356 古龍の宝物庫
状況を整理してみよう。
おそらく母龍は、数千年前にさきほどの広間で息絶えた。
そして、化石化した古龍を発見した魔術師は、そこで大量の贄を使った黒魔術で、古龍をアンデッド化して召喚した。
スーリアは卵のまま、長く眠りについていたのだろう。
そして、母龍の召喚とともに偶然卵も呼び出された。
しかし、母によって安全なところ(おそらくサンクチュアリと呼ばれる、生き物でも入れる亜空間)に咄嗟に隠されたのだろう。
そして、悪い魔術師に知られることなく、奇跡的にスーリアは生まれた。
アンデッド化した母龍は再度黒魔術により、洗脳されてしまった。そして黒い靄をまとって、このダンジョンに転移させられた魔獣どもを追い立て、ヴィルドへの侵攻が始まった。
そう考えられる。
召喚後すぐに洗脳されたのではなく、数日くらい、この奥の空間で、親子で暮らしていたように思う。
卵がふ化したのは手前の広間ではなく奥だった。
それに、子供がいるとわかれば、スーリアも洗脳されるか、攫われるかしていたはずだ。
黒魔術師が、魔力の枯渇を回復してから、洗脳の儀式をしたのかもしれない。
なにしろ、古代龍を呼び出したのだ。相当な魔力が必要だったはず。
さらに、古代龍を洗脳したのだ。母龍も相当抵抗しただろう。
だから、これにもそれなりの魔力が必要だったはずだ。
そんな大儀式など、到底、普通の人間に何度もできることではない。
それにしても、古代龍を呼び出す魔法とは…。しかも相当の魔力持ち…。
そして、なぜヴィルドを狙ったのか。
疑問だらけだが、いずれにせよ僕たちの敵はとても手強いだろうということはわかる。
でも、此処には術者の気配はすでにない。
僕に過去を視る力でもあれば、なにかわかったかも知れないが、残念ながら過去に大魔法が使われたことまでしかわからない。
僕はそれでも、魔法陣の残骸を浄化して剥ぎ取り、安全を確認してから亜空間収納に回収した。
あとで解析できるといいが。
池を調べたが、『美味しい地底湖の水』としかわからなかった。これも5樽分ほど回収。
あとはもう、調べるところはないかな。
あ、そういえば母龍に、此処の宝はすべて僕にくれると言ってたっけ、と思い出した。
どこかに隠し扉があるはず…。
探知を始めると、最奥の広間の片隅、スーリアの卵の殻があった近くの壁が光り出した。
ぴきゅう。
スーリアが、ぱたぱたと飛んでその壁の前でホバリングする。
「スーリア?」
ぴきゅう!
と僕を呼ぶ。此処、此処と言っている感じで。
僕が壁に手を触れると、
ブオンと音をたてて、立派な扉が現れた。
解錠の呪文は、古龍が最期の時に、僕に教えてくれていたから知っていた。
「(…イルでっト○◇$&ヌーヴァろーさ#×△…)」
魔力をこめつつ小声で唱えると、魔法陣が一瞬現れ、扉が光った。そして、ゴゴゴゴ…と音を立てて、扉は開いた。
中は…
案の定、古龍の宝物庫だった!
スーリアは初めてではないようで、すいっと部屋に飛んで入っていく。
ライトボールを浮かせて中を見ると…うずたかく積まれた金貨の山。それから宝石、宝飾品。ミスリルやアダマンタイトの地金や、武器武具もあった。
保存の魔法がかかっていたのだろう。
いずれも全く朽ちていない。
「ひゅう。」
とグリューネは口笛を吹く。
「凄いわ。」
とトゥーリ。
『サキ。あの古龍が言っていたのはこれのことだな。』
「そうみたいだね。」
「あたし、金貨の山に埋もれて寝るの、初めて!」
とトゥーリは金貨の山に大の字になった。
「…でも堅くて、寝心地は悪いわね。」
贅沢な悩みだな。
きゃう!
と、スーリアもざくざくと金貨の山に潜り、ちょこんと首だけ出して遊んでいる。スーリアにとっては、光る砂場みたいな感覚なのだろう。
「ひゃー。きらきらの宝石もいっぱいだぁ!」
とグリューネも宝石を振りまいては頭から浴びてはしゃいでいる。
「欲しいなら」
と僕が言いかけると
「「いらない!!」」
と妖精たちは口をそろえて否定した。
「そうなの?」
「妖精にこういうのはね。遊び場としてならいいけど。」
「そ。悪い人が寄ってくるし。」
「それに、きらきらする石なら、いっぱい湖の傍とかに落ちてたじゃん。」
「うんうん。サキのお菓子のほうがいい!」
「オレも!」
きゃう!
おや、スーリアまで。
そういうものか。
『呪われた遺物はないか?』
「うーん。すぐにはわからないけど…。あからさまに黒い靄が出ているものは、ないかな。」
『それはよかった。此処にあるものは、すべてお前のものだからな。』
「う。たしかに古龍にはそう言われたけどさ。」
『これらはあのものが生前集めたもの。ということは数千年前の宝物だ。金貨を見てみろ。今とは模様も違うだろう。』
「…そうだね。見たことがない模様だ。それに、金貨の純度が異常に高い。ほぼ純金だ。」
『お前がすべて保管しておけ。じょうずに使うんだぞ。いいな。』
「え、でも…。いいのかなあ。」
こんなに多いとは思わなかった…。
『いいに決まっている。古龍がお前にと言ったのだ。第一、こんなものらを誰かに見せたら、また大変なことになるぞ。今度は軍隊が押し寄せる。これらを巡って、国どおしが争うだろう。』
「…。わかった。とりあえず、予定通り、スーリアの養育費ってことで。武器とか使えそうなものはありがたく使わせてもらおう。」
『ああ。とにかく収納しろ。金貨の1枚も残すなよ。面倒ごとは嫌いだ。』
「わ、わかったよ。」
本来スーリアが相続するはずだった財産だ。彼女が大人になるまで、基本的には保管しておこう。あ、ルース状態の宝石なら、スーリア用のアクセサリに加工してあげてもいいな。
などと楽しいことを考えつつ、古龍の宝をすべて回収し、宝物庫を出る。すると勝手に扉が閉まり、また何の変哲もない岩壁に戻った。
もう、スーリアや僕が触れても、扉は現れなかった。