341 消された証拠
「だがまだ疑問は残る。たとえば、何故魔物をヴィルド近くの森ではなく、旧ザイツから引っ張ってきたのか。そしてその方法は?」
とギルド長。
「あくまで推察ですが、最近、ヴィルドのダンジョンではサキ君が大活躍で、魔獣が漏れるおそれはないですよね。」
とカークさん。
「ああ、なるほど。」
とギルド長は言うが、僕は腑に落ちない。
「?」
「スタンピードは強い魔獣に追われるか、魔力だまりからあふれるかだ。だが、サキとシンハの大活躍で、その懸念は微塵もない。仮に計画していたとしても、失敗に終わっただろう。大量の魔物、強い魔物が、もう狩り尽くされていたのだからな。
だが、ザイツ地方なら、まだまだ旧ザイツ王国の不始末のせいで、魔獣がいっぱいだ。王国になってかなり間引きをしたのだろうが、此処の森よりはるかに多くの魔獣を得られる。魔力だまりもまだまだ多いだろう。」
「そうですね。…ではどうやって此処までザイツから引っ張れたのでしょう。」
とカークさん。
「我々の知らない魔法かなにか…。」
「僕は、そのカギは捉えたエイプが持っていると思っています。」
と僕は言った。
「ああ、あのエイプか。」
「はい。今回、エイプは毒矢を使っていました。他のエイプもそうです。エイプってふつう毒矢が使えるものなんですか?」
「いや、ありえん。聞いたことがない。」
「今思うと、エイプは強い魔獣に乗ったり、傍にいたりしていたように思います。ワイバーンにも騎乗していたんですよ。」
「それはますますありえんな。ワイバーンに乗るなんて。」
「ですよねえ。それで違和感を感じたんです。」
「なるほど。ではあのエイプをさっそく尋問するか。…だがいったいどうやって…」
とギルド長。僕も、エイプと意思疎通はどうするかと思った時。カークさんが、
「サキ君の『念話』か、シンハ「様」なら可能なのでは?」
と言われてしまった。シンハ「様」ね。もう聖獣確定の呼び方だよねそれ。
「うーん。シンハ「様」、できそう?」
とわざと声に出して訊ねる。だってもう、『念話』スキルもばれてるもんね。
『詳細を聞き取るのは難しいが、映像。お前のいう『イメージ』なら得られるのではないか?』
「ああ、なるほど。イメージね。」
「?」
「詳細は無理でも、うまくいけば…「映像」?なら得られるかもと。」
「なるほどな。」
とギルド長も伸びた無精髭を擦りながら頷く。
とそこへノックの音。ユリアだった。少し遅く出勤したのか、裏方にいたのかな。
「ギルド長。守備隊の方が来ていて。すぐに東の詰所に来て欲しいそうです。」
「うん?」
僕たちは顔を見合わせた。
捉えたエイプになにかあったのかな?
僕とシンハは、ギルド長、カークさんと一緒に東門の守備隊詰所へと急いだ。
スーリアはおねむのようなので、今はカバンに入れている。普通にカバンに。だって、ギルド長たちの前で魔力に溶かすことはできないもんね。僕だってちょっとは考えてます。
守備隊の案内で1階の別室に入る。
そこにはケネス隊長とテッドさんが難しい顔をして長テーブルの前にいた。
長テーブルには白いシーツで覆われた何かがあった。
ケネス隊長は我々が入ってくると、そのシーツをめくった。
例のエイプが、口から血を流して死んでいた。あららー。
「さきほど気づいた。」
「毒?」
「ああ。朝食を下げに行った奴が発見した。食事にはまったく手つかずだったからな。朝、朝食を持っていった奴は、寝ていると思って、トレイを置くだけで戻ってきたそうだ。もちろん、毒は食事には入っていない。吹き矢だ。」
そばに凶器となった矢が小皿に置いてあった。
鑑定すると、エイプも使っていた毒と同じもの。
「せっかくの手がかりを。すまない。」
とケネス隊長。
「いや、エイプの尋問なんて、できたかどうかわからんからな。あまり気にするな。」
とギルド長。
「そう言ってもらうと多少気が楽になる。だが、守備隊の詰所で起こったということは深刻だ。」
「ここはスタンピード本部でした。いつもの詰所とは状況が違います。誰でも入れましたし。」
とカークさん。
「それより…吹き矢か。」
「ええ。」
「この毒は?カーク。」
「例の弓矢と同じ種類の毒ですね。ただ、かなり強力のようです。粘性が高い。」
さすがカークさん。僕が何も言わなくとも、ちゃんと毒の種類と強度の予想までしている。
「サキ君、なにか意見は?」
「…。」
僕は首をすくめる。
「ただ、エイプは殺されましたけど、重要な証拠のひとつはすでに入手しています。…これです。」
と僕は収納しておいた首輪を出した。
「これは?」
「こいつが首に嵌めていた首輪です。あとで出そうと思っていて、すっかり忘れていました。すみません。」
と素直に謝った。
それから、他の人がいないのを確認して部屋を結界で覆ってから、僕は話した。
さっき『闇を照らす杖』の話が出たところで話そうと思っていたことだ。
「実は、ユーゲント辺境伯領に行く途中、ラルド侯爵領を通った時、狂った魔熊を退治しました。そいつは死んだあとどろどろに溶けちゃったのですが、同じ首輪を残しました。これです。」
と大きな首輪を出す。
「首輪には黒い石がついていたのですが、魔熊が死んだ時、砕けて残りませんでした。ふたつの首輪の内側を見てください。奇妙な紋章と、魔法陣。そして黒い石。大きさは違いますが、すべて同じものがついています。」
「む!この紋章は…『闇を照らす杖』!?」
とギルド長。
「そのようですね。」
と僕。
「ほんとうだ!…どういうことだ?」
とケネス隊長。
「まだはっきりわかりませんが、『闇を照らす杖』の残党らしき、古代魔法に精通した魔術師が、魔熊を操り、エイプを使ったスタンピードにも関与し、そして、古代龍までも目覚めさせた。そういうことになりますね。」
「むむ…。こっちも証拠として提出してもらっていいか?」
「はい。もう解析は終わっていますから。」
「カイセキ?」
「あ、解読、という意味です。でも、僕は未熟なので、どういう魔法陣か、よくわかりませんでした。古代魔法だろうということだけしか。」
実はもう読み解いているが、いちおうそう言った。隷属と能力強化が呪いレベルでかかる古代の複合黒魔法陣だ。
僕のような新参者が、それを言えばまた「お前はナニモノ?」となるから、あえて言わないことにしたのだ。
カークさんやケリスさん、あるいはコーネリア様とかレビエント枢機卿なら、解読できるだろうから。
「カーク。解りそうか?」
「…すぐにはなんとも。ケリスのほうが詳しいかもしれないです。」
「どちらもギルドに差し上げます。どうぞ。」
「わかった。」
単純なスタンピードではない様子。
謎だらけの事件です。
なお、首輪についた黒い石は、魔熊のものとは成分が少し違うのですが、見た目はどちらも黒でした。
(これについてはいずれ種明かしを書く予定です。)
残暑お見舞い申し上げます。
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