがく魔人。
シンハは喉元にかみついたままだ。
そして、僕が聖炎と唱える前に、天から一条の光が魔人を貫き、奴は発火した。
GYAAAAAAA!!!!!
それはまさしく聖炎の炎だった。
僕が聖炎を出さなかったのは、この男がマンティコアのような根っからの死の魔獣ではないからだ。
あれだけのことをしたのだ。死刑は免れない。だが、ごく米粒ほどでも良心が残っていれば、きっと浄化の陣だけで昇天できるはず、と思ったからだ。
だが、あまりにも魂は穢れすぎていた。
おそらく、世界樹が判断したのだろう。
浄化は聖炎となり、男を焼いた。
もちろん、シンハは毛の1本も焼けていない。
男は燃え続け、シンハはかみつき続け…。
ようやく男の抵抗が消えた。
巨大化していた男の体も、人間の小ささに戻っていた。
だがシンハは牙をはずしたものの、そのまま燃える男を組み敷き続けた。
「シンハ。」
僕が呼ぶと、
ガウ!
と吠えてから、ようやく男から離れ僕の前に戻った。
念のため、シンハに浄化を籠めたクリーンをかけてあげる。
どす黒い血で汚れたシンハの口元は、何も無かったようにきれいになった。
浄化の陣にとらわれた男は、全身黒焦げだったが、まだ命があった。
「タスケ…テ」
半分の長さになった腕を上げ、救いを求める…。
僕はため息をひとつつき、
「聖雨」
と唱える。
もし浄化が終わっていれば、浄化の炎つまり聖炎で焼けただれた体は、この聖雨で再生するだろう。
だが。
優しい糸のような聖雨は、炎を消したが、そのまま男の体はぐずぐずと崩れ…黒い靄を纏ったままの、黒い粒がたくさん天へと昇っていく…。
これは世界樹の判断だろう。
僕では清めきれない者なのだ。
あとは地脈の中の地獄で清めるしかない。
おそらく、何百年もかかるだろう…。
男の体はほどなく、骨も残さずチリになった。
そして、虫食いの枯れた葉っぱが、最後に、聖雨の中で黒い炎をあげて燃え、消えた。
男が灰となり消えた場所や、奴の黒い血が飛び散った一帯を、僕はさらに浄化した。
うん。大丈夫。もうなにも禍々しきものはない。
僕は女の子とテッドさんのもとへと急ぎ戻る。
あいつを追う前に、とっさにヒールを飛ばして応急処置はしたつもりだが。
転移で戻ってみると、女の子は鞭打ち症状も僕のヒールで完治したようで、親元に戻されたという。
テッドさんは脳しんとうを起こしただけで無事だという。
今は詰所の救護室で眠っていた。
よかった。




