355 ダンジョン調査
7階層の奥へと進む。
ここに来て、瘴気の名残を感じた。
「なんか、ヤバイ感じがビンビンするんだけど。」
とグリューネ。
「一応魔力に入っていて。」
「わ、わかった。」
グリューネとトゥーリが僕の魔力に入る。
「浄化。」
僕が奥の瘴気に向けて浄化する。
さああっと瘴気が晴れた。が、また少し、ぞむぞむと奥から瘴気があふれてくる感じだ。
だが、魔獣の気配は、ない。
索敵は精度が高い。
広間があった。
そこは
「!」
『これは…』
地面には、破壊された魔法陣。
すでに機能はしていない。だがそれでも瘴気だけがもやもやと湧き出てくる…。
『なんの魔法陣だ?わかるか?』
「…うん。これは転移の魔法陣だね。しかも出口特化型。」
『!なるほど。転移か!』
「うん。これは出口のみの転移魔法陣。一方通行だ。ここに大量の魔獣を次々転移させたんだろう。でも、残念ながら、肝心のところが壊されていて、どこから転移させたかまではわからないな。」
『至極残念だ。』
「そうだね。」
僕はそう受け答えしながらも、浄化を掛けた上で、魔法陣をさらに調べる。
すると、小さな黒い魔石が、壊れた陣の亀裂に見えた。
素手で触らぬようにしながら掘り出してみると、この魔石からまだもやもやと黒い靄がでている。血も付いていた。
『大丈夫か?』
「うん。僕は平気。結界しているから。」
さらに調べるため、浄化する前に結界越しに握りこむ。
すると魔石の過去がちらりと見えた。
それは1匹の吸血コウモリの魔石だった。どうやら、大規模な魔法に巻き込まれたらしい。転移してきたマンティコアにバリバリと喰われた記憶だけが残っていた。
偶然居合わせてしまったのだろう。
得られた情報は、今はそれだけだった。
浄化して哀れな魔石を亜空間収納に取り込む。
そういえば、僕は2万の魔獣の魔石を亜空間収納に取り込んでいたっけ。
もしかしたら、それを総合して解析すると、なにか情報が得られるかも知れないと思いついた。
浄化しても、強烈な思念は残っている可能性がある。
よし、あとでやってみよう。
そう思いながら、僕は目の前の転移魔法陣を地面から削り取った。そしてそのまま僕の亜空間収納に入れた。
この欠けた魔法陣も、時間をかければ、もう少し解析できるかもしれないと思ったからだ。
もちろん、魔法陣をいれても、機能停止しているし浄化もかけているので、亜空間収納内で魔法陣が悪さすることはない。
一通りその広間を調べ尽くしたうえで、さらに奥へ進む。
7階層の最奥。だだっ広い広間があった。
そしてがらんどうの広間の中央は、底が抜けたように大きな穴が開いていた。
僕たちは大穴の端まで行ってみる。
黒い靄がまだ立ち上っている。
「浄化。」
僕は穴に向かって浄化をした。
すると、靄は消え、覚えのある気配がした。
「スーリアの母上の気配がする。」
『ああ。どうやらこのダンジョンの終着階、地下7階のさらに下に、古い洞窟があったのだろう。』
「うん。二重いや、三重底だったわけだね。…魔物の気配は無いな。降りてみよう。」
『ああ。気をつけろよ。』
ゆっくりと、飛行魔法で皆と一緒に底まで降りてみる。
そこは上の7階層の広間よりさらに大きな空間だった。
石筍のような柱がいくつもあって、それが天井を支えている感じだ。
浄化したものの、穴の真下だった広間中央の地面には、なにかの魔法陣の残骸と、黒変した血液がこびりついていた。
その量は相当だ。
「浄化。」
僕は再度そこを浄化した。
「ふう。ようやく俺たちがいられる空間になったぜ。」
僕の魔力に避難していたグリューネとトゥーリが顔を出す。
「こんな儀式なんかしなければ、結構綺麗な空間だったでしょうに。」
とトゥーリ。
たしかに。
まがまがしさが消えると、天然の洞窟という感じだ。
ほのかに明るいのはヒカリゴケのせいか。
水のにおいもする。
どうやらどこかに地底湖もあるようだ。
すると、それまで眠って居たスーリアが、なにかを感じたのだろう。
起きて魔力から出てきた。
すんすんと周囲のにおいを嗅いで、きゅいと啼いた。
そして、シンハの前をついいっと飛び始めた。
「あ。スーリア。」
意外に速度が速い。
僕たちも急ぎあとを追う。
柱をいくつも過ぎると、ほどなく最奥に達した。
そこはまた別の広間だ。行き止まりで、下に通じる階段もない。
片隅に大きめの池があり、こぽこぽと、清水が湧いていて、どこかに流れて行っているようだ。周囲はヒカリゴケが生えていて、ほんのりと明るかった。
この階層は、とても自然な感じがする。どこかで外とつながっているのか、新鮮な風も吹いていた。
広間の中央で、スーリアがうろうろ飛びながらきゅうきゅうと啼いている。
『どうやらここが、古龍の居た場所のようだな。』
「そのようだね。」
気配でわかった。
きゅいい。
と悲しげにスーリアが啼いて、地面にぺたりと座り、体をこすりつけた。まるで、母のにおいを我が身につけようとするかのように。
きっとスーリアが生まれた時、すでに母龍は、僕達も見た骨だけの姿だったのだろうけれど…。
それでもスーリアにとっては母だ。
きゅうう。
母はもう居ないと、わかっているのだろう。悲しげな声を出した。
僕はスーリアを抱きあげ、撫でた。
「スーリア。僕もシンハも、親は居ないんだ。スーリアと同じだよ。」
きゅう?
「おいらたちも同じだよ。妖精にはもともと親なんかいないけどさ!あはは。」
「そう言えばそうね。」
とグリューネとトゥーリが明るく言った。
「なるほど。そうか。」
と僕。
「そそ。スーリアにはサキもシンハも、俺たちもいる。シルルだっている。だから、寂しくないぞ。」
「そうよ。これからいっぱい、楽しいことや、素敵なことがあるわ。泣かないで。」
そう言われて、スーリアも明るい気持ちになったようだ。
きゅい。
と啼いて、僕に甘え頬ずりした。かわいい。
スーリアも気分が明るくなった。
僕はスーリアを抱っこしたまま、この広場を一通り巡る。水辺近くに、スーリアが入っていたらしい、半ば化石化した卵の殻があった。僕は記念に、それを回収した。
それから、その卵のまわりに大きな足跡とスーリアのらしき小さな足跡、そして母龍のしっぽがぶち当たったような岩の割れたあとなどがあった。
けれどもう、あとは本当に何も、龍の親子が居た形跡はなかった。