312 騎士団長の過去と子供の結論
夕食は、ごろごろワイバーンのお肉入りのミートパイ。それと野菜たっぷりオニオンスープ。ポテト入りのミモザサラダ。それに僕の自慢のバゲット。
食堂の雰囲気は、表向きは和やかだった。ユーリは、少し緊張していたけれど。
大人達は適当にワインを飲み、子供達は葡萄ジュースを飲む。あとは美味しいお水。
「ときに、「メレンゲ」のミレーユは元気だろうか。」
と辺境伯が唐突に僕に尋ねた。
「メレンゲ」は、サリエル先生もご贔屓の、ヴィルドの薬屋さんで、エルフのミレーユさんが経営している。
「はい。時折、調薬のことでアドバイスをいただいたりしています。」
「そうか。じゃあセレスも知っているか?」
「はい。ミレーユさんのお孫さんですよね。冒険者なので、ギルドで見かけることもありますね。」
セレスさんは、骨折を治してあげた冒険者ジャンニ・シュレーダーさんの相棒でもある。
話をしたことは、あまりない。無口なほうだし、代わりにジャンニさんがセレスさんの分までしゃべるので、バランスが取れているっぽい。
「お知り合いですか?」
「ああ。ミレーユやセレスもハイエルフなのでね。」
「!」
やっぱりそうなんだ。ミレーユさんもセレスさんも、僕より金色が強い髪色だったので、普通のエルフだと勝手に思っていた。でもハイエルフなんだ。ユーリやロンディーノさん、そして辺境伯と同じハイエルフの血を受け継いでいるのだな。
辺境伯はハイエルフの元王族と言っていた。数少ないハイエルフ…たとえハーフであっても…が、何処で何人が生きているのか、きっとほぼ把握しているのだろう。
僕はここに来て確信した。
あの心の鐘の音だ。
あの「リィン!」という音は、ハイエルフに出会った時に鳴る音なのだと。
たとえハーフやクォーターであっても、ハイエルフの特色が色濃く残っていれば、きっと反応して
「リィン!」と鳴ったにちがいない。
そして、ハイエルフに関する事柄は、世界樹に深く関係することのため、アカシックレコードが教えてはくれなかったのだろう。
なるほどなあ、と一人で自己解決していると、皆さん食事はすべてを平らげて、食後のデザートに移るところだった。僕もちょっと急いで、残っていたパイを平らげた。
デザートは「僕の特製プリンと女将さんのチーズケーキの両方乗せ・果物添え」という贅沢なもの。
辺境伯様は、プリンにはまり、ぜひレシピを、と言っていた。もちろん、女将のチーズケーキは、懐かしいと言って、ゴキゲンで食べていた。
さて。
いよいよユーリに真実を告げる時間だ。
居間のソファに移動する。
誰が口火をきるかと、皆目配せを始めたので、
僕が宣言した。
「ユーリ。お父さんとお母さんと、ロンディーノさんが、君にお話があるんだって。僕とシルル、そして辺境伯様も、同席しても、良いかな?」
と訊ねると、皆の顔を見てから、こくん、と決心したように頷いた。
勇気ある子には、シンハを貸してあげよう。
シンハは、僕の意図を悟り、とことことユーリの傍に行くと、くうん、と啼いて甘え、ソファに乗ると、彼の隣でうずくまった。
ユーリはほっと笑ってシンハをもふもふし、気持ちを落ち着かせた。
シルルは僕のところに来たので、膝に乗せた。妖精ちゃん、めちゃ軽いな。
そして。トビアスさんが、まず、すべてを話し始めた…。
トビアスさんが、大切に持って来た紋章入のブレスレットを取りだし、かくかくしかじか、お母様の形見だよ、と話して、ユーリに渡す。
さすがにあまりのことに、驚くユーリ。
ロンディーノさんも、複雑な思いで、懐かしいイシス姫のブレスレットを見ていた。
さらに、ロンディーノさんが、ユーリに言う。
「私の、本当の名前は、ネイスンエレハイム・エストラント・フォン・シルフォンデイノア。東にあるエルフの森の出身だ。一応エルフの貴族でね。たぶんまだ父がシルフォンデイノア集落の長をやっているかと思う。」
へえ。そうなんだ。皆そう思ったようだ。ロンディーノさんの話は続く。
「君を見るまで、本当に記憶を失っていた。でも、今は話すことができる。イシス姫…君を産んでくれた彼女が、それを腕に付けていたのを、私は思い出した。…君は、彼女によく似ている。目の色は、まさしくイシスにそっくりだ。髪の色は、私に似たようだけれど。」
と愛おしげに微笑んだ。
そして、さらに語った。
「どうして私が、辺境伯様に見つけていただいたのかはわからない。…私が取り戻した記憶では、自分は、あるとき帝国の中立地帯の村を起点に活動をしていて、「はじまりの森」にアンデッド狩りに行った。なのに、その日は運悪く黒龍に遭遇してしまったんだ。」
なぬ。
「そして、奴と死闘をするはめになってしまった。
これでもAランク冒険者だったんだぞ。だが黒龍は別格だった。奴の爪に引き裂かれ、食い殺される寸前、私は気を失った。あまりにも血を流しすぎていたんだ。
気づいた時には、なぜかユーゲンティアの辺境伯邸に居た。辺境伯邸の前に、血だらけで倒れていたという。どうやら、長距離のテレポートをしたらしい。そんなこと、それまで出来たこともなかったし、今も出来ないのだが…。
私は、すっかり記憶をなくしていた。
自分の名前も、イシス姫とのことも、何もかも…。
そして、ロンディーノという名前を閣下から賜り、今日まで真実を知らずに生きてきた…。
だが、ハイエルフの血は、不思議なものだ。同胞を察知してしまう。君に会って、ようやく私は過去を思い出した。ユーリ。姫も綺麗なエメラルドのような緑色の目をしていた…。唇や顎のかたち…本当に、姫にそっくりだ。」
「…」
「君は間違いなく、私と、イシス姫との間に生まれた子だ。私の、ハイエルフの血が、そうだと言っている。これは誰も否定できないことだ。ユーリ。君も、それを、今感じて居るのではないか?」
「…。」
ユーリはうつむいた。だが、すぐに顔をあげ、こくん、と頷いた。
ロンディーノさん…いや、ネイスンさんは、ほっとしたように小さくため息をついた。息子に、父だと認めて貰ったのだ。ほっとしたのだろう。
だがユーリは困った顔をして
「でも、僕、のおとう、さんと、おかあ、さんは…。」
と言って、ノッティア夫妻を見る。
あなたたちだよと言いたいのだろうけれど、これまで記憶をなくし、かつ、今日初めて愛する姫が死んだことを知ったネイスンさんに、はっきり言いにくかったのだろう。
「そうだな。君の言う通りだ。」
と寂しげにネイスンさんは微笑んだ。
ユーリは、うつむいた。
すると、シンハの念話が聞こえた。
『親は何人いても、いいではないか。』
「!」
ユーリには聞こえたようだ。
驚いてシンハを見ている。
『可愛がってもらえば良い。どっちの親にも。』
すると、ユーリはにっこり笑って、シンハを抱きしめた。
「そうだね。ありが、とう。シンハ。」
そうはっきりと、声に出して言った。
「うん?もしかして、シンハ殿が何か言ったのか?」
「(シンハ、言っても言い?)」
と僕が聞くと
『フン。知らん。勝手にしろ。』
とぷいっとそっぽを向く。またツンデレを発揮しちゃって。
ふふ。と僕が笑い、皆に言った。
「シンハがユーリに言ったんです。「親は何人居てもいい、どっちにも可愛がってもらえば良い」って。」
「確かに。賢明なる回答だな。」
と辺境伯。
ノッティア夫妻も顔を見合わせ、笑った。
「確かに。そうだ。」
「そうさね。親は何人居ても、親だもんね。」
「親、か…。俺を父と、認めてくれるか?」
とネイスンさん。
するとユーリが、ちょっと考えてから、
「とう、さま?」
とちょっと貴族風に言った。
ネイスンさんの涙腺が崩壊した。
「ありがとう。ユーリ!」
ぎゅっと抱きしめる。
驚いて、目をぱちぱちするユーリ。
それでも、新しい父親に、おそるおそる、ハグを返していた。
そのあとで、ノッティア夫妻とユーリがハグをした。
シルルがぱちぱちと拍手をした。
僕も拍手をする。辺境伯様まで拍手した。
「じゃあ、祝杯をあげよう!僕たちはジュースでね。」
僕は、とっておきの森の奥産の手作りのデザートワインを取りだし、大人達に振る舞う。
僕とユーリとシルルは森産の葡萄ジュース、そしてシンハには僕の魔素水だ。
乾杯の音頭は辺境伯様。
「では、ノッティア親子と、ネイスン親子の、晴れやかな未来を祝して。乾杯!」
「「「乾杯!!!」」」
というと、
「ワオーン!」
とシンハも声をあげた。
皆笑顔になった。
「シンハ、ありがと。」
とユーリがシンハをいっぱいモフモフした。
うう…。ユーリ、良い子すぎ…。