334 決戦!スタンピード ようやく終息?
階段の先でユリアが物資の振り分け指示をしつつ待ってくれていた。
「救護所はどう?重傷者は居る?」
「大丈夫よ。サリエル先生や治癒術師さんたちがヒールをかけたり、ポーションで治る範囲ね。」
見渡すと、たしかにサリエル先生の姿もあった。
「良かった。できれば被害を出したくないからね。」
「みんな貴方に感謝してるわ。ほんとうよ。」
「え、なんで?」
「自覚ないの?3万を1万に減らしてくれたし、上位種も討ったし。サキ、もうちょっと自覚しましょうよ。貴方、凄いことをやったのよ。ワイバーン50頭だなんて!しかもマンティコアも10頭だなんて!」
「たまたまだよ。うまく落雷が落ちてくれた。それだけ。」
「まったく。今はそういうことにしておくわ。でもお祝いと感謝はさせて。」
というと、背伸びしてチュッとほっぺにキスが。さらに、ハグされたままで
「大好き。」
と肩先でつぶやかれてしまった。
「!!」
僕はびっくりして目を大きく見開いていたと思う。
なんかもう、心が真っ白。
「…。迷惑だった?」
不安げに見上げるユリア。
僕はイイエと首を横にフリフリするのが精一杯。
ちょっとほっとしたようにユリアがはにかみ笑いをした。
「こ、こほん。えーと。ありがとう。なんか…ユリアにそう言ってもらえると、すっごいうれしい。」
と言うのがやっとだった。
「この件が一段落したら、またどこかで美味しいものでも食べよう。」
「うん。」
まだ戦いの途中だというのに、僕たちはほっこりした気持ちになった。
「うれしいから、ついでに大サービスしちゃおう!」
僕はエリクサーをまた1本飲んで、救護所に入ると、部屋の中央に立った。
そしてフルサイズの杖を持ち、呪文を唱えた。
「イ・ハロヌ・セクエトー…エリア・ハイヒール!!」
と唱えた。
すると今まで怪我で唸っていた人や、気を失っていた人がみんな全快してしまった。
治療にあたって疲弊していた治癒術士さんたちももれなく全回復だ。
「な、治った!」
「痛くない!」
でしょー。
「あし、オレの、アシ、生えた!」
「う、腕が、右手、戻った!!」
「「うおおおお!」」
あれ?手足欠損の方も居たのね。おかしいなあ。欠損を元通りにするのは、普通はエクストラ・ハイヒール。今のはただのエリア・ハイヒール。なのに。
まあ、結果良好なら良しとしよう。ヨカッタヨカッタ。
サリエル先生たちも唖然としている。
僕は、ありがとう、聖者さま!とむさい男達に取り囲まれ、ハグと胴上げされそうになったが、
「いやー、たまたまうまくいきましてー」
とか
「やってみてよかったですう」
などとごまかしながら、逃げた。
廊下でシンハはまた呆れた顔をしていた。
『自重しろといわれていただろうに。もうダメだな。お前、聖者確定な。』
といじられた。
そんなこんなしているうちに、ユリアは別の仕事に引っ張られて行ってしまったようで。
僕も気を取り直して、さて、そろそろフィナーレだろうから、魔剣を振り回そうと思ったら、
カカンカンカンカン!カカンカンカン!
とまたちょっと違うたたき方で鐘が鳴った。
すると
「うおおおお!!!」
「勝った!勝った!!」
と怒号に似た勝ちどきの声が聞こえてきた。
あわてて上に上がると、魔物たちがなぜか逃げて行く。それも来た方向ではなく、まっすぐ近くの森の方角、すなわち北へと。
最初はゆっくり、やがて早足で。
冒険者たちはわざと花火のような爆発や火の玉、はては盾を剣で叩いて大きな音をたて、魔獣たちを追い立てた。
そのため魔獣たちはやがてはほぼ全速力で森へと向かっていった。
終わったんだ。
「終わりましたね。」
「うむ。」
と僕はコーネリア様と魔獣たちが森へと消えていくのを眺めていた。
もう夕方。
西の空は夕焼けで赤い。
魔獣たち、東のねぐらに帰らなくて大丈夫なのだろうか。北には北の、魔獣バランスがあるはずだ。森ではそれなりにこれから闘争があるだろう。
ミノタウロスとゴブリンメイジは、全頭仕留めることができたようだから、あとは北の森の魔獣たちだけでなんとかできるだろう。
おっと、そういえば。
念話で魔蜂の王女シェリーとコンタクトをとった。
シェリーは例の「花の原」を拠点とすることになり、念話で僕と連絡が取れた方が良いと、僕の眷属になった。これには彼女の強い希望もあったようだ。
「シェリー、聞こえる?サキだよ。」
『まあまあ!サキ様!良く聞こえておりますわ。お元気でした?』
「うん。僕もシンハもなんとか元気。緊急連絡なんだ。今し方、ヴィルドがスタンピードに襲われてね。それはなんとか追い払ったんだけど、魔物達がそっち方面に行ったから。警戒してほしい。」
『わかりました!で、どんな魔物達ですの?』
「魔熊とか、魔猪とか、ゴブリンとかだと思う。ゴブリンメイジは全部倒したと思うけど、魔物全体の数が多いと思うから、気をつけて。」
そう言いながら、さっき見た北の森に向かった魔獣の規模をイメージで伝えた。
『それくらいなら、たぶん大丈夫ですわ。迷いの霧でこのあたりには普通は立ち入れないはず。もし来ても、若い衆が処分します。全部倒してもいいのですね?』
なんか、声が弾んでない?シェリーも結構戦闘狂なんだあ。
「うん。もし手に負えなかったら、すぐに連絡して。僕たちも行くから。」
『ありがとうございます。きっとご心配には及びませんわ。魔物たちは私たちの大量の食糧になるだけですわ。ああ、でも、サキさまにお会いしたいから、わざと呼んじゃおうかしら。』
「えーと。倒せるならできれば呼ばないで。まだこっちでやることもあるから。祝勝会はまたあらためて別の日に。何かおいしいものでも持っていくよ。」
『わかりましたわ。残念ですけど。』
ふう。これで一応安心かな。シェリーの取り巻きの『若い衆』は、魔蜂の中でも選りすぐりらしいから、嬉々として魔物狩りをしてくれそうだ。
メーリアに広げてもらった小川の堀も、ちゃんと元に戻さないと。まあ、明日でもいいか。
などと思い、ふと、東を見た時だった。
下でもギルド長の声が聞こえた。
「あれはなんだ?」
僕も見た。東の空に、不穏な黒い靄が湧き上がるように現れたのを。
「シンハ。あれ、なに?」
『む。…まさか。』
僕は東の空の黒い靄を鑑定した。
そして息を飲んだ。
「…龍だ。しかもアンデッドの。」
僕は、無自覚に声にだしてつぶやいていた。
一瞬の空白。
僕が皆に大声で知らせるべきか?だが、皆がパニックになるのでは?
やっと戦いが終わったと思ったのに。
その時、意を決したように、隣のコーネリア様が大声で下に向かって叫んだ。
「アンデッドの龍じゃ!皆!はよう門の中に入れ!!!」