32 湖の精と妖精たち
「どうも。…えっと…」
「私は湖の精。此処は私の棲家よ。」
「あ、はじめまして。サキと言います。いつも美味しい魚を獲らせてもらってます。」
「ふふ。知ってるわ。魚獲り、お上手ね。」
「ありがとうございます。」
「時々来てたでしょ?私、貴方のこと見てたから知ってるわ。」
「はあ。どうも。」
「うふふふ。可愛い子ね。森の王が珍しく人間の男の子を守ってるって言うから、みんな興味津々なのよ。」
「みんな?」
「そう。みんな。ほら。貴方の廻りにもたくさんいるじゃない。」
「!」
そう言われて周囲を見渡すと、確かに小さな小さな人の形をしたものがいろいろと飛んでいた。背丈は掌の半分くらい。10センチくらいか。
「え。妖精?」
「あらー。やっぱり見えるのね。すごいわねえ。」
「今まで見えてなかったのに。なんで?」
『見ようと思わなかったからだ。お前なら見えて当然だろう。世界樹の加護を持つお前なら。』
「え。そうなんだ。」
自分のことに驚く僕。
チートがいろいろありすぎて、あまり考えないようにしてきたからな。
うふふ。くすくす。きゃっきゃ…。
声まで聞こえてきた。
「ねえねえ、僕たちのこと、見えてるみたいだよ。」
「人間なのに、珍しいね。」
「変な人間!」
「変なやつ!」
うふふ。きゃっきゃ。あはは。
意外とうるさい。
「それにしても、いい匂いだな。こいつ。メルティアと…ああ、世界樹の匂いだ!」
「うん。世界樹!」
「懐かしい。」
「お前、匂いだけはいいな!」
おい。そこの緑服の偉そうなやつ、なんだそれは。
緑服がしゅううっと僕の目の前に飛んでくる。
僕が手を出すと、その上に乗った。
「おす。」
あいさつしてみると、
「おう。」
と答えながら、傍若無人に手の上であぐらをかいた。
「触れるの?」
「うん。こいつは触れる。」
「へえ!人間のくせに僕たちに触れるなんて!」
「へんなのー。」
「へんー。」
「変なにんげん。」
あっという間に僕は妖精たちに群がられてしまった。
髪をひっぱられたり、頭の上に乗っかられたり。
「…。シンハー。なんとかして。」
「くすくす。貴方たち、サキが困ってるわ。離れてあげなさい。」
「「はーい。」」
あ、湖の精の言うことは聞くのね。
そのほかにもなんだかきらきらと光の粒のようなのが見える。
いろいろな色がある。
「あの飛んでいる粒はなんですか?」
「各属性の精霊ね。妖精の子供達たちよ。それらがもっと育つと、この子達みたいにおしゃべりもできる妖精になるの。」
と湖の精が教えてくれた。
「あ、私に敬語は無し。いいわね。」
「は、はい!じゃなくて…ワカッタ。」
「よろしい。」
妖精や精霊のことに戻るが、確かにそういわれると、光る粒は、青、赤、緑、茶、銀ぽく光る水色や、黄金色の粒だし、妖精たちもそれぞれその色の服や羽、髪の色だ。
「じゃあ、赤いのは火の精で、青いのは水の精、かな?」
「そうそう。」
「そうだよー。」
「緑もいるよー。」
「ボクは風。銀水色だよー。」
「僕は光だから黄金に光ってるでしょ。」
「ああ。うん。そうだね。」
「しゃべったー。」
「僕たちの言葉、判るー?」
「わかる。不思議だね。人間語とも違うのに。念話も判るよ。」
「わーい!」
「変なにんげんとお話したー。」
「君たち、お願いだからその『変な人間』っていう言い方、やめてくれないかな。僕にはサキという名前があるんだ。シンハ…森の王がつけてくれた名前だ。サキって呼んでね。」
僕は使ったこともないはずなのに、妖精語ですらすらと話しかけていた。さらに念話でも同時に語りかけている。
「わかったー。」
「サキ。わかったー。」
「サキ、だって。」
「サキー。」
「森の王がつけたんなら仕方ないな。呼んでやるよ。」
またお前。緑か。えっらそうに。でも
「ありがとねー。」
と言っておく。
相手は妖精。子供と同じ思考回路だろうから。
「ふふ。ごめんなさいね。妖精たちに相当に気に入られちゃったみたいね。」
「はあ。まあ。」
『サラマンダはもうサキの傍から離れん。よほど気に入ったらしい。』
「あれは火の精霊の一番強い者よ。よほど貴方のことが好きなのね。」
あいつは火があるところでないと姿を見せないから今はいない。
「サラマンダを使役してんのか。サキは。すげえな。」
と例のえらそうな緑っ子。
「いや、別に使役してる訳じゃないけど。火を起こすと、何故かいることが多いのは確かだな。」
『サキの傍は居心地がいいからだろう。魔力をやったりしてるしな。』
「やっぱ使役してんじゃねえか。」
「お願いして協力してもらってるだけだよ。」
「まあ、なんだっていいや。俺はグリューネ。緑の精霊の一番だ。よろしくな!」
「あ、ああ。よろしく。」
なるほど。偉そうだったのは、それなりの力があるからか。
「嘘はいけないわ!」
と横っちょから言い出したのは赤い服を着た女の子っぽい妖精だ。
「俺がどんな嘘言ったってんだよ!」
「まず貴方の名前よ。それは昔知り合いの人間につけてもらっただけじゃない。サラマンダ様とは意味が違うわ。それに、貴方が緑の一番強い精霊だなんて、誰も認めてませんからねっ!」
「う、うるさいなあ。名前なんかどうだっていいだろ?俺が緑の一番だっていうのは本当なんだし。」
「よく言うわ。トレントにだって勝てないくせに。」
「う、うるさいうるさい!あいつらは魔物だから妖精じゃないだろ!」
ぷいっと飛んでいってしまった。
「あっ、待ちなさいよ!」
いろいろと妖精にも事情があるようだ。
「ごめんなさいね。うるさくて。」
と湖の精。
「いえ。妖精にもいろいろと個性があるんですね。」
と僕が言うと
「つまらないことで喧嘩してますわ。まあ、それだけ仲がいいってことでしょうけれど。」
「ていうか、トレント倒せるのが妖精の標準なの?」
「くすくす。そんなことはないわ。普通は倒せないし倒さないわね。緑の妖精だから。」
「はあ。」
きゃっきゃっとまだ近くで遊んでいる子がいた。
シンハの頭の上でモフモフして喜んでいる。
もっと幼い幼児というかまったく赤ん坊のような子で、茶色の服を着ている。
「その子は土の妖精よ。小さいけど、本当は一番強いの。」
「ばぶー。」
…。赤ちゃんですが。
「貴方の作った畑がお気に入りなのよね。」
「だあ!」
あいさつされた。のであいさつを返しておく。
「あはー。いつもどうもねー。」
「ばぶっ!」
敬礼されてしまった。
「妖精たちは基本的には名前はないの。サラマンダが特殊なだけよ。昔から人間の傍で火に棲んでいることが多かったから、そう呼ばれるようになったのね。しかも彼は火の精霊王だし。だから火の精霊の子が言ったことは本当よ。グリューネは、昔人間の魔術師にくっついて旅をしたことがあるから、名前があるの。でももう、その魔術師も亡くなって契約も切れたから、正式には名前はないの。」
「そうなんですか。でもきっと彼にとっては大切な名前なんですね。」
「ええ。そうね。」
ちょっと待って。
「え、サラマンダって火の精霊王なの!?」
「ええ。そうよ?」
当然というように湖の精が言う。
彼女はいつのまにか僕たちの傍に座ってにっこりしていた。
「ふふ。知らなかったの?サキは可愛いわねー。」
「す、すみません。」
「くすくす。」
『サキ。湖の精も水の精霊女王だ。たまたま気に入って此処を棲家としているから『湖の精』と呼ばれているがな。』
「えっ!すみません!ご無礼ばかりで。」
「ふふ。そんな無礼なことなんかないわ。サキはいつだって私に癒しをくれたもの。」
「??癒し?」
「ええ。貴方が来てから、この森は明るくなった。妖精たちも楽しそうだし。なにより森の王…シンハ様の『気』がおだやかで。ああ、もちろん昔からシンハ様は我ら精霊たちには優しかったのよ。でも、声をあげて笑うのを聞いたのは久しぶりだわ。くすくす。」
『…むむ。』
シンハが困っている。
「なによりサキは可愛いもの!ほんと、癒されちゃう!」
さりげなくでもしっかりハグされちゃって僕も赤面。
妙齢の女性(に見えるお方)から可愛い、と言われてハグされたらもうたじたじ。
よかった此処でマッパで泳がなくて。泳ぐときもかろうじて下着はつけてたからな。うん。
「いつも癒してもらっていたお礼に、今日はとっておきのものを見せてあげる。ただし、これからやることは、結構魔力を使うのよ。ちょっとだけ貴方の魔力、わけてくれるかしら?」
「え、ええ。いいですけど。」
ちらっとシンハを見ると、仕方がない、というようにため息をついている。
『(ちょっとにしておけよ。精霊女王にたんまり吸われるなよ。)』
と念話。
「あら、失礼ね。私、吸血鬼じゃないわよ。」
と湖の精。
『聞こえていたか。念話を勝手に聞くのは失礼だぞ。』
「これだけ近ければ、聞こえるわ。残念でした。」
「えーと。これくらいでよければ。」
僕は掌におにぎり一個分の魔力を出した。
「ありがとう。いただくわね。」
湖の精は僕の手にふれると、指先にキスをするかのように唇を近づけて、その魔力を飲み込んだ。なんかどきどきしちゃいます。僕、ウブなんで。
「ふう。やっぱり美味しいわあ。世界樹の香りがして。」
『もうやらんぞ。』
「くすくす。どうしてそこで森の王がおっしゃるの?独占欲が強いのね。」
『…。』
「じゃあ、見ててね。」
そう言うと、湖の精は立ち上がり、そのまますうっと湖の中心部へと移動した。
水面から50センチくらい上に浮かんでいる。
そして水面を持ち上げるように手を動かす。
水がどんどん上へと上がる。
そして
ざああああっっと滝ができた。
滝ができれば、虹もできる。
「わあ!」
僕はおもわず声をあげて立ち上がった。
それはもう、迫力満点。滝はどんどん大きくなって、行ったことはないがナイアガラの滝のように広い範囲で滝となる。
不思議なのは、僕たちがいる水辺は相変わらずおだやかだということ。
滝は広がり、それから上にも一部分は高くあがり、2段になり、3段になった。
さすがに水しぶきが霧になってこちらにかかってくる。
ひんやりとした空気になる。
虹がいくつもできる。
「すごい!綺麗!」
豪快な滝と虹のパフォーマンスに、僕は驚き、そしてたくさん拍手した。
妖精たちも綺麗綺麗!とはしゃいでいた。
次回から少しゆっくり更新になると思います。