339 スタンピードの終結と新たな眷属
スタンピードと古龍襲来を退け、大勝利したその日の晩は、街をあげてのどんちゃん騒ぎ。
倒した魔獣でアンデッド化しなかったものは、ゴブリンを除いてすべて食材と化した。もちろん、念のため毒消しとクリーンは十分かけてある。
コーネリア様からは酒樽が大量に下賜され、その晩は朝方までだれもが酒と食事に溺れた。
残念ながらコーネリア様は、今回は辺境伯として存在していたから、一般冒険者に顔を知られるのはよくないということで、大事を取って不参加だ。
僕の新築祝いに来たのは、本当に希有な例外だったんだね。
僕は、酒は断っていたが、やがて断り切れずに酒を飲まされ、翌朝には自分にキュア込みのヒールを掛けることになってしまった。
よく自宅の自分のベッドまで帰ってきたな。
『俺が運んでやったんだ。』
「あ、やっぱり?ありがとねー。」
とシンハに感謝。
僕のベッドにはもう一匹、金色のたてがみをしたちっちゃな白い子龍が眠っていました。
あ、起きた。
「おはよう。スーリア。」
キャウハ…アフ。
あくびしながらも本人はオハヨウと言っている風情。
まだうまく念話での会話ができないが、気分は伝わってくる。
龍だが幼体のせいかふわふわの毛で包まれていて、撫で心地はレトリバーとか毛の短い犬に近い。体温は僕たちとあまり変わらないみたい。撫でてあげるとすっごくうれしいようで、ぐりぐりと頭を僕の胸元に寄せて甘えてくる。うっく、カワイイ。
ママ(あの古龍は母親でした。)が居なくなったのは、もう理解しているようだが、新しい環境が珍しくて、感傷に浸る感じではない。
食事はなんでもよく食べる。でも、シンハと同じで薄味がいいだろう。あと、まだ幼児だろうから、少しミルク多めで。
眷属は皆、僕の魔力だけでも生きていけるはずだが、やはり食べる楽しさは教えたい。
シンハの毛の中が気に入ったようで、背中に乗って移動したり、ごろ寝のシンハの腹にしがみついていたり。
シンハも最初は戸惑っていたが、スーリアがわりと良い子なので、諦めて背中やおなかを貸している。
歯がかゆいのか、時折固いものを噛みたがるので、燻製用のチェルトレントやヒッコリートレントの木材を与えたら、気に入ってガシガシ嚙んで、食べちゃったりもしている。まあ、無害だからいいでしょ。
人は絶対嚙まないように、それは一番最初に教えた。いくら小さな子龍でも、嚙まれたら重傷だからね。
妖精のシルルにもよく懐き、シルルも、かわいい、かわいい、と大興奮。
もうお姉ちゃん気取りで、世話をやいていた。
朝食後、今日はこの子をつれて冒険者ギルドへ。
まず従魔登録をしないとね。スーリアをシンハに乗せてギルドに向かう。
スーリアの首には従魔の証拠として、シンハとおそろいの七色ミサンガみたいなアラクネ糸製首輪がしてある。
昨夜、ギルド長たちにスーリアを紹介した。
すると、種族を「古代龍」とか「龍」と登録するのはいかがなものかという話になった。
「え、シンハの時は名前しか登録してないよ。」
「それは簡略の登録だな。正式には種類も書かないと。」
そう。あえてこれまで書かないでいられたのは、カークさんの機転だったのだ。
じゃあシンハも書かないといけないのか。まずいな。
「シンハは「魔犬(推定)」で良いんじゃないですか?」
とカークさんが涼しげな顔で、さも当然というように提案した。
さすが教授といわれるだけのことはある。こういうときの対応はよくご存じらしい。
なるほど。そういう逃げ方があるのか。
「じゃあ、「ワイバーン(推定)」でどうかな?」
と提案した。道すがら、ちっちゃいワイバーンだ、と複数の人から言われたからだ。
龍はたいていの人が実物を見たことがない。スーリアの角は、ワイバーンの角とは違ってキリンの角みたいだという違いはあるが、こんな可愛い生き物を龍とみる人も少ないかもしれない。
「そうか。たしかにワイバーンに見えるな。ふむ。では「小ワイバーン(推定)」とでもしておくか。小さい種もいると聞くからな。それなら虚偽ではないから問題なかろう。」
問題ないの?ギルド長がそういうんだから良いんだろう。話がわかるオトナで助かる。
昨夜はそういうグレーな会話があって、あとはもう酒も進んでどんちゃん騒ぎだった。
いつもしゃっきりしているカークさんでさえ、酔って何度も同じことを言っていた。
「サキ君、君はいったい何者なんれすか!あの『聖炎』!規格外すぎれすよ!」
みたいな。
それから、シンハをモフらせろという人が意外に多くて、シンハは僕の足元に逃げ込んで、テーブルの下から出てこない。
硬質な結界で囲ってやったらようやく安心したようだった。
おつかれさん。
朝のギルド。大扉を開けたとたん。
酒くせえ。
まだみんな二日酔いなんだね。
「クリーン!」
と唱えてかつ微風を起こして空気の入れ換え。でないとシンハが中に入れない。
『助かった。あのままでは俺はとても入れなかった。』
「確かに。あれはないよね。」
受付には二日酔いをものともしないカークさん。いや、きっと自分にキュアをかけてから出勤したのだろう。
「おはようございます。さっきのそよ風はサキ君ですね。ありがとうございます。中にいると、臭いに鈍感になってしまって。失礼しました。」
「いいえ。まあ、昨日の今日で、仕方ないですよね。…今日は依頼の受付はお休みですか?」
周囲を見回すとクローズになっている窓口が多い。
「昨日の戦いの精算とか報償分配とか、いろいろあるので、今日は最低限しか窓口を開けていないのです。」
「あー、なるほど。ギルドは事の前後の事務処理が大変ですものね。」
「お察しいただき恐縮です。ところで今日は…まずはその子の登録、でしたね。」
と、ぱたぱたと飛んで僕の肩に乗ったスーリアを見て、カークさんは言った。
「はい!」
「ピキュア!」
ふふ。かわいい。さすがにカークさんも目を細めて笑っている。
めずらしいくらいやわらかな表情だ。へえ、氷の教授なんて言われているけど、こんな表情もするんだな、とあらためて思う。
と、言っている傍からふっと真面目顔に戻ってしまった。ちょっと残念。
「サキ君。」
「あ、はい。」
「君のSランク昇格の件ですが、一応、AとSは王都の本部の裁定を待ってからになりますので、お時間を少しいただきます。特に貴方の場合、最初の登録から1年以内という短時間でのイレギュラーな昇格なので、いつもより結果が出るのに時間がかかると思います。1ヶ月はかからないと思いますし、Sランクになるのはほぼ確定ですが。」
と言われた。
あ、すっかり忘れてた。そういえば、打ち上げでギルド長からそんなことを言われてた。「お前の今回の働きは文句なくSランク相当だ。だからSランクな。」と言われ、それはさすがにちょっと、と押し問答したが、絶対にSに推薦する!と言い切られた。だってさあ、ここに来てまだ数ヶ月だよう。Aだって恐れおおいのに。
「えー、それ、本当なんですか?だって僕、Aに上がったばかりなのに。」
とこそこそ抗議する。
「サキ君。諦めましょうね。往生際が悪いですよ。」
「目立ちたくないんですよう。」
『はっ!どの口がそれを言うか。』
とシンハ。ぐるぐる笑っている。
「(うるさいよ。)」
「ふふ。まあ、言いたいことはわかりますが。諦めましょうね。国境の壁修理だけでもすごかったのに、今回は2万匹の魔獣討伐ですからね。すでに十分目立ってますから。」
とカークさんにも失笑された。
「うぐ。」




