326 突然の知らせ
異世界に成人式はないらしい。
国によっては、あるところもあるようだが、あまり一般的ではないそうだ。
それぞれの誕生日に、家族や仲間と祝っておしまい。
森の仲間達に、誕生日を祝って貰った日の2日前、土の日。
僕は、2度目のユリアとのデートをしていた。
ユリアが、明後日の僕の誕生日には仕事がある、ということで、土の日に昼食会をした。場所は、1度目と同じレストラン。今回はちゃんと予約して行ったので、個室でゆっくりできた。
今回は、以前約束したように、シンハも一緒だ。
ちなみにユリアは10月の生まれ。だが、エルフは、誕生祝いはお正月に一斉にするそうで、誕生日には家族でちょっとご馳走を食べる程度。あとはなにもしないそうだ。
事前に聞いていたので、じゃあ僕の誕生日に、一緒にお祝いしよう、と言っておいたのだ。
でも仕事なら仕方ない。ということで、デートは2日前になった。
プレゼントについては、お互い作ったミサンガを交換しよう、ということに。
ユリアは、僕がいろいろ高価なものをプレゼントしたので、ずっと心苦しく思っていたらしい。
今回も自分から言わないと、とんでもないものを僕がプレゼントしそうだからと、積極的に発案をしてきた。(そうはっきり言われた。)
ユリアが作ってくれたのは、青いミサンガ。
そして僕が作ったのは、サーモンピンクのミサンガ。
それを交換したあとは、暖かい日だったので、チェルツリーの花が咲く丘まで、シンハに彼女を乗せて駆け上がり、少し休憩。その後、森の上空をシンハに乗せて飛んでみたりもした。
空の散歩は、驚いてはいたが、それなり楽しかったようだった。
あまり遅くならないうちに、家まで送り届けた。
お互い、一応成人の年になったわけだけど、ユリアもぴんとこないと言っていた。
これからも、こんなふうに、時々一緒にのんびりできたらいいね、なんていう話をした。
ここにきてようやく、僕は恋愛のレの字くらいを体験している気がする。
もっとも、いつも用心棒のシンハが一緒だけどさ。
むしろユリアは、シンハが顕現して一緒のほうがいいと、言ってくれている。
そのほうが、いつものサキらしいから、と。
そして、
「サキとシンハのかけあいがね。すごく面白くて。」
と笑う。
そんなに面白いかなあ。いつもの会話なんだけど。
当事者としてはよくわからぬ。
ヴィルドは大きな都会だけれど、やっぱり白い獣を連れた僕は目立つ。だからなるべく隠微を発動して存在感を薄くするようにしている。それでも、人気受付嬢のユリアと歩いたら、わかる人には解られちゃうんだよね。
案の定、デートの数日後、ギルドに行くと、受付にはユリアがおらず、エリカ姉さんが居た。
ニコニコというか、ニヤニヤされた。
「週末、楽しそうだったわね。「二人とも」。」
なんてからかわれた。
「え、シンハと僕ってことですか?」
すっとぼけると、からからと笑われた。
「あそこのレストラン、美味しいわよねー。」
うう。目撃場所はそこかい。
「こほん。今度は別の店にしまーす。」
と開き直ったら、またからからと笑われた。
「ふふ。青春ねえ。」
などと、エリカお姉さまにいじられていると、ようやくユリアが奥からカウンターに出てきた。
在庫確認でもしていたのだろう。
もしユリアが現れなければ、このままエリカお姉さまに受付をしてもらうところだった。
最近は、ユリアもカークさんも居なければ、エリカお姉さまに受付をしてもらっても良いと、ギルド長から許可が出ていた。実はエリカさんはカークさんの次に偉くて、受付班のリーダーだからね。
「あ、サキ。お待たせしました。」
「こほん。薬草採取の手続き、お願いしまーす。」
隣ではエリカお姉さまがまたニヤニヤ。ほっといてください!
最近ユリアの列は、混んでいることが多い。
他の受付嬢と何が違うんだろうと観察してみると、ユリアはすこぶる手際が良い。列は長いがぱたぱたと進む。でもきっとそれが一番の理由じゃない。
ユリアはこのところ、急激に成長し、背がだいぶ伸びた。見た目、ちゃんと15才にみえる。魔力回路を治した成果だ。
そうすると、以前より美少女度が増した。これが人気の第一の理由だろう。男の冒険者は単純だからな。美女や美少女の列に並びたがる。
冒険者には女性もそれなりにいるが、女性はなじみの受付嬢の列に並ぶことが多い。でもその列が混んでいると、結構あっさりと別の列に並ぶ。そういうところは、男より合理的なのだろう。
ちなみにカークさんが受付に入ると、とたんに女性たちが列を作る。それも、ベテランの女性冒険者たちが多い。まあ当然かな。
カークさんはハンサムなエルフで、貴族の出身で、奥さんはいるけど、クールで毒舌っぽいが実は案外面倒見がいい。
その人に見合った依頼かどうか、きちんと判断してくれる。能力に見合ってない依頼を持っていくと、許可してくれないし、無理に通せば怪我やヘタすると命に危険がある。そしてあとでお小言は覚悟すべきらしい。
新人冒険者には恐い人と思われがちだが、ベテランほどカークさんへの信頼度は高い。
そのカークさんだが、遅出の当番のことが多い。僕たちがダンジョンなどに行っていて帰りが遅くなると、カークさんの窓口で、依頼達成の手続きや、時には魔物の査定までしてもらう。
今日のカークさんは、カウンターの奥のほうで、書類仕事をしていた。
ユリアが依頼書を確認している間に、ちらと目があったので、黙礼しておく。
「今日はダンジョンではなく森のほうへ行くのね。えーと、ジョムカ草とメメ草と…あら、ビスコースダリアは、この時期、結構奥までいかないと取れないわよ。大丈夫?」
とユリア。
「だいじょーぶ。シンハがいるから。」
『俺はダンジョンでのワイバーン狩りを勧めたのだがな。』
「だめだよ。今日は薬草採取の日って、言っただろ。嫌ならお留守番。」
『ちっ。』
ユリアが僕たちの「会話」(僕は言葉で。シンハは念話で。)を聞いて、クスクス笑っている。
本当にユリアは急激に成長した。今ではもちろん台になんか乗っていないし、僕と並んで歩いても、小さい妹にはみられなくなった。
ユリア本人もそれがうれしいようで、言葉の端々にそれが感じられる。僕は別に彼女が多少幼く見えても、気にしないけどね。
と、そこへ
馬の蹄の音とヒヒィーン!という嘶き、そしてドアを乱暴に開ける音がしたので、思わず振り向いた。走り込んできた人が、床にへたり込んだのが見えた。
「え!?」
すると、僕達の目の前を、カウンターを飛び越えてカークさんがその人に駆け寄った。手にはポーション。か、かっこいい!
おっと。僕も治癒術師。僕とシンハもいそいで駆け寄る。
「おい!しっかりしろ!」
カークさんがその冒険者風の男の口元に、さっと回復薬を持っていく。さすが。手早い。
彼は全身傷だらけ。満身創痍。
僕はすぐに全身をスキャンする。大きな怪我はないようだ。どれくらい全速力で馬を飛ばしてきたのか。とにかくヒールをかけた。
町の門番が素早く通したということは、よほどのことだろう。
「何があった!」
とカークさん。
「す、スタ…スタンピード…」
そう言っただけで、男は気を失う。気力が尽きたのだろう。大丈夫、命に別状はない。
だが、男の発言に、ギルド内の空気が変わる。
「スタンピード、だとっ!?」
「だがダンジョンは昨日までなんともなかったぜ!」
「ああ!俺たちも行った。普通だったぞ。」
「どういうことだ?」
すると、遅れて街の守備兵が走ってきた。
「ひ、東門の者です!スタンピードの報告が!」
「東門?」
「北じゃないのか!?」
「旧ザイツ方面から、このヴィルドに向かって魔獣たちが押し寄せているとのこと!冒険者ギルドにおかれましては、至急迎撃準備をお願いします!」
「なっ!東から、だと!?」
1階フロアは騒然となった。
カンカンカカン!カンカンカカン!と街なかの櫓の鐘も、危険を告げる叩き方で鳴らされ始めた。
街の人たちも、スタンピードだ!と叫んでいた。
さあ、始まっちゃいましたよ。春の嵐!スタンピード!
サキたちはどうするのか!以下次号!!