338 もう一つの戦い 古龍の最期と願い
GUGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!
すさまじい断末魔。
僕はそれをシンハや皆に聞かせたくなくて、
「サイレント!」
と唱えた。そのため、断末魔は途中で途切れた。それでも無音にはならず、遠くでくぐもって聞こえている。空気が振動しているからだろう。
GUGYA!GYAAUU!GUGYAAAAA!
骨なので苦悶の表情は見えないが、中での暴れようを見ると、相当に苦しいようだ。聖炎は邪悪なるものへの罰の意味が込められているからだろう。僕では和らげてやることはできない。いや、聖炎の時間を短縮するくらいならできる。
それで僕は
「聖炎」
「聖炎」
と重ねがけをして威力を強めた。
シンハも輝き、風をまとうと、
GAOOOOOOOOOOOONNNNNN!!!!
と、風と聖魔法を込めて、古龍に向かって長く一声吠えた。
聖炎の火力が一層増した。
やがて。
バリィン!と何かが砕ける音がした。
魔石が割れたのだ。
すると、ふわわ…と青白い光が、ようやく立ち上り始めた。もう黒い靄もすっかり消え、白い骨が青白い聖炎に焼かれているのが見えている。
もう、龍も苦しんではいない。
終わったのだ。
ふうっとため息をつき、でも結界は炎が消えるまでは保とうと、龍の残骸を見守っていた時だった。
『世界樹の息子殿よ。そして神獣殿。』
と誰かが僕たちに念話を送ってきた。世界樹の息子?っていう呼ばれ方はちょっとアレですが。
「!誰!」
『お前たちの目の前にいる。古き龍だ。』
「!」
どうやら僕たちに問いかけているのは龍の残思らしい。シンハがぐっと緊張するのがわかった。
『我を滅ぼしてくれてありがとう。これで安らかに地脈に戻れる。』
「どういたしまして、かな。でもいったい何故アンデッドに?」
『我が望んだのではない。人族が、呪いを掛けたのだ。』
「!人間が貴方を呼び戻したと?」
『ああ。』
『それはどんな人間だ?』
とシンハ。
『神獣殿。答えよう。よくわからぬが、見知らぬ神を信奉する者たちだった。指導者一人を残し、全員我を呼び覚ます陣の生け贄となったが。
シンボルは覚えている。こういう形だった。』
僕とシンハに思念を送ってくる。逆三角形と円を組み合わせた幾何学模様と、剣を突き刺した血の滴る心臓。それらを背景に、ウロボロスの杖のように、杖に2頭の蛇が巻き付いている。そんな図柄だった。
「!」
実は僕は、この紋章を見たことがあった。やはり…。
『我を止めてくれてありがとう。街を全滅させるところであったのだな。迷惑をかけた。だが、ひとつだけ未練がある。世界樹の息子殿よ。どうか最期の我の願いを、聞いてはくれぬか?』
「願いにもよりますが…いったいなんでしょう?」
『我には子がいる。卵のまま何百年も眠って居た子だ。私は卵を抱きかかえたままで死んだ。今回、その卵も偶然に召喚されたが、奴らの術が効かぬよう、我が体内にある亜空間に、深く隠してきた。その中で無事に生まれた。無論、この子はまだ生きたままだ。闇にも染まってはおらぬ。世界樹の息子殿、どうかこの子を、そなたの傍においてはくれまいか。』
と言っていると、聖炎の中にぴゅいっと長い首を出した、小さな小さな生き物がいた。
「かっかわいい!」
全長30センチに満たない、小さな金色のたてがみをした白い龍。西洋ドラゴンだから、小さな羽根があって、四つ足。少しグリフィンに似ている。小さな羽根をパタパタさせて結界の中で飛んでいる。この子には聖炎は関係ないようだ。親の骨の間を飛び回っている。
「シンハもいいよね。」
僕はもう引き取る気満々で言った。
『…お前がいいなら。』
「ありがと!預かるよ。おいで。」
結界を解いてまだ聖炎に包まれている骨を大地におろすと、子龍は僕の呼びかけに興味深げに僕のほうに飛んできた。
シンハと僕の回りを飛んでいる。
サラマンダが出てきて、子龍とじゃれた。
なんか、やもり2匹みたい。
ピイ、キャウア、と子龍が鳴いた。
サラマンダにじゃれつかれて、仲間と思ったのか、楽しげに遊んでいたが、僕の胸元に飛んできてしがみついた。
うわあああ、かっわいい!
僕は子龍を撫でた。
『感謝する。世界樹の息子殿。』
と古龍は言った。
『この子は白龍ではないのか?』
とシンハ
「え?」
精霊の?
『ちがう。正確には、この子の父が、神獣の白龍なのだ。』
「!?」
今、とんでもないことを聞いた。
『我は古き龍。最期のエンシェンティアだ。その子の血脈の半分は精霊。白龍だ。』
「なるほど。ハーフなんですね。」
『そうだ。だがエンシェンティアとして生まれた。ゆえに神獣ではない。それでも世界樹の子よ。そなたの傍がふさわしいと、我は思う。どうか我の分も、愛してやってくれ。』
「わかりました。この子にあとで聞かせたい。あなたのお名前は。」
『真名は○ル△&ディー%%$だ。』
僕は魂で真名を聞き取った。シンハには聞き取れたかどうかわからない。
「わかりました。貴方の分も、愛すると誓いましょう。」
『サキの傍にいるというなら、我と同じようにサキの眷属になるということだ。それでよいな。』
『構わない。神獣殿。神獣殿も、その子をどうか可愛がってやってくれ。』
『承った。』
子龍は雌だった。
「では黄金の龍姫よ。僕の眷属になってくれる?」
きゅい!
「よし。さっそく命名しよう。きみの名前は…スーリア。スーリア・グラン・ディー・エンシェンティア。」
きゅいい!
スーリアが強く光って、契約は成った。
『我が真名の一部と種族名を残してくれたのだな。ありがとう。』
古龍がいたく感激していた。
『お礼とお詫びをかねて、そなたに宝物を贈ろう。東の森に行くことがあれば、手に入れるといい。』
そう言って、そこまでの道のりのイメージ、洞窟の入り口のイメージを送ってくれた。
「わかった。スーリアの養育費分としても、ありがたく受け取るよ。…そろそろ時間だね。おやすみ。○ル△&ディー%%$。いつか地脈で会おう。」
『さらばだ。世界樹の息子、サキ殿。そして神獣殿。さらばだ。スーリア。私の愛し子。』
今度こそ、古龍は昇天した。
僕は古龍の残った骨を亜空間収納に回収した。
古龍との対話は、誰にも聞き取られることはなかった。
念話であり、すべては僕のシールド内での出来事だったからだ。
だが古龍の子・スーリアについては、早めにお披露目しておかねばなるまい。
などと思った時だった。
「あ、シンハ。やばい。くらくらする…。」
『!急に経験値が入ったからだ!しっかりしろ!』
古龍5000万のMPだもの。全部でなくとも無理。
「だめだぁ。猛烈、眠い…。」
僕は気を失った、と思う。
最後の意識は、
『しっかりしろ!サキ!!』
と言いながら、倒れる僕を、シンハがあわてて背にぽすんと受け止めてくれたことだった。
それから2時間ほど、僕は眠って居たらしい。
目が覚めた時には、アンデッドの軍勢との戦いはすでに終結していた。
人々が総出でアンデッドの死体を亀裂に放り込んでいるところだった。
堀に落ちず、アンデッド化しなかった魔獣の死体も、食用になるもの以外はすべて、堀に落としていた。
そして、目が覚めた僕はエリクサー合計5本を飲んで回復すると、念のため堀の中をすべて聖炎で焼いた。
そして堀は、僕とコーネリア様が、最後に大地に魔力を通し、閉じた。
ヴィルドでは、コーネリア様の許可を得て、戦いの勝利の思い出として、サクラに似たチェルツリーを、堀跡に一列に植えることにした。
やがては第一次防衛柵の目安になるだろうし、春には花が咲いて美しいだろう。
たしか、サクラの下には死体が埋まっている、と、日本の詩人が書いていた。
この世界ではまさにそうなるわけだが、たくましいこの世界の人々は、この堀跡を気味悪いとは思わないようで、逆に大勝利した場所として誇らしく語るようになる。そしていつしか有名なお花見スポット、デートスポットになるのだが、それはまた後の話である。




