305 一味の護送
「ありがとう。」
ため息のような小さな言葉が、僕の胸に響いた。
その一言で、彼の立場がわかった。
おそらく、彼は奴に「飼われていた」のだろう。雑用係か、性奴隷まがいか。わからないが。彼にとっては地獄のような日々だったのだろう。
だから、僕は賊たちすべてに聞こえるように言った。
「これまでのことを、すべて尋問官に正直に話せば、あるいは罪が軽くなるかもしれない。とにかく、正直に話すことだ。
もし残念ながら死刑になっても、きっと世界樹が、本当の罪の重さを量ってくれる。地脈での禊ぎの時間が、短くなることもあるだろう。最期まで諦めず、静かに自分と向き合いなさい。」
そう言って、僕はその場を離れた。
『まるで聖人みたいで、良かったぞ。』
シンハが言った。しきりに前足で顔を洗いながらだったけど、別にからかったわけではないようだ。
「僕は聖人じゃない。」
『お前はまだ、人を殺すことに慣れていない。』
「盗賊は結構殺したよ。」
例の盗賊討伐も経験している。
『それでもだ。レカンのような手強い人間と、サシで勝負した経験はほとんどない。よくやった。ああ、デュラハンは別格だぞ。』
「そうだね。…ありがとう。」
僕を励ましてくれるシンハに、救われた気がした。
寝不足のせいもあってどんよりしている重たい気持ちが、少し救われた気がした。
「おーい!サキ!いるかぁー。どこだー?」
ようやくケネス隊長のお出ましだ。
僕は気分を変えて立ち上がった。
「はーい!ここですぅー!」
あ、やばい。シルルを隠さないと。
「シルル。君を帰さないと。隊長に見つかるとやばい。」
「はう!そうでしたぁ!」
そういうと、僕の魔力にまず入った。
置き忘れたバスケットも魔力に取り込む。
「(シルル、ありがとね。美味しかった。)」
「(うふ!いつでもお呼びくだしゃい!)」
と魔力の中で胸をはるのが可愛い。
シルルを我が家のキッチンに帰した。
「おう、ここだったか。」
「どうも。おはようございます。」
「まったくよう。心配かけやがって。」
と言ったのは、副隊長のテッドさん。
一緒に来たの?街の守備は大丈夫?
「えへ。遠くに逃げられる前に、なんとか間に合いました。避難所、火事はどうなりました?」
「ああ。あっちもだいじょうぶだ。」
一味の一人が、避難所の魔石のあったあたりで、黒焦げ死体で発見されたそうだ。
火付け役だったらしい。
逃げる間もなく、あの地獄のような業火に焼かれてしまったのだな。
火事といえば…収納した魔石。
此処に来るまでに、賊たちが投げつけてきたものだ。
あれらは黒魔術で黒く濁らせた火の魔物の魔石だった。
ひとつは火属性持ちの火狐、ひとつは火食い魔熊、そしてもうひとつが火猫のものだった。いずれもそれなりの強さがあるダンジョンの魔獣だ。
だが、レカンならそれらの魔獣を倒すのもたやすいだろう。
とにかくそれらの魔獣の魔石に、黒魔術で黒い靄を取り込んだもの。だから、その過程で生け贄が捧げられたはずだ。魔獣ならまだいいが。人間じゃないだろうな。
いずれ、そのあたりも一味には語って貰わねば。
そして、この騒動を画策した人物。おそらくジャック・ド・フーパー。奴に繋がる証拠があればいいが。
テッドさんは主に賊たちのほうに付き、隊長はエルフの護衛と総指揮。
僕は、エルフや賊たちをヴィルドに連れ帰る帰り道で、密かにコウモリのハピを召喚した。
「(キキ!どうした?ゴシュジン。)」
「(悪いけど、仲間をフーパー商会と奴の自宅に、潜ませることはできる?)」
「(できるよー。)」
僕はフーパー商会のイメージを送った。自宅はわからないから、それも含めてコウモリ達に調べて貰うことに。
「(この事件を知ったら、必ずフーパーは、慌ててなにか燃やしたり、処分したりすると思うんだ。それを阻止したい。見つけたら、すぐに僕に連絡を。できそう?)」
「(やってみる。面白そう!キキ!)」
「(秘密の部屋とか金庫とかのありかもよろしくねー。)」
「(リョウカイ!キキ!)」
『おい。首を突っ込みすぎではないか?』
「(そんなことないよ。このまま放置したら、絶対逃げられて、またエルフたちが狙われる。ユーリだって危険になる。絶対フーパーだけは捕まえないと。)」
帰り道の途中で、ようやくカークさんたちが来てくれた。
「おう。カーク。賊はどうやらおまえさんたちの管轄だぜ。」
とテッドさんに言われ、賊達を見ると、むっとした顔をした。
「そのようですね。お手数をおかけしました。」
「だがギルドには渡せない。このまま領主様の牢屋に入って貰う。」
とケネス隊長。
「もちろん、それで結構です。こいつらは王都所属です。ギルドとしては、王都で裁くことを希望します。詮議はさらに厳しいものになるでしょうね。」
「ああ。ただの平民ならまだしも、冒険者が人身売買に手を染めたんだ。これは極刑しかありえんだろう。」
「その通りです。拷問もあるでしょうね。」
などと、恐ろしい話をわざと奴らの前でしている。
あの一番下っ端の彼などは、すっかり青ざめて震えていた。
「カークさん、ちょっとお話が。ケネス隊長も聞いてください。」
僕はお二人に耳打ちする。もちろん、防音魔法を発動し、口元も隠して。
「この事件の裏には、ジャック・ド・フーパーがいるようです。なんとか彼を裁きたい。」
「「!」」
「それから、「死の舞踏」ですが、犯罪に積極的な奴と、そうでない奴がいます。特に、一番年下らしい…緑髪の子は、まだ未成年と思われます。レカンが死んだと聞いて、ありがとうと、ひっそり言われました。彼もレカンの犠牲者かもしれない。そのあたりをお考えの上、しっかり詮議をお願いします。」
僕はわざと表情を変えず、目を賊に向けぬようにしつつそう言い切った。
「…わかった。」
と隊長。
「「ありがとう」か…。演技ということも考えられるぞ。」
とケネス隊長。
「はい。彼がこれから何を話すのか。それによると思います。でも、未成年なら、情状酌量もありますよね。」
「まあな。内容によるが。」
「はい…。ですから、きちんと正直に話すよう、「死の舞踏」全員に、伝えたつもりです。
…もし、僕の傍にシンハも居なくて、強い人に脅迫されて、どうしても逆らえなかったとしたら…。僕も彼のようになっていたかもしれません。そう思うと、どうしても彼の肩を持ちたくなってしまうんです。」
「……。」
「…。だがな。サキ。」
とそれまで沈黙を守っていたカークさんが続けた。
「仮にそういう状況だったとしても、冒険者は自己責任だ。すべては、自分の意思、責任ということになる。もし、だれかに脅されてどうしてもしかたなく、という状況になったとしても、ギルドに駆け込むことはできたのではないか?」
「…。殺されるかも知れなくとも、ですか?」
「…。そうだ。もし、窮地にいる冒険者を保護することもできないギルドなら、存在意義がない。」
「…」
「しかも、王都にあるのは我々の本部だ。それが出来なかったとすれば、ギルドのあり方そのものを、考え直さねばなるまい。」
「…」
「君が言ったように、未成年なら、なおさら罪を減じる方策はある。私からも、意見をあげておく。あまり気に病むな。」
「ありがとうございます。」
僕は深くお辞儀して、防音魔法を解き、二人の傍を離れた。