353 森の王様の心配と、足踏みミシンのこと
シンハが相談だという。
「ん?どうかした?」
『俺は、あのスタンピードの発生の場所が気になる。』
「発生場所…あー、僕もダヨ。」
コーネリア様も入れた打ち上げの時、話題になったが、ザイツ地方の「はじまりの森」は管理が行き届いておらず、魔力だまりが多くて、そこからやってきたのでは、ということだった。
だが、3万もの魔獣というのは、たしかに多すぎる。
ギルド長らも不審に思っている。近々、あらためて原因調査をする予定と聞いてはいる。ただ、今は襲来した魔獣があまりに多く、またザイツの森の様子がまったくわからないので、調査隊をいつどのくらいの人員で派遣するか、本部と協議しているとのことだった。
本来は王領西ザイツの冒険者ギルドの管轄の仕事でもあるからな。
『森にいた魔獣を総動員したとしても、3万は多すぎる。だからダンジョンからあふれたと考えるのが妥当ではある。だが、それでも多いと、俺は思うのだ。』
「ふむ。」
『それに、あそこにあるダンジョンは貧弱なものだったはず。
ヴィルドにある「ジオのダンジョン」規模の深さと大きさでも、3万は多すぎる。
複数のダンジョンがあらたに発生して、そこからやってきたと思えるくらい、多いのだ。』
「なるほど。複数のダンジョン、か。…で、森の王様のシンハとしては、ザイツの森を一刻も早く調査したいと。」
『そのとおりだ。…実は、お前を連れて行かないということも考えた。だが、もしダンジョンに人の手が加えられていたとすれば、魔法に詳しいお前がいた方が、もっとはっきり原因がわかるのではないかと思うのだ。』
「まずは、僕を置いてけぼりにしないでくれて、ありがとう。で、シンハとしては、一刻も早く原因を確かめないと、不味い気がする、ということだね。」
『ああ。本当は今日にでも行きたかった。だが、お前も今回はかなり魔力を使い疲弊していた。薬を作るというから、待っていたのだ。』
「わかった。待っていてくれてありがとう。じゃあ、明日の朝、さっそく出発しよう。」
『大丈夫か?』
「体調のこと?それは大丈夫。」
と話していると
「俺たちも、行くよ。」
とそれまで黙っておねむなスーリアを撫でてくれていたグリューネが言った。
「森に行くんだろ?だったらおいらの管轄だ。役に立てると思う。」
「私も行くわ。グリューネだけじゃ、危なっかしくて見ていられないもの。」
とトゥーリ。
「遊びに行くんじゃないんだぞ。」
とグリューネ。
「だからこそよ。」
まったく。君たちは相変わらず、口ではけんか腰なんだな。仲良しのくせに。
「ありがとう。でも、これから行く森は、瘴気が濃いかもしれないんだ。妖精を連れていくのはちょっと。」
「どうしてもヤバイ時は、サキの魔力に溶けていればいいじゃん。アドバイスはできるからさ。」
「それに、魔獣を攻撃するなら、手伝えるわ。」
「…。(シンハ、連れて行ってもいいかな。)」
『(まあ大丈夫だろう。こいつらなら、逃げ足は早そうだしな。)』
「わかった。一緒に行こう。」
「やった!」
「うふふ。冒険ね!」
「あー、そのかわり、僕とシンハの言うことをよく聞くこと。安全第一。勝手に行動しないこと。いいね。」
「「はーい!」」
スーリアはよく眠るから、僕の魔力にいれておけば安全だし。
『ギルドには言わなくていいのか?』
「言った方がいい?言えば、絶対ソロで行くなと言われるよ。」
『むう。』
「ふふ。冒険者の行動は基本自由だもの。必要なら、出発してから連絡しよう。」
『あとで怒られるぞ。』
「僕としては、シンハの依頼が最優先。ふふ。」
ということで、僕たちはさっそく明日早朝にザイツの森の調査に行くことにした。
いろいろ考えて、今回はこっそり出発だ。
いや、「今回も」、かな。
町の結界は、今は非常事態でかなり分厚いものが張られている。特に東門側は。
警戒態勢も、東門と北門は手厚い。
警備隊だけでなく、近衛騎士達も出張っている。
それに、まだ北の森も安全が保障できないということで、ダンジョンもあと3日は閉鎖とのことだ。
その日の夕方遅く、魔蜂のシェリーから連絡が入った。
北の森に入った魔獣たちについては、シェリーの部下たちが、風や他の妖精たちとも連携してすべて退治したそうだ。
なんでも、打ち漏らしたゴブリンメイジや魔猪などが少数彷徨っていて、そいつらを探して討つのにちょっとだけ時間が掛かったらしい。
味方の被害は軽微で、死亡ゼロ。負傷は僕が供給しておいたポーションで間に合ったそうだ。
魔獣肉がたっぷり確保できたと、喜んでいた。
以前、メーリアと土のグラントに手伝ってもらって、保存魔法付き氷室を作ってあげていたので、そこに肉は長期保管できるようになっている。ちなみにビーネ様とツェル様のところにも欲しいと言われて、作ってある。
翌早朝。
「いってらっしゃいませ!」
家妖精のシルルは、お留守番だ。
戦闘には向かないとわかっているからだろう。
僕たちの昼用のお弁当を作ってくれて、笑顔で見送ってくれた。
シルルはあまり僕達と一緒にいることにこだわらない。いざとなれば、いつでも僕が召喚できるし、僕と一緒なら遠出もできる。だが、戦闘は苦手だから、同行しようとは思わないようで。
もちろん、僕達が元気で帰れば喜ぶし、森の奥やメーリアのいる湖に行くのは喜ぶが。
家妖精だからか、家の仕事をするのが楽しいらしい。
最近は、薬草のお世話もお願いしちゃっていて、グラント達とも仲良しだ。
レトロな足踏みミシンを作って使い方を教えたら、可愛い鍋つかみとか替えのエプロンなんかも自分で作り始めた。
できた物には僕がいろいろ付与魔法を施してあげている。
鍋つかみには熱遮断とか、エプロンには防汚や身を守る結界とかね。
最近は、自分の下着やブラウス、スカートまで、作っているようだ。
ユーゲント辺境伯領に行った時、僕が冬用の下着とかも含めて作ってあげたが、それが結構恥ずかしかったらしい。
あまり気にしないでほしいのにな。
足踏みミシンは、足で踏んで動かすわけだが、補助に魔石も使っている。
スムースに動かすためと、ジグザグやまつり縫い、連続模様やイニシアルの刺繍など、複雑な縫い方をするためだ。
魔石のみで動くミシンだと、大きな魔石が必要になるし、文明の発展を考えると、まずは足踏みミシンだろう。
ミシンは、いずれは特許を取らないといけないものだろうが、今のところは僕とシルル、そしてアラクネ女王のツェル様たちだけが使えればいい。
なお、僕のは同じく足踏みだけれど、自分の魔力を魔石に込めてから使うタイプ。僕の場合、亜空間収納内でもミシン掛けと同じ事ができるので、現実世界で自ら足踏みミシンを使う時は、複雑なミシン掛けの時用みたいになっている。
まだアラクネさんたちには、お試しでツェル様用しかお渡しできていない。
1台ずつ僕の手作りだからね。しかたがない。
でも、きっとレジさんに僕の貴族服の縫製をみられたら、絶対食いつく。
縫い目が特殊だからだ。そうなったら、特許を取るしかないだろうなあ…。
ミシン開発で一番苦労したのは、下糸のボビンケースだった。
うまく上糸と絡むようにするのに、アカシックレコードがなかったら、ボビンケースの構造を手探りで開発せねばならず、かなり大変だったと思う。
シルルとは、今度また新作お菓子でも一緒に作ろう。
僕達と一緒に家事をしている時が、一番幸せみたいだし。




