352 お薬を作ろう!
僕は帰る前に、カークさんとケリスさんに、昨日シンハ相手に話した、真犯人はとんでもなく魔力が多い魔人かも、という説を伝えた。
カークさんは眉間に皺を寄せて
「確かに。言われてみると、今まで棚上げしていたあの毒針の狼や、やたらと強く賢かったゴブリンキング、今回のゴブリンメイジなんかも気になりますね。」
ケリスさんも
「僕もあの時は黒魔術が得意な魔人かも、とちらと思ったんだった。魔法的な手術とか生命体の合成とかが得意な奴ね。いろいろあって忘れていた。」
と言った。
うん?ケリスさんの言葉がなぜか頭に残ったが、一瞬で思考が通り過ぎていった。
「まだこのことは仮説に過ぎません。でも、頭の隅にでも置いといていただければと。」
「このことは辺境伯には?」
「これからです。一応手紙にしたためました。」
これもハピにお願いするつもりだ。
二人と別れて、いざハピを呼ぼうとして、はっと気づいた。
「あ!もしかして、あれもか!?」
僕はあわてて路地に入り、その場でもう一度手紙を二通書いた。
一通はコーネリア様へ。もう一通はカークさんとケリスさんへ連名で。
ハピとクルックにそれぞれお願いする。
『何を書いたんだ?』
「「龍のアギト」事件でさ、カークさんに退治されたはずの酔人フロイドが、アンデッドとしてよみがえって、強力な火の魔人になってただろ?
その時「死なない体をもらった」とか言ってた。
それから賞金首のサモン・ドラーティを吸収した魔人ゼベルウル。
あいつはサモンを食ったと言っていたけど、食っただけではああならないよね。あれも誰かに黒魔術的なことをされて、サモンを体に植えこまれたのかもって。
さっきケリスさんが『魔法的な手術とか生命体の合成とかが得意な奴』って言ったでしょ。なんか引っかかったんだよね。
もしかしたら、今回大量に出たマンティコアや、酔人フロイド、魔王ゼベルウルとかも、誰かにそういう魔法的な手術をさせたか、されたのかもって思ったんだ。
つまり、狂人的な科学者…魔術師とか錬金術師とかだね。単なるヒラメキだけどね。」
『ふむ。なるほどな。お前はいつもぼおっとしているが、時々鋭く閃くのだな。偉いぞ。』
「ぼおっとって…。なんか心から喜べないけどありがとう。」
さて。僕たちは冒険者ギルドを出ると、食糧などを少し買い足して、家に戻った。
シルルに
「しばらく1階の調合室に籠もるから、夕食になったら知らせてね。」
と伝える。
1階の調合室は、奥庭に面した元客間だ。その部屋はベランダがあって、そこから奥庭の薬草畑にすぐ出られるようになっている。
時折、土の一番くんグラントたちが、シルルと一緒にお世話してくれている。
グラントや土の妖精たちは本当に働き者だ。
森の奥の畑も、僕がなかなか行けないのに、彼らが一生懸命作物を作ってくれている。
最近では、ユーゲンティアに賜った屋敷の庭も、グラントの部下たちがお世話してくれている。
メーリアやグリューネたちが言うには、何処の土地であろうと、土の精たちにとって、僕の土地のお世話をするのは遊びながらで楽しいんだから、大丈夫、とのことだけど。
この奥庭は居間の隣なので、シンハの運動場にしている芝生の広場も見える部屋だ。
部屋の前の庭は、適度に木陰もあるので、シンハも気に入っている。
グリューネやトゥーリなど妖精達も気に入っていて、遊びにやってくる庭だ。
今日は庭に遊びに来ていたグリューネとトゥーリに、新薬を作る実験に付き合ってもらうことにした。
トゥーリは火妖精だけれど、森のことは良く知っていて、時折よいアドバイスをくれるんだ。
この二人を一緒にしておけば、グリューネも暴走しないし…。
僕はシンハにスーリアのお守りを頼んだ。この庭でなら、二匹はのびのび過ごせるからだ。
スーリアも、邸内で作業している僕が見えるので、安心らしい。薬草畑で毒草を食べては困るので、一応結界はした上で、スーリアを庭に出した。
今はなんにでも興味を持つ時期。
キュピ、キュピ。と何か歌いながら、アリの行列でも見ているのか、時折小首をかしげてヨチヨチ歩いている。まじ可愛い。
シンハも、寝たふりしながら子守をしてくれている。
ちょうどコマドリのロビンのいとことコウモリのハピが来たので、ついでに子守をお願いする。
スーリアは新しい友達に、興味津々だ。
シンハがスーリアの毛繕いをしてあげながら、二人を紹介しているようだ。ふふ。
ああ!あの輪に入ってじゃれあいたい!でも今はお薬つくらないと!
「サキー。なに手をワキワキさせてんの?お薬、作るよー。」
冷たい視線でグリューネに睨まれた。
「う。グリューネにまで言われてしまった…。」
「ふふ。グリューネに言われてちゃ、サキもダメダメね。」
「ぐふ。すみません。」
トゥーリにさらにぐっさり言われた。
「どーゆー意味。」
とグリューネだけがふてくされていた。
アカシックレコードによれば、最も単純な解毒剤は、毒の原料となるカズライシマメの果肉から作るのが定番らしい。しかしそれは東方の国にしか生息していないから作れない。
ほかの材料で同等以上の効果がでる薬を作らねばならない。
用意した魔羊皮紙に浄化の魔法陣を念写で描く。そしてその上にきれいに洗ったメルティアや他の薬草、すでにできあがった中級ポーション、あるいはエリクサーとかを一緒に置いて、薬を生成する実験を行なった。それらの効果は賢い鑑定さん(アカシックさん)にお願いする。
完成品のエリクサーを用いた場合には、すでに浄化成分も含まれているため変化はなかった。
浄化の魔法陣を描いた魔羊皮紙上で、メルティアなどから上級ポーションを作った時が、解呪効果が高いことがわかった。だがこれは解毒という意味では少し心許ない。
そこで、グリューネからアドバイスをもらいながら試行錯誤し、メルティアにラス・ペイネ草、ドクトゲソウの果肉部分、そして媚薬や麻酔薬に使用されるサーモス茸を、浄化の魔法陣の上で調合したものが、最も効果が高いことがわかった。
さらに、使用する魔素水の魔素量が多いほど効果が出ることもわかった。
なお、毒針魔狼の毒針は、ストリキニーネ系ではなくトリカブト系だが、これも同じ解毒剤で効果があった。
毒針魔狼の毒については、これまでは半ば強引に、ハイヒールと浄化で治せる、というのはわかっていたが、毒針魔狼の毒に特化した解毒剤となるとできなくて、万能ポーションである特製中級ポーションなら治せる、というところまでしかできなかった。
だが、最近僕の地力があがって、アカシックレコード相手に詳しく毒針魔狼を分析することができた。
その結果、毒針魔狼のDNAは魔狼とハリネズミとの掛け合わせで、かつ毒針部分にはトリカブトのDNAが埋め込まれていた。そして風魔法を使って毒針を飛ばしていたようだ。
各DNAを融合するのに黒魔術を使用しており、呪いと瘴気も纏っていた。
敵は相当に「掛け合わせ」を研究している。しかも相当な魔力持ちで、かつ古代黒魔法にも精通している。
かなり手強い敵とみるべきだろう。
「フム。一応方向性にメドがたったな。」
と独り言を言っていると、おねむなスーリアを乗せたシンハが庭から入ってきた。
『もうできたのか。』
「あ、シンハ。まあね。あとはこれらの成分の微調整だね。」
『まったく。お前は本当に節操なしだな。』
「え、どうしてさ。」
手伝ってくれたグリューネたちにおやつをあげながらそう訊ねる。
『あのな。「ちょっとやってみる」、で新しい薬ができるなら、薬師は苦労しないだろうが。』
「あ、そういう意味ね。」
『まったく。お前の非常識には呆れる。』
「そうそう。サキは非常識。」
「それには同意するわ。」
グリューネにトゥーリまで。新作チョコチップ入りスコーンを食べながら言うもんじゃない。あげないぞ。
「いいじゃん。特効薬が早くて安く作れるなら。」
『まあそうだが。お前以外の普通の人間にも作れる薬なんだろうな。』
「もちろん!…といいたいところだけど…浄化の魔法陣って、普通にあるよね。ないかなあ。
あとは…魔素水?これは人によって純度まちまちみたいだねえ。
あとは…ああ、メルティア。これ、森の奥産だな。
うう。作り手によっては効果にばらつきがでそうだなあ。」
『ほら見ろ。言わんこっちゃない。ちゃんとカークたちに検証してもらうんだぞ。』
「はあーい。(まったく。シンハはなんでそうよく気づくかなあ。人間みたいに。いや、人間以上だ。)」
『それよりサキ。相談がある。』
シンハが珍しくそう言った。
また恐いこと、言い出さないでよ。




