362 邪神の使徒
男は、馬に荷物をつけ、何食わぬ顔で南門を通過。
このまま王都に行くようだ。
「よう!サキ!早いなあ!」
テッドさんだった。
「しっ!気づかれちゃうよ。」
「!?」
だが遅かった。
僕の名前を聞いて、男はくるりと振り返る。
その憎悪に満ちた目。
ぞっとする。
これはイサクの時に似ている。いや、あの時以上だ。イサクの比ではない。
魂の奥底から禍々しき者…。
『浄化するか、殺すしかない。』
「!」
シンハが人間相手にそこまでいうなんて。
「…あの男か。サキが追跡しているのは。」
とテッドさんが戦士の目になった。
「ここではまずい。人が多すぎる。贄にされる。」
と僕が言う。
「贄、だと!?」
「どうした?おう、サキじゃないか。」
と隊長まで顔を出す。
どうしてこの守備隊は、トップ二人がいつも一緒にいるんだよう。
普通、戦力分散させるだろうに。
ああ、別の門には別部隊と、騎士も張り付いているのか。
「あ、まずい!結界!」
外スラムの女の子が、食べ物を売ろうと、男に走り寄ったのだ。
僕は咄嗟に結界を飛ばし、防いだ。だが
パリン!
結界を割られた。
そして、女の子は男に宙づりにむりやり馬に乗せられる。
「!てめえ!待て!」
テッドさんが追いすがろうとダッシュで走り出す。
初速度、ぱねえ。シンハ並みだ。
僕とシンハも遅れまいと走り出す。
「近づくな!さもないと、ガキの首、へし折るぞ!」
奴は本気だ。人を殺すことをなんとも思っちゃいない。
テッドさんも僕達も、足を止めざるをえない。
「子供は関係ねえだろう!離してやれ!」
「ふん。スラムのガキなど、お前らも居なくなった方がいいと思っているくせに。」
「ふざけるな!」
テッドさんが男とやりとりしている間に、僕はこっそり女の子の状態をサーチする。
男がすぐに離さないと、このままではあの子は窒息する。
一か八か。
僕は奴の腕だけ狙って、部分的に電撃した。
「(電撃!)」
「うっ!」
男の腕は痙攣し、女の子は地面に落下。そのまま気を失った。
「転移!」
すぐに女の子を転移で手元に引き寄せた。
すぐにヒールする。
「よくやった!あとは俺に任せろ!」
とテッドさんが二刀流の剣を構え、のしのし男に向かっていく。でも、なにか、来る!
「ダメ!テッドさん!…結界!」
男はなにか魔道具を取りだし、テッドさんに向けて発射。
テッドさんは攻撃を剣で受けようとしたが、
ズガアアアン!
そのまま後に吹っ飛ばされ、荷馬車に激突。
僕の結界がテッドさんを守る。
テッドさんは気を失っている。
すぐにテッドさんにもヒールを飛ばした。
魔道具は、魔石だった。
魔石にいろいろ陣を書いて、魔道具にしている。
おそらくエア・ボム系だろう。僕なら小石だが、なるほど魔石なら、魔力を持っているから発動しやすい。
「サキ・ユグディオ…。いずれ殺す!必ずな!」
というと、男は馬に鞭を入れた。
ダメだ。やはりここで奴を仕留めないと。
いずれ大きな災いとなってアイツは戻ってくる。
僕も決心が着いた。
僕達が走る。全速力で!
もう少しで追いつくというところで、
ピュッ!
毒針だ。
結界がそれを防ぐはず…だが
パリン!
「!?」
10枚の結界を、毒針は4枚割って突き刺さっていた。
針に魔力を込めたか。
「結界!」
10枚に張り直す。毒針はへし折りながら浄化。
ピュピュッ!
今度はシンハに。
シンハにも結界を施しているので、パリン!となったがやはり4枚でとまった。
馬に乗った男と、シンハに乗った僕が併走。魔剣を取り出す。
だが男は今度は魔石を取りだした。
また爆発か!?
「転移!」
「!?」
くそっ!転移された!
だがすぐに街道の先に見えた。
中距離の転移はできないのだろう。
おそらくなにかの「呪い」の状態異常で、魔力があまり使えないようだ。
僕達も転移。
「逃がさない。」
「フン!」
また奴が転移。
僕達も転移。
数回そうしていたが、男はさすがに転移を諦め、馬を止めた。
覚悟を決めたのだろう。馬から降りると、腰のナイフを抜いた。
魔力を帯びている。黒い魔力だ。おそらく呪いか毒が塗ってある。
また電撃しようとしたが、それは簡単にレジストされた。
結界ではなく、レジスト。
魔法を無にする古代魔法。
指輪か。
いろいろ魔道具で武装しているのだな。
「観念したらどうだ。お前がスタンピードを起こしたことは、わかっている。」
と言ってみた。
だが
「証拠があるのか?それとも証拠なしに俺を裁くと?世界樹の使徒がそんなことをしていいのか?」
世界樹の使徒?妙な言い方だ。
「証拠なら、すぐに見せてやる。イ・ハロヌ・セクエトー…レコード顕現!」
すると、男がこれまでしてきたことが、映像となって空中に現れた。
これは、ザイツの森調査で、「過去を視る」ことはできないかと思い、その後図書室やアカシックを探して見つけた魔法だ。
生命体の過去なら、過去を映像で見ることができる。普通の人には出来ない魔法だろうけれど。
「ほう。それくらいの魔法はできるのか。少しは見直したぞ。世界樹の使徒。」
「使徒、か。お前は邪神の使徒。そういうことか。」
「ふん!俺は「あの方」に気に入られている。だから俺は、絶対に死なない!お前を殺し、お前の寿命も奪ってやる!」
「寿命を奪う?」
「はっ!何も知らぬボウヤだな。世界樹はこんなガキを使徒にしているのか!ならばたやすい。この世は俺が支配する。いや、「あの方」が支配するのだ!世界樹を滅ぼしてな!その前に。お前の膨大な魔力を、いただこう。」
そういうと、これまでおとなしく男を乗せてきた馬に刃を突き立てた。
ヒィン!
「!」
馬が断末魔の悲鳴をあげる。
「そこで見ているがいい。本物の黒魔術を、見せてやる。」
そういうと、男と馬の下に陣が現れた。空中には黒い靄がとぐろを巻いている。
僕は咄嗟にシンハもろとも数メル転移で飛び退った。あれに巻き込まれたらこっちも贄にされる!そう咄嗟に思ったからだ。
そして男は魔石をばりばりと食べた。
すると、馬は消え、男はみるみる醜悪なケンタウロスの魔人になった!
「!!」
奴の魔力は爆発的に増えた。
『サキ!浄化だ!完全覚醒する前に浄化しろ!』
シンハがあせった声をあげる。
そして
ガウ!
と吠えると、シンハは風の刃を出しながら、突進し、跳躍する!
魔人は、ナイフを剣に大型化し、シンハの風の刃を捌いた。
だが、おそらく肉弾戦はド素人。
ようやっと2つ捌き、3つめの風の刃を捌きそこねた。
ギャ!!
と悲鳴を上げると、馬の胴体から黒い血を流す。
その一瞬後には、シンハが喉笛にかみついていた。
僕は俊足で奴に近づくと、シンハを刺そうとしているナイフ剣を持った右手を、切り飛ばさんと魔剣を振るう。と。
カキィン!
堅い音がして、部分的な結界で防がれた。
右足を狙う。
カキィン!
また防がれる。
くそっ!
カキィン!カキィン!
魔剣をナイフ剣で防がれた。
かなりの早さだったのに、魔族化したからだろう。
対応が早い。
だが、奴の魔力は「呪い」のため、枯渇状態だ。
続けていればきっと対応できないはずだ!
しかしこっちも待ってやるつもりはない。
腕を伸ばし、奴の顔面で
「ライト!」
「くっ」
まぶしさに怯んだところで
「かまいたち!」
パリン!ズガッ!ブヒュブヒュ!
今度は結界を切り裂いて風の刃が通った。
GYAA!
悲鳴を上げる魔人の右手を再度狙う。
ブヒュ!!
GYAAAAA!!!
剣を持ったままの右腕が、宙を舞った。
今だ!
「世界樹よ!我に力を!轟雷!」
ズガガガァァン!!
GUGYAAAAA!!
天からすさまじい雷が落ち、空気を震わし、奴を落雷が襲った!
だが…
『!サキ!空が割れたぞ!?』
「!?」
空から声が聞こえる。
『我が使徒よ。特別にお前に慈悲を与えよう。受け取るがよい。』
そして、割れた空から、黒い瘴気が、奴に向かった。