316 ユリアとのデート(前編・町なかにて)
ようやくデートのお話。
長いので三部作となります。
「待った?」
「ううん。今さっき来たところ。」
デートにありがちな会話をするユリアと僕。
そう。はやくユリアと、ちゃんとしたデートがしたいと思いながらも、壁建設から帰宅して以降、怒濤の日々だった。
フーパー事件やレカンとの死闘やらがあって。さらにはユーリの父子の再会イベントとか。辺境伯様が僕に屋敷をプレゼントしてくださったりとか。
本当にいろいろあったな。
「トカゲの尻尾亭」もいよいよあさって開店するという日、ようやくユリアとのデートが実現した。
2月半ばの光の日。
天気は良いけれど、まだヴィルドは寒い。
暖かければ、街を出て森に向かい、ヴィルドが一望できる丘までお連れするのも小粋かと思うが、今日は、ユリアが僕の家に来たいと言った。
どうやら、薬草の庭や図書室が気になるらしい。
引っ越しパーティーの時には、あまり庭も図書室も案内しなかった。
庭は少し歩いたようだが、僕は料理で忙しかったし、図書室に至っては、まだ本の整理中ということで、お見せしなかった。
実は図書室は、普段から厳重にロックし、僕とシンハとシルル以外は、絶対入れないようになっている。魔術書で、結構やばそうなものや貴重本が多いし、実はその配列にも意味がある。王都のホフマン男爵邸の図書すべてに目を通したという、才女なシルルが言うには、ヴィルドに来て、魔術についてよく知らない前の持ち主の男爵様が、いい加減に本を並べてしまった。しかし、魔術書コレクターだったアルマちゃんのお祖父様が、魔術書の配列まで気を配っていたのだそうだ。
それで、ヴィルドでめちゃくちゃに並んだ本を、シルルが少しずつ直してくれた。
そういう意味深な図書室なので、引っ越しパーティーの時には、ちょっと気楽にお見せすることが出来なかったのだった。
ユリアなら、わけを言えば、図書の配列を変えることはないだろう。
一級の危険な本はすでに僕の亜空間収納内に取り込んである。いくつかは、危険な魔法陣などを削除した写本と交換しておいてある。そういう状況なので、ユリアに図書室を見せるのは問題ないだろう。
待ち合わせ場所は、教会前のエレミア広場。いわゆるデートスポットだ。
中央広場もデートスポットなのだが、なにしろそこは冒険者ギルドの真ん前。さすがにそれはない。
エレミア広場は、壮麗な教会もあるし、三方ぐるりと雑貨屋とかアクセサリー屋があって、まさに恋人たちが買い物するのに素敵な場所。南区にある高級な商店街の終点でもある。東に行けば少し庶民的な商店街もある。北に向かえば冒険者ギルドのある中央広場に繋がっている。そんな広場だ。
家にまっすぐ行くのもつまらないので、せっかくだからお店を見て回る。
お昼もどこかで一緒に外食しよう。それから我が家に行く予定。
ユリアにもそのなんとなくのスケジュールは話してある。
今日は、シンハは僕の魔力の中。
寝たふりをしている。用心棒としては、一緒にいないと、と思うらしいし、かといって、僕とユリアの初デートを邪魔したくはない、ということだろう。
「シンハは?」
「魔力の中。寝てる。フリかもだけど。」
「ふふ。気を遣ってくれたのね。」
「そうみたい。」
ユリアは、ベージュのロングオーバーに、僕が贈った魔兎の白い帽子、手袋、襟巻をしてくれている。毛織りのオーバーの裾から見えるスカートは緑のチェック。それに雪用のブーツ。
僕はいつものローブだが、冬用に改良してある。これは壁修理が決まって、すぐに改良した。ふさふさの、黒い魔兎の毛皮をフードの回りに装着できるようにしたのだ。今日は黒を表にして、黒ケープ付き。袖口にも魔兎の毛がついている。中はアラクネと魔兎の毛を編み込んだ白い縄目模様のアランセーター。黒革パンツにブーツは黒茶。これも黒龍の革を茶に染めたもの。
「…毛皮、使ってくれてありがとう。すごく似合ってるよ。」
「…ありがとう。実は、3つともフル装備したのは、今日が初めてなの。だって、こんな貴重なもの、毎日つけてたら、危なっかしいもの。」
「あー、そうか。確かに。ごめん。配慮が足りなかった。」
「ううん!大丈夫!防犯の魔法もかけてくれているし、ネックレスには結界まであるもの!すっごくうれしかったの!ごめんなさい。言い方が悪かったわ。本当に。うれしかったの!」
「そう?ならよかった。」
まだなんとなく、会話がぎこちない僕達。
お互いを大切にしすぎて、言葉がうまく出てこない。
「さてと!…どこか、行きたいお店とか、見たいものとか、ある?」
「うーん。特には。サキは?」
「僕も特には…あ、お昼はどこか美味しいところ、行きたい。おすすめ、ある?」
「この間、職場のみんなとランチしたところが、結構美味しかった。少しギルドからは遠いから、今日は知り合いもいないと思うわ。たしか、光の日も、お昼は開いていたと思う。」
「じゃあ、そこに行こうか。」
光の日は日曜日に相当するから、お休みの職場も多い。冒険者ギルドは年中開いているが、光の日は活動をお休みする冒険者も多いので、最低限の人数しか働いていないのだ。
並んで歩く。
「はい。」
と僕はちょっとおどけて、ポケットに手をいれたまま、ユリア側の左の肘を浮かせた。腕を組めるように。
すると、
「ありがと。」
とユリアが笑って、そっと僕の腕に手を添えた。
「背、伸びたね。」
以前歩いた時は、結構、身長差があった。
「おかげさまで。」
ちらっと見つめ合って、笑う。
そんな、なにげない会話やしぐさがうれしい。
「僕さ、デートらしいデートは、たぶん今日が初めてだから。上手くリードは出来ないと思う。よろしくね。」
「ふふ。正直なのね。こちらこそ、よろしく。」
「えへへ。…あ、可愛いのが売ってる!ちょっと見ていっていい?」
僕はアクセサリー屋さんで足を止めた。このあたりは露店が出ている。そのうちの一軒で足を止めた。
「いらっしゃい。」
「ちょっと見せてくださいね。わあ。いっぱい素敵なのがあるー。あ、裏も見ていいですか?」
「どうぞ。」
「なるほど。こんなふうにしてるんだ。なるほどねぇ。」
「どこがどう、なるほどなの?」
「これ、いくら?」
ほかのお客さんが店員さんに声をかけた。接客をしている間に、ユリアにふたつのペンダントの裏を見せる。
「ほら。この接合部分。こっちはきれいでしょ。でもこっちは…(ちょっと雑。)」
とひそひそ。
「だから、お値段も違う。」
「なるほどね。表だけじゃ解らないわね。」
「お客さん、詳しいね。」
「え?あはは、すみません。僕もアクセ、作るもんですから。」
「これも!作って貰ったの!」
とユリアが、僕がプレゼントしたペンダントを誇らしげに見せる。
年末にプレゼントした、真珠の花束のやつだ。
すると店員のおねえさんが
「まあ!すごい!貴方プロだったのね。素敵だわ!」
「え、いや。あはは。」
「ね、よかったら、うちに卸さない?売ってあげるわよ。」
「え?あは。ありがとうございまーす。でも、また今度…。どうもでしたー。」
などといいつつ、ぺこぺこしながら立ち去る。
「ふふ。サキって不思議ね。アクセサリーを見たいなんて、普通は女の子のほうでしょ。なのに、すごく熱心に見てたわ。」
「えーだって、アクセって、ほぼ手作りだから、作り手のこだわりとかも見えてくるんだもの。裏を見ると、いろいろわかって、面白いんだよ。」
「そうなんだ。ふうん。うふふ。」
「ん?」
「なんでもない。」
「え、なになに、気になる。」
「だって。子供みたいに目を輝かせてアクセサリーを見てるのが、なんか可愛くて。とても1,000キロメルも一人で壁直しをしてきた人とは思えないもの。ふふふ。」
「えー。そ、そうかなあ。」
そんな会話をしているうちに、目的のレストランに到着。
ところがいっぱいで入れそうもない。
「あららー。混んでるね。席、あるかなあ。」
「少しお待ちいただきますが。」
と店員さん。
「あと何分くらい?」
「そうですねえ。」
とやっていると、
「キュウ?」
と聞いたことのある鳴き声。
あ、テオさんとミケーネだ。
部屋の隅の席にいた。
もう食事を終えて、食後のお茶を飲んでいるところだった。
僕と目が合って、隣にユリアがいるのもすぐに解ったようだ。
すると、通りかかったボーイさんを捕まえて、何か言い、
席を立った。僕においでおいでをする。
「あ、テオさんだ。席、あけてくれるみたい。」
「やあ。…どうも。ユリア嬢。」
「こんにちは。」
「どうぞごゆっくり。」
「ありがとうございます。」
「(がんばれよ。)」
とすれ違いざまに、小声で言われ、ウインクされた。
ははは…。
笑ってごまかすしかない。
きゅい?
いつもいるシンハがいないので、ミケーネは不思議そうにしていた。
「こほん。テオさんに、今度、一杯おごらないとな。」
「でも、テオドールさんでよかった。人によっては、あることないこと言われそうだし。」
「そうだね。うん。よかった、と思うことにしよう。あ、そうだ。今度なにか「ミケーネに」差し入れをしておこう。」
「私も一口乗るわ。」
「了解です!」
ふふ。




