315 ユーゲント辺境伯の帰還
ユーゲント辺境伯と、ロンディーノさん、もとい、ネイスンさんが、ヴィルディアス辺境伯邸に一泊した翌日。
午前中は、ヴィルド領都内を視察。昼食はまだ開店していない「トカゲの尻尾亭」で、貸し切り状態で、旦那さんの得意な海鮮料理を食べ、女将さんのチーズケーキを召し上がった。
ことにチーズケーキは、しばらく食べられないのはいやだと、ホールケーキでお持ち帰りしていた。
ネイスンさんはユーリに、なにやら分厚い手紙を渡していた。当分会えないだろうし、自分は口下手なので、と。
昨日は半日ほど実の親子で過ごしたらしいが、一対一では気兼ねだったらしく、結局ノッティア夫妻も一緒に教会に行ったりした程度らしい。
ユーリは、実父からの初めての手紙を、大切そうに両手で抱きしめた。
別れ際、ちゃんとハグとホッペキスもしていた。
「また、来て、ください。…とう、さま。」
と言った。
ネイスンさんは、涙を浮かべて頷き、息子を抱きしめていた。
午後早い時間に、僕がお二人を馬車ごと長距離テレポートでユーゲンティアまでお送りした。さすがに戦争が近いとあって、そう長く領都を留守にはできないのだった。
僕の長距離一発テレポートには、さすがのユーゲント辺境伯にも、ものすごーく!驚かれた。
短距離テレポートを重ねるものだと思っていたらしい。
ユーゲント辺境伯のテレポート能力だって、相当なものだ。
考えてみると、ネイスンさんと馬車と馬2頭そして辺境伯自身を、たった3回のテレポートでヴィルドまで連れてきたのだ。しかも全然余裕の、涼しい顔をしていたっけ。それだけでも驚異的なことだ。
その辺境伯でも、ヴィルドとユーゲンティア間の長距離の一発テレポートは、さすがに厳しいらしい。
しかも僕は、自分自身とついでにシンハもいれての長距離テレポートだからね。
今後重宝に使われても困るので、今回だけというお約束ですが。
いつまで約束を守ってくれるかは、どうも自己中辺境伯は怪しいけれど。
僕としては、辺境伯様には申し訳ないが、ネイスンさんをテレポートでヴィルドに何度も連れてきたい。
ユーリと、もっといろいろなことを話したり経験したりしてもらいたいし、彼も息子に会いたいだろう。
まあそれはいずれまた、近いうちに、ということで。
帰り際、国境壁とテレポートのお礼に、と言って、ユーゲント辺境伯から、屋敷をくれると言われた。
いやいや、いらんですって!断ったのだけど、結局後日、勝手に権利書を送りつけられた。
まったくもう!
…でも、また海にも行きたいから、ありがたくいただいておこうかな。
場所は辺境伯邸にほど近い、ユーゲンティア市内の一軒家。
当然高級住宅街。
屋敷は放置していても大丈夫という。管理は辺境伯がやってくれるって。
結局、そうやって次第に僕を取り込んでいく計画なんだぁ。
コーネリア様に相談したら、
「くれるというのじゃ。ありがたくもらっておけ。」
「でも普通、貴族の方に便宜をはかっていただいたら、なにかしらの御礼をするのが常識とだれかに言われた気がするのですが。」
「国境壁と、テレポートで送ってやった礼なのだろう?だからそれでチャラじゃな。」
「はあ。」
「さすがに勝手に売るのはマナー違反だぞ。そうしたければ、返納すればよいだけじゃ。」
「はい。…土地建物の贈与税とかは?」
「贈与税は、領主に1度だけ払うものだが…。今回の場合は、納税する相手から、お礼でもらうわけだから、そなたは全く払わなくて良いはずじゃ。屋敷1軒分程度の土地ならば、領主裁量の範囲。権利書がくればもうこっちのもの。」
「はあ。そういうものですか。」
「そういうものじゃな。おそらく、書類か手紙でそう書いてくると思うぞ。」
「はあ。」
なんかざっくりしてるな。
魔蜂の蜂蜜でも贈っておこう。
それより、何を辺境伯同士で話し合ったのか、今日のコーネリア様は、なぜか僕とあまり目を合わせようとしない気がする。
どうしたんだろ。
「こほん。そういえば、ルイズがそなたを養子にしたいとしきりにつぶやいておった。」
「あーその話ですか。」
「嫌なのか?悪くない話だと思うが。」
「えー、分不相応です。もし僕がなにか粗相をしたら、ご迷惑をおかけするので、お断りしたのですが。」
「そ、そうか…。まあ、そなたの好きにするがよい。」
「はい。ありがとうございます。」
で、なんで顔を赤くしてるの??
よくわからん。
いずれにせよ、ユーゲンティア市内の閑静な住宅街に、僕の屋敷が増えてしまった。
ヴィルドの屋敷と同じか、ひとまわり小さい程度で、居心地よさそうな屋敷だ。庭もそれなりの広さがある。
こっそりと見に行って、保存魔法と、防犯結界だけはちゃんとかけてきた。
さすがハイエルフの王族の末裔。ちっちゃなつぶつぶ妖精たちがいっぱいの、素敵な場所だった。
庭が荒れるのは嫌だなあ。
あとでグラントやグリューネの子分たちを派遣してもらおうかな。
結局。
ユーゲント辺境伯が強く推挙したにもかかわらず、今回、王国からサキへの報償は、金一封と国王からの感謝状だけとなり、たとえ名ばかりといえどもサキが爵位を貰って貴族になることはなかった。
ユーゲント辺境伯の提案に異議を唱えたのは、もちろんダーラム侯爵とカイデアス侯爵たちである。
たかがBランク冒険者に、そこまでしてやることはないと。
国王は残念に思ったが、感謝状授与もサキ自身は呼ばず、ギルド総長が代理で受け取り、慎ましやかな式となった。
もっとも、当事者のサキは、何がどうなろうと、ふうん、という感じで、自分としてはユーゲント辺境伯の国境壁直しの依頼に、十二分に答えたということで、満足だった。
だから、国王からも感謝状と金一封が出たことに驚きさえしていた。