342 エイプからの情報
「2つの首輪は、できればコーネリア様にもご覧いただいてみてください。なにかわかるかも知れません。」
「そうだな。これは辺境伯邸になるべく早く運んだ方がいいだろう。」
「私が運ぼう。マジックバッグに入れれば、安全だろう。」
とカークさん。
「ケリスにもみせたいから、ギルド経由になるが。それでいいですか?」
「うむ。」
と皆が同意。
「ではテッド。俺は謹慎の身だから、お前も護衛で一緒に領主邸まで行け。」
と隊長。
「了解。」
とテッドさん。でも、謹慎という言葉が不満そうだった。
僕が証拠(首輪)を持っていたことは、咎められないようだった。日本だったら罪に問われたかもだが。
「今回、エイプを捉えて此処の牢に入れていたことは、関係した兵士達にも箝口令を敷いていた。一般人がやったとは思いにくいが。」
と隊長。
「でもスタンピードで多くの冒険者や義勇兵も出入りしていましたし、辺境伯直属の騎士達もいました。物資の関係で商人もホールまでは出入りしてますし。」
とカークさん。
「僕も此処の牢に入れるまで、特に周囲の目を気にしませんでしたからね。たまたま居合わせたいろんな人たちに、でかい麻袋でなにか運んでいるというのを、目撃されちゃってたと思います。」
と僕も答えた。
「犯人を特定するのはかなり難しいだろうな。」
「ところで、こうした吹き矢はよく使われるのですか?特に『闇を照らす杖』はどうなのでしょう?」
と僕は皆に尋ねた。
「少なくとも、俺にはほとんど情報がない。…そういえば盗賊団の一部が、昔こういうやつを得意としていたな。」
とギルド長。
「かなり前だな。『デラメル族』という東の地方民族が、吹き矢を使うということ…でしたよね。隊長。」
とテッドさん。
「ああ。壊滅した盗賊団にも、そのデラメル族がいたということは覚えている。」
「たしか…10年くらい前か。」
とギルド長。
「そうでしたね。」
とカークさん。
また「10年前」、か。ちょっとひっかかる。それは皆もそうらしい。
「例の組織も10年前に壊滅させたんだったよな。」
「「…」」
「御領主様なら我々とはまた別の情報をお持ちかもしれんな。」
「ええ。」
ということで、ここでの検分は終わりとなった。
「このエイプ、どうします?」
と聞くと
「もう得るものがなければ処分だな。」
「じゃあ、僕、もらっても良いですか?」
「どうするんだ?食ってもまずいぞ。」
とテッドさん。
「毒殺されたのなんて食べませんよ。」
まったく。テッドさんったら。
ギルド長がケネス隊長を見る。
「こちらとしては、調書はもう取りましたので、特には。」
と言ったので、
「もともとサキが捉えた魔獣だ。好きにしろ。」
とギルド長が言った。ギルド長が今回のスタンピードの総攻撃責任者だしね。ああ、その上に総責任者の辺境伯がいるけど。魔物の処理についてはすべてギルド長に任せていたようだし。
「ありがとうございます。」
僕は皆さんの気が変わらないうちにさっさと亜空間収納に入れた。
「解体するなら付き合うぞ。」
とカークさん。なるほど。医学的解剖の意味で、僕が何をするか興味あるということだ。きっと。
「その時にはお声がけしますね。」
とさりげなく言っておいた。
僕は解剖よりも、亜空間収納に取り込むことがまず目的だった。
そうすることで、得られる情報があるからだ。
毒がなにか、どれだけの分量投与されたか、などを断定できるし、いつ、投与からどれくらいの時間で死に至ったかもわかる。
それから、生前、どうやってエイプが操られていたのかがわかる場合もある。
たとえば、何か薬物を投与されて、洗脳されていたのかどうか、とか。
死体なので、思考を読み取ってということは出来ないけど、薬物投与なら多少わかるかもしれない、と思ったのだ。
おそらく、首輪の魔法陣のせいだが。
薬物の関与も調べた方がいいだろう。
なにしろ、エイプたちは毒矢を扱い、ワイバーンにも乗っていた。
僕はエイプたちが上位魔獣たちを操ってヴィルドへ連れてきたと予想している。
その検証のための捕獲だったのだ。
暗殺されたのはとても残念だが、それでも死体から得られる最大の情報は得ないと。
『ストリキニーネ系致死毒と、興奮剤アンフェタミン系薬物を投与されている。』
と鑑定さん(アカシック)がただちに教えてくれた。
ストリキニーネは毒矢によるものか?とさらにアカシックに問うと、
『しかり。直接の死因である。なお、興奮剤の最終投与は、約30時間前に行われた模様。』
やはり。目的を遂行するために、エイプには魔法で従属させるだけでなく、薬物まで投与していたんだな。
そして、猛毒の毒矢で殺された…。
アカシックさんは、さらに詳しく解析し、興奮剤について、どの「毒草」がどれだけの分量投与されたのかも教えてくれた。それは、西ザイツ平原からヴィルドに到達してもなお、さらに48時間くらいは楽勝で馬車馬の如く働き続けられるほどの量であり、致死量の一歩手前ともいえた。
魔獣といえど、使い捨てにするのが最初からの計画だったのかと思うと、ものすごく腹が立った。
我々はいったんそこで解散となった。
なお、ケネス隊長はとても律儀で、今回の守備隊の失態について、街の守備隊を管理するコーネリア様にお伺いをたて、自分がそれなりの処分を受けるつもりだという。
それに対し、ギルド長は、スタンピードでの活躍や、ケネス隊長のこれまでの多数の功績を書き上げて、嘆願するようだ。
何度も、気にするな、大丈夫だ、とケネス隊長に言っていた。
むしろ、今回特殊なエイプを捕獲していたことや牢内で死亡したことは、最初から機密性の高い案件だったので、これ以上一般人に知られないよう、引き続き箝口令を敷いておくようクギを刺していた。
その後、念のためエイプのいた牢屋を調べたが、魔力の残滓も含め、特に得られる情報はなかった。
また、ギルド長がすぐに指示して、死んだほかのエイプの死体や首輪を回収できないか試みた。数体だけようやく見つけたが、首輪はなぜかすべて、すでになかった。だから、首輪は結局、僕が保管していたもの以外は、ひとつも回収できないという結果となった。まるで最初からなかったかのように、消えたのである。
ということは、スタンピード直後に、誰かが首輪をすべてテレポートさせたか、エイプが死ぬと首輪が消滅するような魔法を仕組んでいたことになる。
僕はこのエイプを捕獲してすぐに、首輪を外して亜空間収納に入れたから、テレポート魔法とかが効かなかったと考えられる。
テレポート魔法や遠隔で首輪を破壊する魔法が使えるとなれば、犯人は、相当の魔術師だろう。
そして、犯人にとっては回収または破壊すべきと考えるほど、エイプの首輪は重要な意味があったのだろう。