321 爵位と昇級
「陛下、本気ですか!?」
「当たり前だ。かの者は、先の戦いで一番の功労者だからな。」
「かといって、たかがBランクの冒険者。しかも平民ですよ!?」
「いや、すでにAランクに昇格させたと、冒険者ギルド総長から報告があった。
平民とて今回の大いなる貢献は無視できん。壁を直した直後は、どの程度有効な壁か解らぬから、金一封と感謝状で我慢したが、本来ならあの時に、爵位を与えてもよかったのだ。それをそなたたちが強く反対するから、あえて見送ったのだぞ。」
「……」
「だが、今回はそうは行かぬ。すでにかの者が為した実績もいろいろと報告が上がっている。心配するな。子爵位と言っても名誉職だ。貴族の誰かが領地を削られるという類いではない。」
「しかし!」
「侯爵。それともお前は、ユーゲント辺境伯の領土が帝国に蹂躙されるのを望んでいたのか?私の領土が、敵に奪われることを望むのか?まさかそうではあるまいな?」
「!も、もちろんでございます。陛下。」
「ではなにも問題ないな。この話はこれでしまいだ。」
「うぐ。」
此処は泣く子も黙るケルーディア王国の王城。
会話しているのは、ケルーディア国王、アンリ・ブロワ・ド・アレクシウス・ケルーディア。そして侯爵というのは、国務大臣レニエ・ド・ダーラム侯爵である。
事の発端は、2月末に勃発した「パンドール砦攻防戦」の論功行賞について、ユーゲント辺境伯が持ち込んだ「お願い」である。
珍しく国王との密談を望んだユーゲント辺境伯は、ユーゲント辺境伯領の国境の壁を直した冒険者に対し、再度子爵位を検討していただきたいと願ったのである。
それだけではない。
「パンドール砦攻防戦」の責任者であるユーゲント辺境伯軍第3騎士団長だけでなく、攻防戦を生き延びた砦の兵士200名が、全員嘆願書に署名し、壁と砦の修理およびバリスタ修理をしてくれた冒険者サキ・ユグディオ氏に、さらなる報償をと願ったのである。
大将軍を亡き者にしたバリスタ兵は、2階級特進の栄誉を賜る。第3騎士団長も、誉れある勲章を授かる予定だし、総指揮官であるユーゲント辺境伯もまた、勲章やら報償やらを、国王から賜ることになっている。
しかし、砦および1000キロメルもの壁をつるっつるに強固にし、かつバリスタを改良してくれた一番の功労者であるサキの報償が、今回全く無く、壁が完成した時に与えた金一封と感謝状だけだと聞いて、皆思うところがあり、生還した兵士の家族も含め、あちこちからサキ・ユグディオ氏にもっと相応の報償を、との動きになったのである。
冒険者ギルドでも違う動きがあった。
「パンドール砦攻防戦」で、サキが修理した砦や壁が素晴らしい効果をあげ、本人はちょこっと直したつもりのバリスタが、敵の大将軍とその軍を滅ぼすに至り、吟遊詩人にももてはやされている。
つまり、一冒険者が冒険者の地位向上、評判上向きにおおいに寄与したわけだ。
それが冒険者ギルドで、功績として認められないのはいかがなものか、という判断だ。
ゆえに、これはなんとしてもランクを昇級させねば、ということになった。
普通、Aランクになるには、貴人の護衛とか盗賊討伐などの試験があるのだが、今回はユーゲント辺境伯からの「非常に困難な依頼の達成」でその代わりとする、として、ユーゲント辺境伯領ギルド支部長、ヴィルド支部長、さらにユーゲント辺境伯およびヴィルディアス辺境伯それぞれからの推薦状をもって、総長およびギルド本部は、サキのAランク昇格を決定したのである。
「サキ、おめでとう!Aになったんだって?」
「ああ、うん。ありがとう。」
そういうやりとりが、ヴィルドの冒険者ギルドだけでなく、サキが出入りするあちこちの場所でなされていた。
それだけでも戸惑うのに、今日はコーネリア様に呼ばれている。
辺境伯邸に行くと
「サキ、Aランク昇進、おめでとう。」
「ありがとうございます。コーネリア様には、わざわざ推薦状をお書きいただいたとのこと。深く御礼申し上げます。」
「なに、たいしたことはしてないのじゃ。それからの。もうひとつよい知らせが来たぞよ。国王陛下よりお達しでの、其方を名誉子爵にすることとあいなった。」
「ええ!?」
「ふふ。ユーゲント辺境伯が動いての。養子は「今回は」断念するが、自分が持っている爵位の中から、子爵位を贈りたいと。これだけはぜひ受け取って欲しいということじゃ。」
「えー、僕、そういうのはちょっと…遠慮したいのですが…。」
「無理じゃな。もう発行されておる。」
「ふぇえ!」
「本当なら、壁を直した直後に、そうしたかったのじゃが、いろいろと横やりがあっての。かなわなんだ。
だが、今回は国王陛下も乗り気での。できれば論功行賞の授与式に参加してほしかったとのことじゃったが、日程的に無理。しかも、本当は領地ありの子爵位をとも考えたが、冒険者であるそなたを縛るのもよろしくなかろうということと、貴族からの反発をなだめる意味もあって、名ばかりの名誉子爵とあいなった。
なに、領地もないのだから、そんなに気にすることはない。そなたの爵位はすでにユーゲント辺境伯が代わりに陛下から受け取ってくれたのじゃから、ありがたく受け取ればよい。些少だが年金も出るぞよ。
今日、証書が届いての。これがそうじゃ。」
と言って、爵位の証明書のような立派な魔羊皮紙を広げてみせられた。
「えーそんな。」
一方的すぎる。
「ふふ。そなたにとっては心外かもしれぬが、王宮に呼ばれないだけ配慮されたということじゃ。顔バレしなくて済むであろ。突き返すのは無しじゃぞ。国王陛下と、わらわとユーゲント辺境伯に対して失礼になるからの。」
「はい…。ありがとうございます…。」
「ふふふふ。」
「え、なんでそんなに笑うのですか?」
「ふふ。ほんに嫌そうじゃからの。ふふ。そんなにこの国の貴族になるのは嫌かえ?」
「えーと。実はユーゲント辺境伯には申し上げたのですが、僕は国王陛下にお会いしたことがありません。この国の貴族になるということは、国王陛下に忠誠を誓うということと同義と思いますので、国王陛下の人となりも知らず、お会いしたこともない方にそうするのはどうかと…。と言うわけで、ユーゲント辺境伯様からの養子のお話もお断りしたのです。」
するとコーネリア様はさすがに真面目な顔になり、
「なるほど。真面目じゃの。だがもう断れぬ。これを断ったら、ほんにオオゴトになる。国王侮辱罪で死刑もありうるぞよ。」
「うぐ。」
「観念して、この国の貴族を名乗れ。名誉子爵じゃから名ばかりの貴族だが。あっても困るものではあるまいて。ほんに困ったときは、…そうさな。返上して亡命するしかあるまいな。」
「うう…。」