324 薬屋「メレンゲ」
今日は、サリエル先生のお使いで、薬屋さんに来た。
名誉子爵でもお使いするのかって?しますよ。普通に。今まで通りに接して欲しいと、皆さんには強くお願いしているので。
さてここは、僕が唯一交流があって、信頼しているヴィルドの薬屋さん「メレンゲ」。
此処の店長さんは、ミレーユフェリネストゥス・ル・アウガルディアさん。ハイエルフで、年齢は不明。時々、わざとお婆さんの格好で出てきたり、若奥様風の格好で出てきたりする、お茶目な魔術師だ。(一人暮らしなので、たぶん、身の安全のためもあると、勝手に思っている。)
そして薬師としての腕は確かである。サリエル先生も信頼している。
「メレンゲ」は薬屋なので、入口でシンハは僕の魔力に入った。
此処はいつも外にまで光のつぶつぶたちが飛んでいる。
居心地がいいんだろうな。
僕が行くと、いつもうれしそうに飛び跳ねる。
「いつもお薬作ってくれて、ありがとね。
はい、魔力を少しあげるよ。でも光らないでね。」
とつぶやきながら、光の精霊たちにほんの少し、魔力をあげた。
わちゃわちゃになる前に、さっさと店に入る。
リンロン
「ごめんください。」
「あら、サキくん。いらっしゃい。」
今日は若奥様風の格好だった。
「どうもです。今日はサリエル先生のお使いです。急ぎだそうで。これを。」
僕がメモを渡す。
「ふんふん。これなら、すぐ揃うわ。ちょっと待っててね。」
「はい。」
僕はミレーユさんが薬をそろえる間、店内を見学。
棚にはいくつか手軽に使える薬が並んでいる。
大抵はキズに塗る軟膏とか、馬車酔いの酔い止め薬とか、包帯とか。
それから固形石鹸や洗濯石鹸。よしよし。ほどなく泡で出るポンプ式液体石鹸も並ぶだろう。
ヴィルド限定先行販売の、ライム商会特製シャンプー、リンスは、すでに完売との札が出ていた。
あとは、調合薬になるので、料金表などが貼ってある。
一番高いのはエリクサーで、売値は約1000万ルビだが、さすがに書いていない。
ただ、「エリクサー:応相談。材料があれば調薬します」
と書いてある。さすがだ。
辺境伯領にエリクサーが多いという話を聞いたことがある。「はじまりの森」に面した危険な場所だからだろうと単純に考えていたが、きっとこれまでは、中央の魔塔で製造されたものだけでなく、ミレーユさんがそれなりの量を作っていたのだと思う。
それだけ、調合の腕はいい。
ミレーユさんの薬を鑑定すると、いつでも純度が高く、効果効能もばっちりなのだ。
クリーンの精度がいいだけではない。
配合や薬草の取り扱い方など、細かい部分まで、神経が行き届いているからだろう。
薬草の取り扱いにうるさいカークさんが、尊敬している薬師でもある。
もし僕にアカシックという万能鑑定さんがいなければ、絶対ミレーユさんに弟子入りしていたと思う。
ただ、ミレーユさんは辺境でのんびり暮らしたい派のようで、弟子も取っていない。
もったいないなあ。
ミレーユさんに初めて会った時、ちょっと不思議な体験をした。
目が合った時に、心の中で「リィン!」ときれいな鈴の音がしたんだ。
今では理由がわかる。彼女がハイエルフだったからだ。
ちなみにこのミレーユさん、僕が骨折を治してあげた冒険者ジャンニ・シュレーダーさんの相棒で魔術師の、セレストメイヤ・オリバヌスさんの祖母にあたる。
ユーゲント辺境伯が、ミレーユさんは元気かと聞いていたことも、最近お伝えした。
すると
「うふふ。実は先日、唐突に訊ねていらっしゃったの。私のこと、覚えていたのねえ。驚いたけど、うれしかったわ。
貴方のこと、褒めていたわ。若いのに、よくできた子だって。」
うわ。恥ずかしいなあ。辺境伯が「メレンゲ」を訪問したのは、きっとヴィルドにやってきた時だ。僕の家でユーリ君たちと会食したあとだな。
「実は昔、双子の姉さんと一緒に、あの方に口説かれたの。私たち姉妹は、丁寧にお断りしたけどね。懐かしいわあ。ふふ。」
と驚きの話を聞かされた。
辺境伯夫人も、良かったのでは?ともちらりと思ったが、お姉様と同時に口説くって…。ハイエルフの元王族、恐るべし。
セレスさんと初めてギルドで会った時も、やはり鈴の音がした。
僕をじっと見て、
「ハーフかい?」
と聞かれたので
「あ、はい。たぶん。」
とだけ答えた。
「そうか。」
とだけ言った。もともと寡黙な人なのだろう。
あの時の会話は、今思うと、「ハイエルフのハーフか?」と聞いたつもりなのだろうな。
僕はエルフのハーフかと聞かれたのだとばかり。
まったく、セレスさんは言葉が足りなすぎるよ。
相棒のジャンニさんのほうが、僕に声を掛けることが多い。
ただ、セレスさんは「メレンゲ」に僕がたまに行くのは知っているようだった。
「おまたせ。」
「あ、はい。」
瞑想にふけっていると(?)声を掛けられ振り向いた。
「ありがとうございます。」
と言って規定のお代を払う。
「これくらいなら、貴方でも楽勝で作れるでしょうに。」
「いえいえ、そんなことありません。作ったことがないものばかりです。」
「そうなの?」
「はい。」
なぜなら、僕ならヒール、ハイヒールで大抵治せてしまうからだ。
しかし、加齢や寿命、もともとの体力の無さからくる疾患は、一度ヒールなどで治しても、またぶり返すことが多い。免疫力や抵抗力などのポテンシャルが、若い健康な人と違っているからだ。
だから治癒魔法があっても、医者も薬師も必要なのだ。
「少しずつ作ってみてはいるんですが。なかなかまとまった時間が取れなくて。」
と頭をかく。
「冒険者をしながらじゃあ、忙しいものね。」
「実はそうなんです。」
ミレーユさんは、にこにこと僕を見守っている。
「あの。ミレーユさんは、お弟子さんとかは取らないんですか?」
「そうねえ。昔は何人か育てたけど。今はしていないわ。なりたい子もそうそういないし。」
「そうですか?薬師って、なりたい職業第一位かと思いますけど。募集したら、すぐ手を上げる人がいそうですけど。」
「ふふ。でも、いろいろ条件があるからねえ。鑑定は一生懸命やればそのうち生えるかもしれないけど、まず少しでも聖魔法が使えないとね。」
「あー確かに。」
「サキくんこそ、薬師一本で行く気はないの?すぐに凄腕になれそうだけど。」
「そ、そんなことないですよ。まだまだ、勉強中です。」
「ふふ。もし私でよければ、いつでも聞きに来ていいのよ。サキくんなら、教え甲斐がありそうだわ。」
「!ありがとうございます!うれしいなあ。まじで弟子入りしようかなあ。でもなあ、時間が取れないなあ。」
「うふふ。いつでも気軽にお茶でも飲みに来て。」
「はい。ありがとうございます!あ、行かないと。ではまた。ありがとうございました!」
「はーい。」
ヴィルドに来て1年にならないが、少しずつ顔見知りが増えて、今では街を歩くと声をかけてくれる人も増えた。
串焼き屋のオヤジとか、冒険者のお姉さんたちとか、ミレーユさんのようなお店の人とかも。
シンハが白くてそれなりに大きいから目立つというのもあるけれど。
大抵は敵意などなく、好意的に僕達を見守ってくれている感じ。
必要なときは、隠微をかけて歩いたりもしているけどね。
ただ、時折、ヴィルドにやってきたばかりの人に、物珍しそうにじろじろ見られたり、なんか敵意を向けられることもあるけど。そういうときは、シンハがじろりと睨んだり、殺気を放ったりすると、すぐにやばいと逃げて行くが。
『相変わらずお前はのほほんとしているな。』
顕現して僕の隣を歩いているシンハが僕に言った。
「む。なんだよう。」
『今も男がお前のカバンから掏ろうとしていたぞ。』
「わかっていたよ。直前でやめたから僕も手を出さなかった。」
『そうか。ならいい。』
「いつも用心棒、ありがとね。」
シンハがじろりと睨んでくれたから、男はやばいと手を引っ込めたのだ。
『それもわかっていたか。ならいい。』
シンハ、大好き。ツンデレだけどね。
うふふ。